その19
「にいさま。バードウォッチングおもしろかった?」
「あ…ああ。すごかったよ」
「ねえねえ、どんなだった?」恭介が興味津々に尋ねた。
「そうだね…朝露を身にまとったヴィーナスが、木漏れ日の旋律で祝福の舞いを舞ってる感じかな」
「ふむ。龍どのにしては、ずいぶんとジョジョー的な言い方でござるな」
「ほ、ほら、それより探偵事務所の仕事だろ?」
「ここでの仕事は、にいさまたちがするんでしょ。同じこと、なんどもすることないと思う」
「まあ、そうだけど…」
「でも今はちょっとやりにくいな」翼がつぶやく。「ママの指輪がフルパワーだ」
「おひる食べたら、わすれもの取りにくれば?」悠斗が外を眺めながら言う。「ぼくは見られてるから、わすれものできないけど」
「わかった。紗由が“びよよんガム”を忘れていくから」
「ないない!」一同に却下される紗由。
「紗由ちゃんがおかし忘れるなんて、ありえないよ」眉間にしわを寄せる真里菜。
「そうです。お名前をわすれても、おかしはわすれないと思います」頷く奏子。
「姫。ウソというのはホントらしくなければ、つく意味がございませぬぞ」腕組みする充。
「病気かとおもわれて、入院させられてもこまるし…」ぼそっと呟く恭介。
「みんな、紗由のことなんだと思ってるの!」
「くいしんぼう」声を揃える4人。
「うー…」
「マドモアゼルのブレスレットにしなよ。それ、だいじな石でしょ?」悠斗が割って入る。
「うん。おじいちゃまのかたみ」
「マドモアゼルなら龍さまと翼くんがついてきても、うたがわれない」
「わかりました。奏子がわすれます」
「じゃあ、ここはいったん解散だね。皆、好きに遊ぼう」
翼が言うと、探偵事務所のメンバーは一斉に散らばって行ったが、奏子が一人残り、翼の手をとった。
「おにいちゃま。屋根うらべやに行こう」
「屋根裏部屋?」
「うん。おじいちゃまが夢でね、おにいちゃまといっしょに行きなさいって」
「奏子、それ、ママに言った?」
「ううん。ないしょだって言われたから」
「そうか。…じゃあ、行こう」
翼が笑顔で奏子の手を握り直すと、奏子も笑顔でそれに応えた。
* * *
八角堂の内部は玄関のドアを除く全7方向に窓が張り巡らされていた。と言っても、床から60センチぐらいの高さまでは全部ベンチ兼収納になっていて、四辻の紋に使われている花菱草をデザインしたクッションが所々に置かれていた。
「ねえ、にいさま。四辻のおじさまって、かわった人なんだね」
「何で?」
「このお家だと、あっちこっちから見られちゃうもん。隠れ家なのに隠れられないよ」
「確かに」紗由の指摘に龍は興味深げに辺りを見回した。「隠れるための場所じゃなかったのかもしれないな」
「何のための場所なの?」
「紗由だったら、何をするためなら、別の家を作りたい?」
「おしごとかなあ。たんていじむしょのオフィス」
「仕事か…」
「大臣のおしごとする場所はあったと思うから、“命”のおしごとをする場所だったのかも」
「でも、それなら誠さんや一条の先の宮が知っててもよさそうな気がするけどな。仕事のパートナーだったんだし」
「“命”のおしごとは、一条のおうちとだけじゃなかったかも。京都の人たちは、いろんなおうちの人といっしょでしょ?」
「なるほどね…。でも、この空間、何もたどれない」
「まりりんも言ってた。石のにおいがしないって。四辻のおうちと関係あるところは、かならずするんだって」
「だけど建物の裏側には、石を使った結界が中途半端に張ってある」
「玄関にはなかったよね。今もなんか、あっちのほうスースーする」
「そうか…!」龍は玄関のほうを鋭い目で見つめた。
「どうしたの、にいさま?」
「僕たち、ここに集められたんじゃないのかな」
「どうして?」
「僕たちが集まるとどうなるかを観察したいんだろ、そのスースーする玄関から」
「だれがそんなことするの? どうやって集められたの?」
「そんなに一度に聞くなよ、紗由」ずんずん顔を近づける紗由に龍が笑い出した。「でも、“どうやって”を検証すれば、“だれが”にはたどりつけそうだな…」
龍は大きく息を吸うと、玄関に向かって不遜な笑みを浮かべた。
* * *
「へえ…富士山が見えるよ」翼が望遠鏡を奏子のほうに回す。
「うわあ。きれいだねえ。まわりの空気がきらきらしてる。こっちにおいでって言ってるみたい」
「じゃあ今度遊びに行こうか」
「ほんと?」
「うん。近いうちに清流へ“怒りんぼ祭”を見に行こうと思ってるんだ。帰りに寄るよ」
「うふふ。楽しみ。それとね、おにいちゃま。奏子、この望遠鏡でぐるぐるんてして見えるところ、ぜんぶ行ってみたい」
「全部? 欲張りだなあ」笑う翼。
「だって…おじいちゃまは、ぜんぶ行ったような気がするの」
“そうか。この展望台から見える範囲が、おじいちゃまが動かそうとしていた範囲…?”
「奏子はおじいちゃまが好きか?」
「うん。大好き!」
「おじいちゃまも奏子のことが大好きで、空の上から見守ってくれてるよ」
「お空の上からはみまもれないと思う」
「え?」
「おにいちゃま。奏子、知ってるよ」
「奏子…」翼が驚いて奏子の両肩をつかむ。
「いろんな“石”がね、そう言うの」
「…誰かに話したかい?」
「奏子がかくれんぼの鬼さんなのかなあ? それともおにいちゃま?」
「それを言うなら、きっとここに呼ばれた全員だ」
「鬼さんがいっぱいだと、おじいちゃま、きっと鬼さんのふりしてにげちゃうね」
うふふと笑う奏子の笑顔に翼は、なるほどねと言いながら窓から空を仰ぎ見た。
* * *
響子が窓の外で揺れる黄色い花びらに惹かれるようにして玄関を出たとき、道路沿いでスケッチブックを広げている人間の姿が見えた。
「風馬さん…見学にいらしたの?」
「ああ、響子さん。四辻先生の隠れ家、スケッチさせてもらおうと思って」
「澪さんの捻挫の具合はいかが? 見学ツアーも参加予定だったのに」
「たいしたことはありません。でも、華音が幼心に責任を感じてるのか、大人しくしていてくれるので、ちょっと助かります」
「華音ちゃん、本当によく動くものね」
「彼女は今、ありとあらゆるものを自分の身体と心で触れて感じて吸収してるんですよ」
「龍くん以上に西園寺を受け継ぐ者ですものね」
「名家を受け継ぐ人間を見守るのは大変ですよね、お互い」
「あら。風馬さんご自身がまずは受け継ぐ側なのに、もうその先の心配ですの?」
「受け継ぐということは見守ることでもありますから」
「私にはどちらの力もありませんけど」
「石を使えばいいんです」
言われた響子はアメジストの指輪を覆い隠した。
「でも道具に使われないことです」
「何がおっしゃりたいの?」
「道具は、より上手な使い手になびきます。持っているから味方なわけではありません。馬と同じです。主が誰なのかをしっかり教えないと」風馬はにっこり微笑む。「先生の隠れ家、僕も見せていただきますね」
風馬は響子の返事を待たずに建物の中へと消えていった。
* * *
「へえ。他人が描いた絵を足がかりに、自分で別の風景を描いて、そこから派生的に別のビジョンもたどれるんだ」
龍は、富士山らしき山の絵を描いている風馬を見上げた。
「シソーラスみたいなものかな。関連するものを引き出していくんだ。人前でもよくやるよ。仕事柄、絵を何枚描こうが不自然ではないからね」
「閃いちゃったアーティストが、コースターの裏に絵を描きだすみたいな?」
「まあ、そんなところだ。龍もそういう手段を何か考えておいたほうがいいぞ」
「僕の場合は握手を求めて相手の思念をたどる、かな。政治家っぽいでしょ? 男子には片手、女子には両手を使うんだ」
「何で男子と女子で違うんだい?」
「女子はテンション高くさせると、情報引き出しやすいから」
「おまえ、ますます涼一に似て来てるな」
自分との握手ですべての女子のテンションが上がると普通に考えている様子の龍に苦笑する風馬。
「じいじはさ、そういうの計算も予測もせずに自然と出来るんだよね」
「そうか…計算も予測もしないという手があったな」
「え?」
「皆で何も考えずに四辻のおじさんをお迎えするというのはどうだ。考えると読まれるんだろうし」
「うーん。おじさんや僕がそういう作戦に出たとしても、奏子ちゃんがなあ…」龍はためらいがちに目を伏せた。
「だからいいんだよ。それを見守る翼くんも」
「風馬おじさん…あの二人に何をするつもりなの?」
「あの見取り図から描いたシソーラス、意外な単語を導き出したんだ」
風馬は龍に微笑みかけると、龍の眉間に右手の人差し指を置いた。
* * *




