サキュバスとシャル
サキュバスはあどけなく言いながら、腕を万歳の形に上げた。
どんな姿勢をとっても体が強調されてくるものだから、さすがの魔王もどこに視線を向ければいいのかよく分からなくなってしまう。
別にサキュバスのことを意識をしているわけでもないのに、何をしても視線が誘導されているようで落ち着かない。
これがサキュバスの力なのか、なかなか恐ろしいものだ。
魔王はどこかずれたような感心をして、ついにはサキュバスに背を向けた。
どうしてもサキュバスから視線を外したかったのかもしれない。
すると狙ってなのか、そのタイミングでサキュバスは魔王の背中に抱きついた。
わざと胸を押し付けてくるようにしてきて、必要以上に体を密着させてくる。
「ねぇ……魔王様ぁ。シャルちゃん、だっけぇ?その子が来るまで、私の相手してくれますかぁ?」
「………何を言いたいのかよく分からないな。食事の相手はするとさっき言ったはずだが」
「もう魔王様って意外にとぼけたりするんですねぇ。私の体を使って欲しいな……ってぇ、思うんですよぉ」
どんなに誘ってきても結局はサキュバスなのか。
どう考えても、この台詞は魔王を喰らおうとしているものだ。
朝食の前に朝食にされるのは勘弁願いたい。
そう考えている魔王が何も反応してこないので、サキュバスは更に言葉を続けていく。
「ほらぁ、私の体温感じますぅ?なんだか火照てってきてるんですよぉ。きっと私、魔王様の体に触れていると…とても熱くなっちゃうんですぅ。だからね…、私の熱を冷まして欲しいんですよぉ……」
甘えるようにサキュバスは体を魔王に擦りつける。
しかし魔王はサキュバスの狙いを完全に理解しているために、絶対にサキュバスの誘いにはのらない。
そもそも魔王には、サキュバスの魅力自体をあまり感じていない。
それもそのはずで、魔王は多忙でそんなことに時間を費やしている場合じゃないというのが一番の理由となる。
それでも諦めまいと、サキュバスは執拗に誘っていこうとする。
そのタイミングだった。
魔王の自室の入口から、シャルの声が聴こえてきた。
「魔王……なに、してるの…?」
本当に黒色のローブへ急いで着替えてきたみたいで、微弱に感じる魔力からして、速度付加の魔法まで使って来たようだ。
その声に魔王が反応するよりも早く、サキュバスが過敏に反応した。
一言も発せさせる時間すらも魔王には与えず、振り返って大げさにシャルに挨拶をする。
「あぁー!あなたがシャルちゃんねぇ!初めましてぇ、私サキュバスよ。これからよろしくね、天使さん」
「天使……じゃなくて、半精霊……です…」
「もう~、それは言葉のあやよ。言葉通りに受け取るなんて、余計に可愛いわねぇ。ほんと、こんな小さくてすっごく可愛い上に純粋で天使みたい。それに綺麗な肌…、このままシャルちゃんを食べちゃいたいわ。……ねぇ、少しだけ舐めてもいい?」
サキュバスはシャルに抱きついて、最後にはシャルの耳元で甘く囁いた。
どうもこのサキュバスは性別関係なく食べてしまうようだ。
戸惑うシャルに助け舟をだそうと、魔王はサキュバスに言葉だけで制止をかける。
「そこまでにしてやれ、サキュバス。困惑している。それにさっき言ったようにこれから食事なんだぞ。あまりからかうのはやめてやれ」
「うぅん?これはからかっているのじゃなくて、シャルちゃんの可愛さに興奮しているだけですよぉ。だってぇ、こんなに可憐で可愛いですもぉん」
サキュバスは褒めながら、シャルの小さな胸へと手を伸ばした。
さすがにそれには反応したようで、シャルはサキュバスの手を素早く払い除ける。
そして行動とは裏腹に、シャルはいつもの消え入る声で自己紹介をし始めた。
「初めまして、サキュバス……さん。名前知ってる……みたい、だけど…。私、……シャルって、言います…」
「あぁん、よく聴けば声も可愛いわ!これは私的にポイント高いわよぉ。ぜひ、シャルちゃんをペットにして毎晩その声で喘がせてあげたいわねぇ。ねぇねぇ、シャルちゃんって年齢いくつぅ?」
「1000歳……くらい、かな」
千年近くも放浪していると言っていたわけだし、少なくともそれぐらいの年齢には達しているだろう。
正直、そこまで生きてるのはこの地上には他に魔王しかいない。
しかしシャルは妖精の特性が色濃く出ているせいで、体型はかなり子どもっぽい上に見た目による年齢はまったく変化がない。
だからサキュバスは冗談だと思いながらも喋る。
「すっごーい!私より982歳は上じゃない。シャルちゃんって見た目に反して長生きなのねぇ」
「……やれやれ。いい加減に食事に行くぞ。会議があるのだ。それまでは時間に余裕を持たせろ」
魔王がそう声をかけると、サキュバスはシャルの手を握った。
それからあからさまに意図的な愛想笑いを作って、サキュバスはシャルに嬉々として言う。
「実は私も食事に付き合うのよぉ。だから一緒に行きましょう?同じ雌同士として仲良くお喋りしたいのぉ」
「……うん。別に…大丈夫」
シャルが戸惑いながらも了承すると、サキュバスは早足でシャルの手を引いて部屋から出ていった。
そのせいで魔王はまるで置いてけぼりをくらったような状況になるが、部屋から出て行く瞬間までシャルは口にせずとも魔王も早く来てねと眼で訴えかけていた。
そのため魔王は内心どこか呆れながらも、このままシャルを放って置くわけにはいかないと思っていた。
魔王も出遅れつつ、部屋から出て行って魔城内にある食堂へ向かう。
そうして魔城の食堂に着くと、すでにサキュバスとシャルが大きなテーブルを前にして座っていた。
魔城内にある食堂は正直、軍レベルの大人数で食事をすると考えると、それほど広いものではない。
席に座って食べれるのはせいぜい八十体ほどぐらいが限界である。
それ以上の数が座れるようにしてもいいが、まともに料理というものをできる魔物は少ないし、外や個室で食事を済ます魔物が多いため席を増やす意味がない。
シャルはサキュバスに絡まれながらも、魔王の姿を見つけると手を振って存在をアピールをする。
魔王は軽く手を振り返しシャルの隣へと歩いて、席に座り込む。
それからシャルはどこか楽しそうにして魔王に話かけた。
「料理……、頼んでおきました。でも、時間が時間だから……すぐにできるものしかないって……」
「朝食だから問題ない。それほど胃に入るわけでもないからな」
魔王のこの言葉にサキュバスは頷きながら喋った。
「そうよねぇ、私も朝はウィンナー二十四kgとか食パンなら十二斤くらいしか食べれないわぁ」
「…俺の聞き間違いだろうか。俺の一日の食料を鼻で笑えるほどに悠々と越える数が聞こえたぞ」
「私の……二週間分……。いや、それ以上…?」
魔王とシャルは、さすがにサキュバスの冗談か何かかと思いつつも、それだけの数を食べるサキュバスの姿を想像しながら呟いた。
しかし量が量なだけに想像が難しいほどだった。
まず、シャルからしたらそれだけの食料自体を目にしたことがない。
そもそもサキュバスの体に、それだけの量が入るのかすら怪しいものだった。
またこれも冗談だよねとシャルは思いながらも、無表情でありながら内心戦慄していた。