その15
別荘に集まった人間は、早めの夕食後はリビングで何人かずつグループになっていた。
「ムービーの説明会っていうから、資料が配られて全体説明なのかと思ったのに、パパと高橋さんが赤ちゃんをあやしてるだけに見えるんだけど」
夕紀菜の見つめる先には、4人の赤ん坊とその母親、直也と進の姿がある。
「高橋さん、あやすの上手ねえ。星也くん、さっきずいぶんぐずってたのに」周子が微笑む。「でも、ああやって4人並ぶと、やっぱり個性があるわよね」
「凜くんは穏やかで愛想がいいし、大斗くんは何かを観察するみたいな目線と首の振り方、咲耶ちゃんはお姫様然として物怖じしない感じで、星也は気難しそうというか、偉そうというか」
「さしずめ、プリンス星也と咲耶姫がダンスを観覧中に、教育係とSPが同席といった感じかしら」
「やだ。そうにしか見えなくなっちゃう」夕紀菜はケラケラ笑いながら、観賞されているダンスプレーヤーを見つめた。「ほんと可愛いわぁ、西園寺ダンサーズ」
聖人と真琴が、お手本を踊る紗由の真似をして踊っているその後ろでは、華音が必死にたどたどしく3人の真似をしており、そのすぐ横には頬杖を付いて眺めている龍がいた。
「悠斗くんがいなくてもぐずらないなんて、よほど集中してるわね、華音ちゃん」
「きっと紗由が、悠斗くんに見せてあげようねとか何とか言ったのね」
周子はくすりと笑った。
「なんかすごい絵だね。四神の集いに向かえということ…向かわされているということなのかな」
「“ししん”てなあに?」真里菜が、紗由たちを見つめる翼に尋ねた。
「うーん。ベランダに出ようか」
翼はちらりと華織のほうを見ると、真里菜を連れて海が一望できるベランダに出た。
「あ。デートだ」恭介がいち早く翼と真里菜の姿を目で追う。
「恭介くん。練習のとちゅうですよ」
「もう、くたくただよ…」
「あんまり無理はしないほうがいいかな」
弾が言うと、奏子がぴしゃりとそれをはねつける。
「だから、いつまでたってもできないんです」
「まあまあ。恭介どのには、さほどひつようではないかもしれませぬゆえ」
「じゃあぼく、じぶんのれんしゅうするよ」
悠斗は壁を強く蹴り、その反動でクルンと体を回転させた。
「パパは、これをやりながら、てきにキックできるよ」
「すごーい!」
思わず進のほうを見る恭介の顔を、奏子が無理やり押し戻す。
「イテテッ!」
「トンボ返りより、おしゃべりな体をなおすほうが先ですね」
「そうでござるな。マドモアゼルのママ上が、さっきからこちらをチェックしておりますゆえ、ごちゅういを」
充は奏子にニッコリ笑うと、その場でトンボを切り始め、西園寺ダンシングチームのほうへとはけていき、悠斗も同じようにして後に続いた。
「悠ちゃんみたいな子がタイプとは意外ね」
何気に悠斗を目で追い続ける響子に華織が微笑む。
「…見惚れちゃいます、あの運動神経」
「私の可愛い仮面ライダーに手を出さないように、釘を刺しておかなくちゃ」
「おばさまのボーイフレンドに手を出すほど、身の程知らずではありませんわ」
「あなたじゃなくてよ」
「え?」
「そろそろ躍太郎さんが着く頃だわ」
静かに玄関へと向かう華織の後姿を見つめながら、響子はその言葉の意味を考え、今度は何気なくではなく、しっかりと悠斗を見据えた。
「華音ちゃん。そんなににらまないの」悠斗をじっと見つめる響子を強く見つめ返す華音に、紗由はやれやれといった様子でたしなめる。「ほら、さっきのおどり、見せてあげましょう」
紗由の誘導に従って華音が踊りだすと、悠斗は笑顔でそれを見ている。
「じょうずだね。とってもかわいい」
「うーたん!」
ゴキゲンな様子で悠斗にしがみついた華音は、彼の肩越しにベランダのほうを見つめた。
ベランダに出た真里菜は、翼が言う“ししん”とやらのことを聞こうと思ったのだが、翼は真里菜に別のことをいろいろと質問してくる。
「直哉おじさまは、星也くんと咲耶ちゃんを、久我&九条の第二弾にしたくてムービー作ろうなんて言い出したの?」
「ビジネスじゃないと思う。おじいちゃまにしてはムダが多すぎるもの。でも、おにいちゃまと史緒ちゃんとはちがって、あの二人はうまくいかない気がする」
「どうして?」
「せいちゃん、咲耶ちゃんをこわがってるから」
「怖がる?」
「せいちゃんはいつも、自分がいちばんえらいと思ってるのに、咲耶ちゃんの近くに行くとすごく緊張しているにおいがするの。この前、初めて会ったときからそう。翼くんなら、たどれば理由がわかる?」
「うーん。僕は星也くんに触れないほうがいいかな」
「どうして?」
「今、元“禊”側の一部と伊勢が揉めてるんだよね。僕の場合、触れないとたどれないし、直哉おじさまに気付かれて、妙な勘繰りをされても困る」
「“禊”と伊勢って何でけんかしてるの?」
「2年前に“禊”と“命”が統合したと言っても、実際は“命”側が吸収合併したようなものだよ。“禊”側は“命”側に比べて能力者の出現具合が相変わらず低いし…まりりん、大地くん、二条さんちの子以外は、“命”側と比べられるようなレベルじゃないからね。アンバランスっていうのは揉め事の種なんだ」
「ねたんでるってことね。そんなことしても、力が出るわけじゃないんだから、足りないんなら、どんどん赤ちゃんうめばいいのにね」
「そうだよね」翼がくくくと笑う。
「それに変だと思う。あの人たち」
「変?」
「あ…だから…そういう、ねたむのとか」口ごもる真里菜。
「まあ、そうだよね。で、まあ、星也くんは期待の星でもあるからね、今の僕の立場だと、やたらと触れられない。でもその、緊張しているというのは興味深いなあ」
「何かが見えてるのかもね」
「そうか…」翼はしばし考え込んだ。「まりりんの“鼻”、俊おじさんの“耳”に続く“目”ということなのかな。西園寺と言い…」
「紗由ちゃんちがどうしたの?」
「そうだ、さっきのまりりんの質問に答えてなかったね、ごめん」
今の質問にも答えてないじゃないかと真里菜は思ったが、こういうふうに強制終了する時の翼には何を聞いてもはぐらかされるだけだとわかっていたので、それ以上追求はしなかった。
「さっき言った“四神”というのはね、4つの方角を司る神の使いの獣のことなんだ。東の青龍、南の朱雀、西の白虎、北の玄武。青龍は青い龍、朱雀は鳳凰のような赤い鳥、白虎は白いトラ、玄武は黒い亀とされている」
「ふうん。ふたごちゃんたちのポシェットは、白いネコだからトラにも見えるわね。悠斗くんのTシャツは赤い鳥でそのまんまだし、華音ちゃんはヒヨコのポシェットだけど鳥だし、龍くんは青いシャツだから青龍で…えーと紗由ちゃんも龍かな、清流におよめさんに行くし…充くんは黒いTシャツだから?」
「充くんのTシャツの模様、見えるかい」
「菊の花でしょう。にんじゃはね、和風なよそおいなんだって言ってた」
「菊に見えるけど亀甲模様の一種なんだ。亀の甲羅の中に菊の花がデザインしてある文様。花巻の家紋だよ。ほら、沖縄の時も充くんは黒担当だったでしょ」
「じゃあ、あの7人で4つの方角をまもるの?」
「本当は亀がもう一人要るんだけど」
「だれ?」
「あのメンバーだったら龍くんがかけもちかな。それに守るのは…あ、ごめんね、また後で」
翼は真里菜のおでこに軽くキスすると、部屋に入ってきたばかりの誠のほうへと歩いていった。
「ねえ、誠さんはどう思ってるの、直哉おじさんのムービー計画」翼が尋ねた。
「いきなりかい」くすりと笑いながら、離れた場所にいる響子に会釈する誠。「最終目的は星也くんと咲耶ちゃんとの縁談かな」
「でも、星也くんは咲耶ちゃんのこと怖がってるみたいだよ。まりりんが言ってた」
「へえ」誠は目を細めて星也のほうをじっと見つめると、さりげなく左手の人差し指を眉間に置いた。「正確には、咲耶ちゃんというより、その背後の気配…いや、彼女の中に置かれた何かのようだね。清子ちゃんもわかっているはずだが、調整できずにいて、警戒モードのようだな」
「九条がガードし切れずに、咲耶ちゃんが何かされたってこと?」
「僕にもムリそうだ。強いよ」
「誠さんがムリって、犯人は一条の先の宮さまか、西園寺の“命”だってこと?」
「いや。清子ちゃんはその二人に警戒はしないだろう」
「だよね…」
翼の脳裏には一瞬、別の人間の顔が浮かんだが、慌ててそれを打ち消した。
「星也くんも3ヶ月前に比べると、かなり様子が変わってる。何かあったのは間違いなさそうだが、触れずにこの距離だと、それ以上はわからないけどね」
3ヶ月という単語に翼は引っかかりを覚えた。
“ちょうど、追いかけた頃だ…。”
「何かあったのかもと言えば、響子さん、ちょっと様子がおかしくないかい?」
「ここのところ、悠斗くんのこと、かなり気にしてるみたい」
「それは翼くんも同じでしょう?」
「あはは。誠さんには隠し事できないね。彼の力、急激に伸びてるからさ。気配を察するのは、もう充くんレベルだよ。華音ちゃんに対して、かなり影響しそうだよね」
「華音ちゃんに対する“禊”側の反応を心配してるのかい」
「まあ、その前に双子ちゃんたちのほうを気にしたほうがいいのかな。白虎の力をけっこうすんなり使いこなしてたし、知られたら刺激しちゃいそうだ」
「ああ。あのポシェットだね」
「華音ちゃんは、ひよこのポシェットを使うんだね、きっと」
「振り回しながら、“うーたーん!”て猛ダッシュしそうだ」
「だから制御する人間が必要なんだよね。でも、まさか幼稚園児がその担当とは思わなかったけど」
「不服かい?」
「…華音ちゃんにいずれ出てくるであろう力を考えるなら、制御するのはあそこの命宮レベルの仕事だと僕は思うんだけど」
「つまりそのレベルまで伸びるということだろうね、悠斗くんの場合」
「すごい話だよね。西園寺って、やっぱりちょっと桁外れだ」
翼は何がおかしいのか、声を出して笑うと、響子のところへ足早に歩いていった。
* * *
真里菜は紗由が探偵事務所のメンバーに号令をかけるのを待っていた。
小学校に上がって以降のルールで、“命”に関するわからないことは、皆でシェアし合い、考えることになっていたからだ。以前は皆、思いついたときに目の前にいた相手にものを言っていたので、情報は必ずしも共有されていなかった。
小学校に入ってからはクラスがバラバラになり、情報共有がよけいに難しくなってきたこともあり、探偵事務所を円滑に運営するため、恭介が提案したルールだった。
一方、探偵事務所におけるそれぞれの役割も固定化してきていた。真里菜は得意の鼻、和歌菜や久英社経由での情報収集、充はこっそり“忍び”ながらの情報収集と、運動神経や腕力を生かした他のメンバーの用心棒的な役回り、恭介は紗由の参謀的な位置づけで、その博識ぶりを生かした情報分析を担当しており、紗由が全てをまとめる立場にいた。
そして奏子はと言えば、紗由いわく“にいさま担当”だった。といっても龍のことだけではなく、翼や大地も含まれている。年上の3人と“いざという時”渡り合えるのは、紗由以外だと、言い出したら引かない奏子しかいない。何と言っても奏子には「えいっ!」という最終手段もある。
さらに最後の一人、悠斗は華音の担当だった。華音が悠斗にものすごく懐いているからというだけではない。小学生メンバー5人の一致した意見として、華音は今後の“最重要人物”なので、大切に見守る必要があるのだ。
なにしろ龍同様、華織の直系であり、父親の風馬の力はもちろんのこと、母親の澪も名門広幡家の血筋な上、一条の先の宮からの教育を受けている。おそらく5人よりも圧倒的に力が強くなるだろうと彼らは思っていた。
そういう意味では、聖人や真琴のことも同様に見守る係を決めたらどうかと真里菜は提案したが、紗由はそれを却下した。理由は「賢ちゃんに見張られるから」だ。恭介も、それは面倒だと言い、結局、紗由から華織に誰か“そういう人”を付けてくれるよう頼むことで話がまとまり、華織からは、適任者がいるからと二つ返事で了承され、その件は落ち着いた。
「おまたせ! 華音ちゃん、やっと放してくれたぁ…えーと、まりりんから話があるんだよね」
「うん」
真里菜は、先ほどの翼との会話を一通り皆に伝えた。
「うーん。それぞれ二人ずつなら、ちょうどいいでござるのになあ」
「翔太くんを呼んだらいいんじゃない」恭介が言う。「紗由ちゃんと翔太くんが青龍担当。龍くんが黒亀に回ればいいよ」
「翼くんも、龍くんがかけもちかなって言ってたけど、龍が亀になるなんて、なんか変」
「風水で“龍亀”と書いて“ろんぐい”っていうのがあるよ」恭介が言う。
「FFに出てくるあれでござるか?」充が首をかしげる。
「それの元だと思う。おじいちゃんの書斎にあるんだ。亀のこうらをつけた龍なんだけど、お金持ちになるおまじないみたいなもんだよ」
「国会ぎいんて、出ていくお金も多いから、たいへんだもんねえ」真里菜がもっともらしくうなづく。
「おじいちゃんの場合は、お金持ちよりも、じゃまな人をどけるおまじないに使ってるんだって。邪気から身を守るのにもいいみたい」
「奏子の“えいっ!”みたいなもの?」
「…そこまで怖くない」
「じゃあ、にいさまが亀になれば、じゃまな人をどかせるのかなあ」
「危険から身を守るのに役に立ちそうでござる」
「でも、黒い亀なら、やっぱり躍太郎おじさまじゃないの。黒亀亭のご主人だもの」
「大人も入っていいの?」
奏子に聞かれた真里菜は返答に窮する。
「じゃあ、奏子ちゃん。にいさまに聞いてください。亀になるつもりがあるかどうか」
「はい!」
奏子は龍のところへ一目散に駆け出した。
「だいじょうぶです。奏子は、龍くんが亀くんになっても、大好きですから」
「奏子ちゃん…?」
唐突な奏子の言葉に戸惑う龍に、後からやってきた紗由が経緯を説明した。
龍は口には出さなかったが、翼が考えたことをなるほどなと思った。
“四神による結界…聖人たちが四神側ということは、この場では赤ん坊たちを守るのが重要課題になる?…大斗くんがいるから、おばあさまはいつになく攻撃的に動き始めたのか。…いや、凜くんもいるんだ、それなら誠さんがもっと動くはず。
まあ、最終的に誰を守るのかはともかく、その過程で聖人、真琴、華音、悠斗くんはいったん守りの側に回る必要がある。だから双子たちを、予定変更してこちらに連れてきたのか。そして、青龍の僕と玄武の充くんがいれば、とりあえず四神にはなるとおばあさまは踏んだ。
だが、悠斗くんは四神の一員であると同時に華音のガードもということなら、かなりの力が必要になる。進子お姉さんにしたら痛し痒しだな。大斗くんたちを守るために、悠斗くんに無理をさせなくてはならないなんて。
にしても、それに輪を掛けて気になるのが星也くんだ。さっき火がついたように泣いていた時、彼の中の恐怖感を感じた。梨緒ちゃんが、咲耶ちゃんに近づけたら、泣き声が激しくなった。恐れている相手は咲耶ちゃん…凜くんでも大斗くんでもなく、咲耶ちゃんだ。彼女は誰に何をされたのだろうか。なぜ星也くんだけが感じ取っているのだろう…?”
龍の頭には一瞬で様々な考えが浮かび、少し疲れを感じて大きく息を吐いた。
「いいんじゃないんですか、にいさま。西園寺亀。ふんいきのある名前で」ニーッと笑う紗由。
「じゃあ、紗由にあげるよ。青龍は翔太と僕で担当するから」
「え?」
「…紗由ちゃん、“亀さま”って呼ばれるのね」奏子がチラリと進のほうを見る。
「なんか、やだ…」
うつむく紗由に龍が笑う。
「じゃあ、いっそ紗由、奏子ちゃん、まりりん、恭介くんの4人で黒亀をやったら?」
「そうしよう、かめ子ちゃん!」
「…かな子です」
「まあまあ」
「でも、奏子は亀さんになれと言われても、どうすればいいかわかりません」
「そうだよね。4つの方角を守るの? 亀さんはえーと、北だっけ」
「うーん。伝言ゲームを繰り返すのも時間の無駄だから、紗由、探偵事務所のメンバー全員と、双子ちゃん、華音、翼を集めて」
龍はそう言いながら、大きく伸びをすると、野球のボールを投げる真似をした。
龍からの“合図”を受け取った翼は、響子のところへ歩いていく。
「僕、おじいちゃまの部屋に行くね。龍くんたちにジオラマを見せてあげる約束なんだ」
「いいけど…全員?」響子は、龍の元に集まる子どもたちを眺めた。「小さい子もいたら、翼と龍くんだけじゃ…」
「あの、すみません。僕もご一緒して構わないでしょうか。お子さん方の面倒ももちろん見ますので」
傍らにいた弾が振り返り、響子に声を掛けた。
「はい。構いませんが…」
「四辻先生、鉄道模型の世界でもご高名な方でしたからね。そのコレクションが見られるなんて、いやあ、休みの日も仕事してみるもんですねえ」
「弾さんも、そっちの趣味なんだ」
「うん。高校の時からだから、もう15年ぐらいかな」
「あら、楽しそうね。私も拝見したいわあ」
いつの間にか響子の後ろに立っていた進が、ウキウキした様子で話に入ってきた。
「あ…よろしかったらどうぞ」
「じゃあ、きまり」
翼はパンと手を叩き、龍を一瞥するとドアへ向かった。
* * *




