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エピローグ

 そこは、眼下に王都グランセルが一望できる、小高い丘の上だった。

 向こうの山間やまあいから、日が昇り始める。


 俺はその丘の上に立てられた墓標の前で、手を合わせる。

 俺の隣では、フェティスが同様に、祈りをささげていた。


「……俺、いまだに実感がないんだよ」


 ぽつりとつぶやく。

 隣にいるフェティスが、閉じていた目を開き、俺の方をちらと見てくる。


「あのとき、あれだけみっともなく泣いておいてさ……なのに今でも、その辺からひょっこり現れて、また憎まれ口でも叩いてくるんじゃないかって、そう思ってる」


「そう……まあ、私も似たり寄ったりね」


 フェティスはそう言いながら、背後を振り返る。

 そこには、目の前にあるのと同様の墓標が、たくさん並んでいた。


 フェティスは先ほどまで、あの墓標一つ一つの前で、手を合わせていた。

 そうして最後に、アランの墓標の前にやってきたのだ。


「また生き残っちゃった――みたいなこと言ったら、アランに怒られるんだろうなぁ」


 フェティスはうんと伸びをしつつ、墓地に背を向けて、丘を下り始める。

 俺はその後をついてゆく。


「アランとフェティスって、昔からの知り合いみたいだけど」


「うん、お互いの家同士で交流があってね。私はアランにとって、親戚のお姉さんみたいなものかな」


「そっか。……でもフェティス、泣かないよな」


「薄情だって思う?」


「……まあ、少し」


「そう。妥当な評価だと思うわ」


 フェティスはそれだけ言って、もうこれ以上話すことはないとばかりに黙った。

 俺はそれを受け、別の話を始めることにする。


「そう言えばフェティス、戦いの前に兵たちの前で、帰ったら酒を酌み交わそうみたいなこと言ってたけど、あれどうするんだ? あいつら全員と、一人一人飲み交わすってわけにもいかないだろ」


 そう、疑問に思っていたことを口にする。


 まるで戦乙女という様相で、戦士たちの前で演説をしたフェティス。

 あのときの様子を考えれば、希望者は最悪、四桁に及ぶこともあるだろう。

 とても一人で相手できる数ではない。


 しかしフェティスは、事もなげに言う。


「どうするも何、やると言ったからには何ヶ月かけてでもやる、それだけよ。私は彼らを、あれだけの死地に行くようけしかけたんだから、そのぐらい安いものでしょ。――それよりクルス、午後の授与式はちゃんと来なさいよ。すっぽかしたりしたら、私が大目玉食らうんだから」


「あ、ああ」


 フェティスの話をしていたら、俺の話をかぶせられた。

 しょうがない、腹を決めようと思いながら、俺は丘を下ってゆく。




 そうして、午後の授与式。

 王城の赤い絨毯じゅうたんの敷かれた謁見えっけんの間で、国の偉い人が左右にずらりと立ち並ぶ中、名前を呼ばれた俺は、国王の前へと進み出た。


「騎士クルスよ。此度こたびの活躍ぶり、まこと見事であった。恐るべき魔神の軍勢――その六割以上を、おぬし一人で退治したというその功績。歴代最強の騎士と言っても、過言ではなかろう。よってここに、王国騎士団、筆頭騎士の栄誉を授ける。受け取ってほしい」


 そう言って国王は、意匠の凝らされた勲章を差し出してくる。

 王冠をかぶり、豪奢ごうしゃな羽織をまとった国王は、俺にとっては知らないおっさんでしかない。


 俺は、差し出された勲章を受け取る。

 そして、言った。


「魔神たちを退治したのは、俺一人の功績じゃない。たまたま俺が力を持っていただけで……こんなものは、俺には相応しくないと思う。でも、これはみんなの代表として、俺が受け取る――そういうことだと思って、受け取っておきます」


 どう言ったらいいか分からないことを、何とか言葉にしようとして、ぐだぐだになった。

 言葉遣いも適切じゃなかったと思う。

 あたりがしんと、静まりかえる。


 でもその中で一人、静かに拍手を始めた人がいた。

 艶やかな礼装に実を包んだフェティスだった。


 すると彼女以外にも、一人、また一人と、拍手を始めた。

 やがてその拍手は、謁見の間の満場を占めるものとなった。




 そして、その夜。


 俺はトニアと一緒に、王都で最も大きな酒場に繰り出していた。

 その片隅で、二人でしっぽり飲もうと、そんな約束をしていたのだ。


 ちなみに、トニアと二人でと言っても、何か特に深い関係になったとかいうわけでもない。

 彼女と一緒にいるとなんか落ち着くという、そんな程度の理由で、最近よく一緒に飲んでいるだけだ。


 だけど――酒場の扉をくぐって中のドンチャン騒ぎを見たとき、俺は入る酒場を間違えたと後悔した。


「あーっ、クルスにトニアちゃんじゃない! こっちこっちぃ!」


 そこには、粗野な男たちに囲まれながら、完全にできあがっている赤ら顔の騎士団長様がいた。


 きびすを返して別の酒場を探そうか迷い、トニアにどうしようと聞くと、彼女は苦笑しながら「いいんじゃない、たまには」と言って中に入っていってしまった。

 しょうがないから、俺もそのあとに続く。


 フェティスは自分の両隣の席にいた男を両方とも物理的に押しのけて、俺とトニアにそこに座るように、バンバンと席をたたいた。

 トニアが先に片方の席につくと、フェティスは早速、トニアをぎゅーっと抱きしめた。


「えへへー、トニアちゃんだ~。今日は嫌がらないね、どしたの?」


「なんかフェティスも大変そうだし。ボクなんかでお役に立つなら、今日ぐらいはオモチャになってあげるよ」


「やぁんもー、だからトニアちゃん大好き! ぎゅーってして、ちゅーしていい?」


「だ、ダメっ! 程度は守ってよギャーッ!」


 トニアに襲いかかるフェティスを苦笑しながら眺めつつ、俺もフェティスが用意した、もう一方の席へと座る。

 するとフェティスはトニアを離し、今度は矛先を俺へと向けてきた。


「はーい、みんな注目ーっ! この子こそが、我が国の誇る大、大、大英雄! クルス様でーすっ!」


 俺を無理矢理に起立させつつ、大声でそんなことを吹聴する。


 すると周囲の男たちから、「おお、あのときの!」とか「あの、バカみたいに強かった兄ちゃんか!」とか、俺のほうに注目してくる。

 どうやらこの酒場にいる連中、ほとんどがあの、魔神と戦った戦場にいた戦士たちのようだ。


「お、おい、フェティス!」


 俺は恥ずかしくなって、たまらずフェティスに抗議するが、彼女がそれを聞いてくれるわけもなく。

 むしろテービルの上に無造作に置いてあったエール酒のジョッキをとって、「ほら、駆けつけ一杯!」なんて要求してきた。


 こうなってしまったらしょうがない。

 俺もしらふではいられそうにないと思って、渡されたエールをぐいっとあおった。


 一気で飲み干すと「おー!」「いいぞ兄ちゃん!」なんてはやし立てられて、次の一杯を渡される。


 ……いや、この流れはヤバいだろ。

 そう思いながらも、俺はその一杯も空けにかかる。


 あたりは陽気なフェティスと、陽気な男たちとであふれていた。

 その様子を見て、俺はふと、心に引っかかりを覚えてしまう。


 一方では死んでいった人たちがいて、その一方で、生きて今を楽しんでいる人たちがいる。

 それは、良いことなのか。


 でも――と思う。

 そこで立ち止まっても、何にもならないとも思える。


 生きている人たちは、前を見て、今を生きていくしかない。

 前を見て、一歩一歩、今を生きてゆく。


 そして俺も――今は英雄と呼べるようなものでなかったとしても。

 そういうものになろうと、歩んでゆくことはできる。


 過去を忘れる必要はない。

 たまには休んでもいい。


 だけど、目指すものがあるなら、前に進もう。

 そう思いながら俺は、自ら手に取った三杯目のエールを、胃の中へと流し込んだのだった。


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