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伏見宮と天皇家  作者: やまのしか
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GHQの謎①

・・・1945年11月21日・・・・・・

「皇族に対する覚え書き」SCAPIN1298AというGHQ命令がある。

『皇太后と天皇の子を含まない皇族に対して、皇族のために宮内庁に信託されている証券を皇族に移管し、

皇族に金銭を与えず、皇族から課税免除の特権を剥奪する措置をとるよう』

旧11宮家に対して、

1946年5月までで歳費は打ち切られ、

財産税が課せられることとなった根拠の命令書です。

この事をもって、旧宮家復帰論者は、

この命令が、GHQの旧宮家への実質的な離脱圧力だったという。

果たしてそうだろうか。

少なくとも、この文でGHQは、直接的に皇族は皇籍離脱せよと言っていない事は確かだ。

問題があるとすれば、この命令文に広義の皇籍離脱勧告が、含まれるかどうかだ。

確かにこの命令によって、旧宮家の面々は課税免除の特権を略奪され、

財産税により蓄えも奪われ、一見生活に困窮するようになったかのように見えないこともない。

しかし、財産税というのは、日本国民全員に、平等に課せられた累進課税であり、一種の富裕税である。

裕福な層にしか課せられない。

具体的に見ていこう。

1500万円以上の財産を持つ富裕層には90%の税率がかけられる。

現在の貨幣価値に換算すると、インフレ率7,000倍として計算できるので、

当時の1500万円 = 1500万円x7,000=1,050億円(現在の価値)である。

つまり今の感覚で1000億円以上の資産には、90%の税を課そうというのが財産税である。

確かに大金持ちは、かなりの痛手であろう。

しかしながら、それでも、10%は残る課税方式だ。

1000億の10%は100億だ。

果たして生活が困窮するだろうか、否、かなり上級の生活者でも十分である。

つまり財産税で生活が困窮することはない。

ただの大金持ちが、普通の金持ちになったにすぎない。

当時の天皇家の財産は莫大だった。

なんと天皇家が課税された資産額は37億円である。

インフレ換算し、現在の価値に直すと、25.9兆円です。

三菱や三井ですら、当時の課税額は3億円であった。

天皇家はその12倍である。

天皇家はたぶん、敗戦前は、ロスチャイルド並みの資産家であった事が、この事実からわかる。

さて、それでは、天皇家以外の旧11宮家はどうだったのだろうか。

ちゃんと当時の旧11宮家に対する課税額と、皇籍離脱一時金の額がわかっている。

      【課税額】   【離脱一時金】

①伏見宮、 課税額610万円、一時金465万円、

②閑院宮、 課税額420万円、一時金105万円、

③山階宮、 課税額 92万円、 一時金 0万円、(後に140万円)

④北白川宮、課税額654万円、一時金540万円、

⑤梨本宮、 課税額257万円、一時金105万円、

⑥久邇宮、 課税額539万円、一時金944万円、

⑦賀陽宮、 課税額107万円、一時金830万円、

⑧東伏見、 課税額120万円、一時金150万円、

⑨竹田宮、 課税額465万円、一時金545万円、

⑩朝香宮、 課税額844万円、一時金400万円、

⑪東久邇、 課税額226万円、一時金665万円、

驚くことに、6宮家の離脱一時金は、課税額より多い。

旧宮家の方たちは、多額の財産税を払うために家屋敷を売り払ったとの話を聞きますが、

一時金がこれほどあった以上、

彼らには豪華な家屋敷を売らねばならなかった理由は無かったはずです。

西武鉄道の堤康次郎という人物がいます。

当時、皇族の家屋敷の多くを買い取った人物です。

康次郎が買い入れた土地の購入価格については、

ネットで判明しているものが幾つかある。

朝香邸(港区芝白金町)   9,254坪・坪単価 700円、

竹田邸(港区芝高輪南町) 10,000坪・坪単価3,500円、

北白川邸(港区芝高輪南町)12,000坪・坪単価8,000円、

朝香邸土地560坪が売買された時期が昭和27年2月である。

昭和27年(1952年)の物価は、

大卒初任給(公務員)6.500円 

高卒初任給(公務員)4.600円

おおむね平成の1/30である。

ゆえに現在の貨幣価値に換算すると、

朝香邸  1億9,400万円

竹田邸  10億5000万円

北白川邸 28億8,000万円、となる。

戦後皇籍離脱した旧11宮家は経済的にはかなり恵まれた条件での皇籍離脱だったというのが、

この事実からもわかる。

現在、旧11宮家の皇籍離脱を、GHQの圧力によるものだと主張する人は多い。

財産税によって旧皇族は品位を保つ生活できなくなったのだから、というのが理由である。

品位を保てない以上、皇籍を離脱せざるをえなかったというのが、彼らの言い分だ。

しかし、上の資料をみてもわかるように、旧皇族は貧しくはなっていない。

さらに新憲法の元では、

国会決議さえあれば、いくらでも歳費を国庫から出せるようになってた。

本当に皇室の品位を保つための費用であれば、国会で予算は通ったのである。

この事から言えることは、

旧宮家の皇籍離脱は、経済的困窮が理由ではないということである。

なんとGHQは「国民の意思によって、国会により歳費を貰うならば、異議はない」

という意向を宮内省に示している。

(宮内省の次官、加藤進による臨時法制調査会第一部会小委員会での説明)

GHQは皇室歳費の議会による民主統制を強調しているのだ。

確かに当時、GHQから免税特権の廃止、および財産税が課せられる、という皇室の面々にとっては痛い政策が実施された。

そして、現代では、これが実質的な皇籍離脱勧告だったと主張する人々がいる。

しかしそれは、間違った主張だと言わざるを得ない。

それでは、旧11宮家皇族はなぜ、皇籍を離脱したのか。

それは、彼ら旧皇族の面々は、自らの意思で皇籍離脱したのだ。

この事は1946年8月15日に民政局のケーディス次長が、

佐藤達夫法制局次長に語った次の文言でもわかる。

「我々は天皇及びその皇族が私有財産を持つことを否定しようとは思っておらず、彼らを困窮に陥れようとは絶対に考えていない」


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