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2 少女との出会い

 ロイが浅い眠りから目を覚ますと、いつの間にか外は真っ暗で、窓の外に雪がちらついていました。


「ん……少し寝すぎたな」


 暖炉に火を付けた部屋(リビング)は暖かく、二度寝をしてもおかしくないくらい、まどろむ空間に出来上がっています。


「晩ご飯……シチューでいいか」


 ロイは鍋に向けて魔法をかけると、なんとビーフシチューが入っているではありませんか。さらにもう一度魔法をかけると、鍋に火が通っていきます。


 今日は特に寒かったので、これくらいの怠慢(たいまん)は許されてもいいでしょう。だって彼は王様なのですから。


「いただきます」


 ひとりぼっちでご飯を食べることなんて、ロイにとってはへっちゃらです。けれど、少しくらいだれかと一緒にご飯を食べてみたい、なんて願いは心の奥に閉まったまま、ずっと見ないふりをしています。


「……ごちそうさま」


 食器やらの片付けが終われば、後は眠りにつくまで読書にふけるだけです。


 知識なんてものは、増えれば増えるほど役に立ちます。どんなに分厚い魔導書だとしても、将来のためなら何時間だって読めちゃいます。


「はぁ……」


 しかし、読書に集中したいのにガタガタと窓が揺れ、外では風の音が舞い、より一層雪が激しくなっていくのです。

 現実なんて、そう都合のいいようにはいきません。


「…………。寝るか」


 魔導書を本棚に直し、ロイは寝室へと向かいます。ベッドに横たわり、布団を被ってまぶたを閉じて――。


 ロイは基本、夢を見ません。彼は森を守る王様で、寝る前にはいつも動物たちを思うほど、少しは『森の王』らしい一面もあるのです。


 ほら、森の皆を思えばすぐに眠りにつくのが彼なのですから。



◇◇◇


「ん、朝か……。少し寝すぎた――!?」


 冬の寒さと同時に異様な気配がして、たまらずロイは飛び起きました。寒さならまだしも、森に知らない気配があるなんてただ事ではありません。


「くそっ、また仕事を増やしやがって……!」


――魔法の練習も朝ご飯もどうでもいい。黒いローブと青いマフラーを身につけ、気が急ぐままにロイは森を駆け抜けました。


 まず考えないといけないのが、その気配はリースの森にとって脅威になるか否か、です。もし森を燃やそうとしたり動物たちに危害を加える場合は、ロイがしかるべき対応として物理的に裁きます。


 しかし何も危害を加えないであれば、ロイは『森の王』として保護するか、相手の記憶を消して元の居場所に返すほかありません。


「皆、騒ぐな! そいつにすり寄る者は今すぐ離れろ!」


 『(いこ)いの木』の中心、あの大きなモミの木の根元に茶髪の女の子が倒れています。その子を取り囲むように、動物たちが集まっていたのです。


「ほら、離れろと言ったら離れるんだ。俺にこれ以上仕事を増やすな、お前らは」


「ですが、王様」


「黙れフォークス。『森の王』を前に口を挟むつもりか」


 睨むロイに耐えきれず、狐のフォークスは木の影へ逃げ去っていきました。


「おい、大丈夫か人間。……かなり冷え切っているな。死んでいたっておかしくはないぞ」


 森の動物たちがざわめきます。不安は恐怖へと変わり、嫌な空気が電波のように伝わっていきます。


 この森はきっと呪われる! 

 だからよそ者は好かんのだ! 

 王様、早くその女の子から離れて!


 ぴぃぴぃ ぎゃあぎゃあ


 言葉を通わさなくても心で訴えてくる動物たちには本当うんざりしたロイは思いっきり顔をしかめました。


「あ゛ぁ〜〜っ、うるさいっ! 今から応急処置をするから、お前たちは黙っていろ!」


 ぴたり、と心の声はやみました。


「――アニマ。魂よ、目覚めよ」


 ふぅ、とロイの両手に小さな炎が現れます。そしてその炎は迷うことなく、女の子の胸へと吸い込まれて消えていきました。


 すると、先ほどまで無かった体温が人肌まで暖かくなったのです。


「よし、応急処置は終わった。後はこいつの処遇だが……」


 考えなくてもロイには分かります。動物たちが少女を自分に押し付けようとしているのを。


「お、王よ、そのような少女は保護すべきかと」


 再び狐のフォークスがロイの元へとやって来ました。


「そっ、そうです! 王様が彼女を保護すれば森の信頼度も上がりますし、もしかすれば」


「――ソフィア」


「はっ、はい!」


「先生に褒めてもらえる、か? 嫌だなぁ、俺は点数稼ぎのためにこの子を保護しない。あくまで自分の意思で、それが最善だと思ったから、だ」


「ロイ様……」


 あまりの笑顔にうさぎのソフィアは固まってしまいました。心からの優しい笑顔ではなく冷たい笑顔を張り付けたロイは、森一番の恐怖と言っていいでしょう。


「なぁロイさんよ。結局その女の子を保護するのか? しないのか?」


 今度は鹿のベローがロイの話に噛みついてきました。


「もちろん保護する。このままだと凍死するからな。だがベロー、勘違いするなよ。俺は『森の王』として保護するんだからな」


「はいはい、分かってるよ。お前さんならそう言うと思ったぜ」


 ふん、とベローは鼻で笑って『憩いの木』から去っていきました。


「……あぁ、そうだ。そうやってお前らは、俺に厄介事を押し付けて逃げるんだ」


 ロイは、少女をお姫様だっこするような形で抱き寄せます。


「そうだよな、人間にこの森の寒さには耐えられないよな。早く気づいて正解だ。

 人間。お前には特別に暖かい食事と、寒さをしのげる居場所を提供しよう。無論、俺の家だけど」


 まだ目を開けない少女に語りかけるように、『森の王ロイ』は自分の家に向かって歩いていきました。


「はぁ、は……」


 産まれたばかり、亡くなった動物ならまだしも、ロイは他人……ましてや人を抱えたことは初めてです。


 そのせいか足取りは重く、しもやけが酷くなっているような気がするのです。


「寒い……マジで寒いぞ。…………もう一度森を燃やしてやろうか」


 冗談キツイな、とロイは自身を鼻で笑います。あいにく自分はまだそこまで()ちていないのですから。


「よし、着いたぞ人間。ここが俺の家だ。特別にソファの上で寝かせてやる、起きたら感謝しろよ」


 片足でドアを開け、ロイは優しい手つきでリビングのソファに少女を寝かせました。もちろん毛布も忘れません。


「……ふん。本当に感謝するんだな、人間め」


 そうしてソファの隣に木製の椅子を置き、ロイは少女を見つめます。

 明るくて短い茶髪にまだ開かないまぶた。冬用の白いコートに黒のスカートとスニーカー。


「せめて目覚めてくれよ、人間。そうしないと俺の立つ瀬がないんだ」


 呟く声は誰に返されるまでもなく、リビングに響きます。

 そして少女が目を覚ますまで、ロイはずっと待っていたのでした。

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