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招く歌

 春くんからの提案に乗ることを決心したのは、師走に入ってすぐのこと。


 春くんに、新年度から転勤になるとの内示が出たのがきっかけだった。

 春くんの会社では、事実婚でも配偶者扱いで転勤に伴う補助が出るらしい。

 そして私の方の仕事も、”いよいよ限界”と感じられるほど、人繰りが悪化してきていて。

 これは我慢して働くべきではないと、見切りをつける。 



「二人が決めたことなら、いいんじゃないか? 形はどうであれ」

 改めて、”結婚の挨拶”に訪ねた私の実家で、父はあっさりと事実婚を受け入れてくれた。

 決まり事とかにこだわる父なら反対しそうって、構えていた私は、肩透かしを食らった気分。

「もともとは、お母さんが原因を作ったみたいなものだから。反対はしないわよ」

 って、頷いた母は、

「それはともかく。ハルちゃん、会社を辞めちゃうの?」

 違う方が気にかかるらしい。

「これ以上、あの会社にいたら、体がもたない」

「仕事から逃げて……ない?」

 急に決心がついたことに対して、『こんな仕事、辞めてやる!』って、発作的に決めたんじゃないかって、心配しているみたいだけど。

「逃げるなら、もっと早くに逃げていたよ」

 そう、例えば。所長が過労で倒れる前にでも。



 一方、春くんの実家では。

「そんな人生もあるわよね」

 って、お母さんの一言で、すべてが決まったけど。その声が、妙に冷たく感じられて。私たちの選択に、呆れたんじゃないかって不安になる。


 その証拠のように。

「結婚式はどうする?」

「どうしようか考え中。引っ越す前に……は、時間が足りないし。向こうでって考えたら、友達に来てもらうのが負担かな? って」

 お父さんと春くんが話し合っている横で、

「無理に式をしなくっても……」

 と呟いたお母さんは、ちらりとも私の方を見なかった。

 そもそも、前回お邪魔した時と違って、お母さんから私に話を振られることもないし。


 これは……もしかして。呆れているというよりも、私を家族として、受け入れてはくれないってことかも。

 春くんのご両親と、家族にならないって道を選んだのは、私自身だけど。

 この日のやりとりは、心の底で澱のように残った。



 不安含みでの新婚生活が始まる。

 引っ越しの前にドラくんとユナユナが幹事になって、春くんの"幼馴染たち"や私の高校時代の友人なんかも呼んで、結婚報告パーティーをしてもらったのが、私たちにとっての結婚式で。

 引っ越し先では、既婚者として、仕事を探す。


 パート勤務ができたらいいかな? ってイメージで求職活動をしていたけど。

 運良く、海運関係の会社で正社員として採用してもらえて。大学を卒業するときに憧れていた、英語を生かした仕事に就くことができた。

 それもこれも、貿易港を有するこの街に、春くんと引っ越してきたおかげで。


 これが、人生の巡り合わせかな、って。



 そして、結婚から三年が経った秋。

 私たちは、新しい命を授かった。


 毎年のお正月、それぞれが実家に帰省するのが結婚以来の習慣だったけど。さすがにこの年は、長距離の移動が、良くないような気がして。春くんだけが楠姫城市に帰って、私はお留守番。

 その代わりのように、両親が旅行がてら遊びに来てくれていた。

 そう言えば。結婚と同時に引っ越しをした時。

 住む場所や物件の相談をしても、『暮らすのは、春斗たちなんだし。その土地特有の、こだわりポイントは、私たちには分からないから』と言って、具体的なアドバイスなどをしてくれなかった春くんのご両親は、この家に来たことはない。

 そう考えると、やっぱり。私は受け入れてもらえてないのかなぁ。



 『産まれたら、連絡してね。手伝いに来るから』って言葉を残した両親が、帰っていって。入れ違いのように、春くんが戻ってきた。


「あー、そうか。連絡」

 母の言葉を何気なく伝えると春くんは、失敗に気づいたって顔で、考え込む。

「連絡するためには、ハルちゃんの実家の電話番号か、メールアドレスか……」

「え? 何が?」

「だって、ほら。連絡って、ハルちゃん自身じゃ無理だと……」

「できると思うよ?」

 ほらって、メッセージアプリの履歴を見せる。


「先週出産したって同僚が、次の日に連絡くれたし」

 職場で使っているグループのトークルームに送られてきたメッセージに、みんながお祝いのスタンプやメッセージを送って。

「このくらいの報告なら、自分でできるんじゃない?」

 たぶん、こうやって私も職場に連絡することになるだろう。そのついでに、母にも送っておけば良いんじゃないかな。



 そうして。大きなトラブルもなく、出産を迎えた私だけど。

 いざ入院、となると心細くもなってきて。

 立ち会ってくれる春くんの存在が、本当に心強い。


 とはいえ、陣痛が規則的になるにつれて、心細いなんて言ってる余裕もなくなって。

 ひたすら命と向き合う数時間を越えた先。

「おめでとうございます。元気な男の子ですよ」

 祝福が、待っていた。



 後処置を終えて。

 夕暮れの病室から、母へのメッセージを送る。職場へも、ついでに。

 『おめでとう!』『お疲れ』のスタンプが、立て続けに送られてくるのは、退社前のロッカールームからかな? 

 今までとは立場を変えたやり取りに、会社の光景を思い浮かべていると、『実家へ連絡してくる』と廊下へ出ていた春くんが、病室に戻ってきた。



「ハルちゃんに、メールだよ」

 って、差し出されたスマホを受け取る。

 送信元は……春くんの、お母さん?


【出産、おめでとうございます】で始まったメールには、確かに宛名として、私の名前が書かれていて。


【昔、丹羽さんから聞いた言葉を、春斗や上の娘が産まれた時、名付けの参考にさせていただきました】

 と続いた文面に、意外な事実を知る。

「春くんの名前、うちの父が関係してるって、知ってた?」

「いや。俺もさっき、そのメールを読んで初めて」



【陽望さんは、その丹羽さんの娘さんだから。きっと赤ちゃんにとって、生涯のプレゼントになる名前を考えていると思います】

 おお。プレッシャーだ。まだ、決めかねているんだけどね。

 事実婚の私たちの間に生まれてくる子は、届け出の苗字を選ぶことができる。これも、最近の法改正のおかげらしいけど。

 春くんの苗字にするか、私の苗字にするか。それを決めないことには、名前とのバランスがね。



 それほど長くないメールの最後は

【落ち着いたら、ぜひ。三人揃って、楠姫城に遊びに来てくださいね】

 と、締められていて。

 読み終えると同時に、ほーっと息が漏れた。


 春くんにスマホを返そうとして、添付ファイルに気付く。

「春くん、このファイル……」

「うん? 形式的には、音楽ファイルかな?」 

 アプリが……って言いながら、春くんの指先が画面上をタップする。

 アプリのダウンロードを待つ間に、いちど、起き上がって。病室の冷蔵庫から持ってきてもらったお茶のペットボトルに口をつける。

 再び横になった私の枕の横に、春くんがスマホを置いて。

 ボリュームが、少しずつ上げられた。


 聞こえてきたのは、爪弾くようなギターの伴奏と女声のスキャット。

「はるの子守唄、だ」

 春くんが呟いたのが、聞こえて。

「子守唄?」

「うん。俺が産まれた時にお父さんが作った、お母さんが歌うためだけの曲だよ」

 それは、つまり。

「演奏してるのは、春くんのお母さんとお父さん?」

「そうだよ。織音籠用に歌詞の付いたバージョンもあるけど。この声は、お母さんだ」

 "はるの子守唄"が意味するのは、季節の春じゃない。

 春くんの子守唄、なんだ。


 歌を聴いているうちに、なんだか涙が出てきた。

 頬を拭いながら、お母さんの歌声に耳を傾けて。お父さんのギターとのハーモニーに、心の底に数年前から居座っていた澱が、ハラハラと崩れていく。


 ああ。春くんのご両親が、私のことを家族として迎えてくれている。

 『三人で、遊びにおいで』って、心から招いてくれている。

 メールが私に宛てられていた意味が、ストンと胸に落ちた。

 これは、"春斗(はる)の子守唄"であると同時に、"陽望(はる)の子守唄"でもあるんだよって。


「春くん、この子の名前だけど」

 私が横になっているベッドの隣。小さなコットで眠る息子を目で示す。

「決めた?」

「うん。苗字、春くんの方。"中尾"にしよう?」

 お母さんたちと繋がる孫ですよ、って。伝えたい。


「だったら……ちょっと提案」

「提案?」 

「いくつかの案を考えてたけどさ。"まこと"はどう?」

「新候補ね?」

「ハルちゃんのご両親から、一文字ずつもらって"慎登"って」

 目的へと向かって慎重に。一歩一歩登っていくイメージが浮かぶ。

「いいね。うん。それがいい」

 『聞こえた? 慎登くんだよー』って、コットで眠る我が子に話しかける。



 私のスマホへ、さっきの子守唄を転送してもらって。春くんが帰って慎登と二人っきりになった病室で、繰り返し聞く。


 慈愛が形になったような、お母さんの歌声。

 そうか。春くんは、この声に慈しまれて育ったんだ。

 そして私もこの先、慎登のことをこんな風に大切に守り育てていきたい。



 一日の疲れと子守唄に呼ばれて、睡魔がやってきた。

 眠りに身を委ね、夢うつつに考える。


 慎登と三人で、春くんの実家に遊びに行くなら、お正月かな? ついでに少し足を伸ばして、私の実家にも行けばいいし。

 それとも……『うちへも、遊びにきてください』って、春くんのご両親をお招きするのは、どうかな? 一度も来てくれないって、子供みたいに拗ねたことを言ってないで。

 それなら、お食い初めの頃に合わせて、かな? お宮参りの頃はまだ、産後の手伝いに来てくれる母が居るかもしれないし。



 束の間の微睡みに、私が見たのは。


 ギターを抱えてソファーに座っている春くんのお父さんと。赤ちゃんを抱っこして、あの子守唄を歌うお母さんの夢だった。



END.

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。



春斗の両親のお話 : 音 シリーズ

陽望の両親のお話 :ニワトリ シリーズ


に、まとめてあります。


よろしければ、どうぞ。

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