3 目覚め
翌朝、鳥のさえずりでロイの目が覚めました。ソファに寝ている少女はまだまぶたを開けません。
「……このまま目覚めないとか言うんじゃねぇぞ」
そしてロイは椅子から立ち上がり、消えかけた暖炉に薪を放り込んで魔法で火をつけました。冬の早朝の習慣にはあくびが出ます。
「ん……」
突然のことにロイは反射的に振り返りました。少女が目を覚ましたのです。
「ん、あれ、えっ……? えっ、ここどこ!?」
「起きたか。おはよう、お姫様? リースは寒かっただろう。とりあえずここで休むといい」
リースの森に来客なんて何年ぶりでしょう。ロイは嫌味たっぷりに『森の王』として少女を歓迎します。
「あ、ありがとうございます。わたしは朝日ひまるって言います。あの、あなたは?」
短く明るい茶髪と黒い瞳。白のコートに黒のスカートを着た少女は、朝日ひまる――そう口にしました。
「俺? 俺はロイ。ただのロイ。四季の森ことリースの森へようこそ。森を統べる王――『森の王』、またの名を『灰被りの王』とは俺のことだ。
あと、敬語は使わなくていい。動物たちを思い出すからな」
「う、うん。分かった。じゃあロイって呼ばせてもらうね」
「あぁ、それがいい。俺はお前のことをヒマルと呼ぶ。それでいいな?」
「うん、いいよ」
「なら自己紹介は終わりだ。後は穏便にお前を送り届けるだけ――」
「ねぇ、なんでロイは森の王様になったの!? 魔法は使える!? あとなんでひとり暮らししてるの!?」
怒涛のひまるマシンガンに、初めて耳が馬鹿になったのかと疑いました。
「……な、何を言うかと思えば。そんなもの、聞いても必要ないだろう。まぁ、どうしてもと言うのなら教えてやる」
「どうしても知りたい! ロイのこと、もっと知りたいもの」
「ふふ、ははっ。そうか、そこまでして俺のことが知りたいのか。いいだろう、俺は崇高な『森の王』、お前の質問に答えてやるよ」
「本当!? ありがとう、ロイ!」
ひまるの心からの笑顔に調子が狂いますが、お願いされたら王として引き下がるわけにはいきません。
「まずは俺が『森の王』になった経緯だが……。俺は元から『森の王』となるべく育てられた魔法使いだ。幼少期には森の動物たちと共に過ごし、魔法の素質もあったから余計にもてはやされた」
今となれば身の毛がよだつような過去ですが、それはそれ。思い出として頭の片隅に取っておきます。
「ある人……先生からは褒められるし、動物たちも期待してくれていた。森を駆け回った日々が懐かしいよ」
「それなりに期待されてたんだ。すごいなぁ、ロイは。あれ? でも、ロイって人間じゃなくて魔法使いなんだ? 人間の姿してるのに」
「その辺はあれだ。俺たちの世界では魔法が使えない者は人間、使える者が魔法使いとして分かれている。分かりやすいだろう? 特に元から……血筋から歴史のある魔法使いは、正真正銘の後継者として生きていくことになるからな」
「後継者って、魔法を継ぐ人としてってこと?」
「当たり。俺はただの一度も両親を見たことが無いが、俺自身はさ、魔法使いとして生まれたことを誇りに思っているんだよ」
この時初めて、ロイは他人に顔をほころばせました。
ロイの両親は所在不明で捜索願いを出しているのですが、何年経っても見つからないのは多分、そういうことなのだと彼には分かりきっています。
「なら、ロイはとびきりすごい魔法使いなんだね。そんな嬉しそうな顔してるんだもん。さっきロイのこと知ったばかりなのに、分かる気がする」
「それは何より。なんせ俺は『森の王』だからな、今ならひとつぐらい願いを叶えてやってもいい」
「願い……。あ、魔法で星を出せたりって出来る!?」
「星? そんなもの、基礎中の基礎だぞ。本当にそれでいいのか?」
「うん、お願い!」
そんな笑顔をされたらロイでもたまりません。基礎がなんだろうが、ロイはそれに全力で答えるほか無いのです。
「目覚めよ、我が光。そして答えよ、我らが星よ――!」
パチバチッ!
白い光と小さな電光とともに『きらきら星』が現れます。
星は上から下へと降りかかり、数秒もしないまま燃え尽きて消えてしまいました。
「わぁ……すごい」
先ほどの元気はどこへやら。人は本当に感動することがあれば、落ち着いてしまうみたいです。
ひまるはしばらく何も言わず、星の素晴らしさを噛みしめていました。
「すごい。すごい、けど……」
「うん?」
「――これじゃない。わたし、お空に浮かぶ星が見たい」