ニセモノの英雄
――戦いたいんだ。
俺はそんなことを言ったけど、実際にはそんなたいそうなものじゃなかった。
アランの亡骸を抱え、涙を流す――そのときの俺の心は、空虚さで満ちていた。
ただただわけも分からず悲しくて、もう世の中のすべてがどうでもいいという気持ちが、俺の心を支配していた。
俺は何がしたくて、ここにいるのか。
英雄になりたいというちっぽけな憧れなんて、襲い来る膨大な虚無感の渦の前には、あっという間にかき消された。
そうしてみれば――俺には何もなかった。
何かを為したいという強い気持ちも、何かを守りたいという強い想いも、何ひとつない。
だったら、何のために剣を振るうのか。
どうして俺は剣を振るっていたのか。
その答えは、明白だった。
――惰性。
ただそれだけだ。
動いていた歯車が、止まってしまった。
惰性で動いていたんだから、止まってしまえば、もう動かない。
――そのはずだった。
俺の中に、わずかな動力が灯っていた。
ちっぽけな憧れ以外、何もなかったはずの俺の中に――俺を動かそうとする、俺自身の想いが、生まれていた。
言葉にできるほど、明確な想いではない。
でも、確かに思ったのだ。
俺は腕の中の、冷たい鉄の塊に包まれた亡骸へと、視線を落とす。
悔し涙を流しながら、想いを果たせずに死んでいった――俺と何ら変わらない、ただの男の姿だった。
アランの――こいつの想いを、バカにするようなことだけは、したくない。
こいつが切望して、熱望して、そのために努力を積んで積んで積み重ねて――それでも得ること叶わなかったもの。
英雄と呼ぶに足るだけの、力。
それがこの手にあるのに、どうして俺が、簡単にやめようとしているのか。
そんなこと、誰が許しても――俺が、許せない。
そして、そうやって動力が回り始めれば、俺の中のちっぽけな動機だって、動き始める。
――俺が憧れた英雄ってやつは、親しい仲間たちが今にも命を奪われようとしているのに、それを見捨てるようなやつだったか?
違うだろ。
疲れたとか、もう十分頑張ったとか、そんな言い訳は、普段はしていいかもしれない。
だけど今は――今だけは、今この場だけは。
俺がもうちょっとだけ頑張れば、失わずに済むかもしれないものがあるのなら。
そのぐらいのちっぽけな戦いぐらいは、したい。
カッコイイ英雄にはなれないカッコ悪い自分と、今だけは、戦いたい。
自分の中の世界から、帰還する。
現実の景色が、ぶわっと広がった。
荒れ果てた戦場。
力尽き倒れた仲間たちの姿。
そして正面に立つは――倒すべき敵。
身の丈にして、俺の倍ほどもあるんじゃないかという、強大な異形の魔神。
俺はそいつに、剣を突きつける。
「――来いよ、化け物。ニセモノの英雄だって、やれることがあるってこと、見せてやるよ」
その言葉の半分は、虚勢だった。
全身は疲労とダメージとで、ボロボロだ。
正直言って、剣の一振りすら、しんどいぐらいだ。
そこにきて、敵は無慈悲だった。
魔神はその口を開き、そこに赤い光を生み出す――
「――ちっ、フェティス!」
「えっ、クルス――!?」
俺は即座に右手の剣を手放し、空いた右手で足下に倒れているフェティスを引っつかむと、離れた場所へと投げ飛ばした。
同時に、魔神に向かっては盾を構える。
赤い光線が俺の盾に直撃すると、大爆発が起こった。
「ぐっ……うぅ……!」
生まれた爆炎が、魔装の上から俺の全身をなめてゆく。
細身の魔神が放つ爆炎とは、比べものにならない威力だった。
灼熱の炎が、魔装による防護をやすやすと打ち破って、俺の肌を焼いてゆく。
その炎に包まれていたのは、ずいぶん長い間だったように感じたが、実際には一瞬の出来事だったようだ。
爆炎が止み、視界が晴れる。
そうして見えたものは、魔神が再び口を開き、二発目の赤い光線を俺に向かって放とうとしている姿だった。
――ダメだ、このままじゃ。
俺は、動きたくないと文句を言う自分の体を叱咤して、魔神に向かって駆けた。
魔神の口から、赤い光線が放たれる。
今ここで横に跳べばよけられる、と一瞬思った。
でも、それをすれば、俺の背後にいる兵たちが爆発に巻き込まれる。
名前も知らない兵たちだったが、そんな惨状はもうこれ以上、見たくない。
だから再び、盾で受け止めた。
爆炎が、俺一人を包み込む。
「――うぉぉおおおおおおおっ! 武装開放!」
勢いで灼熱の炎の中から抜け出すと、右手に失った剣を再び呼び出す。
そして魔神に向かってジャンプし、その巨体目掛けて剣を振り下ろした。
魔装によって強化された脚力は、俺に常人離れしたスピードを与える。
魔神の口から、三回目の赤い光線が放たれるよりも早く、俺の剣が届き――
「なっ……!?」
しかし魔神は、素早い身のこなしで、俺の剣の一撃を回避した。
そして、先のちぎれた――それでもただ殴るのには十分な長さの――尻尾を振り回して、俺を横殴りにしてきた。
「ぐっ……!」
盾で受け止める。
盾を持った左腕が折れるんじゃないかと思うような力。
「くそっ……!」
俺はさらに剣を振るって反撃する。
だがそれを、魔神の巨体は、驚くべき俊敏さと、的確な動きとで回避してゆく。
そして魔神は、俺の隙を見て、反撃を繰り出してくる。
爪、牙、尻尾――縦横無尽の攻撃に、俺はそのすべてを盾でさばき切ることはできずに、徐々に魔装にダメージを受けてゆく。
あの赤い光線は、接近戦に入ってからは、使ってくる様子はない。
あれを放つのには、ある程度動きを止める間が必要なのかもしれない。
でも、だからと言って、これで勝てるというわけにはいかない。
俺は攻撃を外すばかりだが、魔神は徐々にだが的確に、俺にダメージを与えてきている。
これじゃあ、フェティスのときと同じだ。
俺の魔装のほうが、フェティスの魔装よりも数倍頑丈なようだが、それだっていつまでももつわけじゃない。
現に、幾度か被弾を続けた俺の胸部装甲には、無視できない大きさのヒビが入り始めていた。
それに何より、俺の体力がもたない。
ただでさえ疲労困憊だった全身は、とっくの昔にもう動けない、もう千切れるとばかりに悲鳴を上げ始め、呼吸だってそろそろ、窒息するか吐血するかの寸前だ。
このままじゃ、もってあと数十秒。
それ以上戦ったら、魔神に倒される前に、俺の体の内側からはじけ飛ぶ――そう思った。
そのとき。
――だから、力が入りすぎなんだと言っているだろ、素人が。
どこかから、声が聞こえた気がした。
錯覚だ。
それ以外の何物でもない。
でもそれで、思い出した。
――理想は、流水の如く。
俺はふっと全身の力を抜いて、水の流れをイメージして、剣を振るった。
「――ギャアアアアアアア!」
――入った。
俺の剣は、魔神の片腕を捉え、それを真っ二つに切り落した。
傷口から、紫色の体液が勢いよく噴き出す。
流れは途絶えない。
さらに、一太刀、二太刀。
俺の剣は、魔神の胸部を深々と断ち切り、さらには片脚を根元から切り捨てる。
脚を失った魔神が、あちこちの傷口から体液を噴き出しながら、バランスを失って倒れ込む。
俺はそこに、最後の一撃を放った。
魔神の首が飛んだ。
その切断面から、今までで最も激しい勢いで体液を噴き出し――
魔神の巨体は、パッと黒いもやになって消えた。
その後に、ひときわ大きな紫色の宝石が、地面に落ちる。
それを見て、俺は天に向かって、ほうと息をついた。
「終わった……やっと休める……」
俺は、もう立っているのもしんどくて、背中からばったりと倒れた。
地面に仰向けに倒れ、空を見上げる。
暗雲はいつの間にか、どこかに行ってしまっていた。
俺はそれに満足して、ゆっくりとまぶたを閉じた。




