魔王とレーヴァテインの力
そして炎帝は魔王と魔人に背を向け、苛立ちを込めながら冷め切ったように吐き捨てて言った。
「もういい。俺は明日に備えて部屋で休ませてもらう。魔人よ。お前と組むかは分からんが、仲良くできないのは間違いないだろうよ。せいぜい今夜からは寝るときには気をつけるんだな」
「………あー、それ闇討ちの宣告ですかねぇ?ちょっとそれは勘弁して欲しいさぁ…」
魔人は滅入りながらも炎帝の発言に対して文句を言うが、炎帝は一切魔人の言葉を耳に入れずに執務室からでていった。
あまりにもぶっきらぼうで不機嫌に見えて、すでに魔人の頭の中が不安でいっぱいになっていく。
「いやぁ、これは参ったなぁ。思っている以上に炎帝さんはカンカンに怒っていますよあれは。ほんと、夜道には気をつけてねぇといけねぇなぁ、なんて」
魔人はレーヴァテインの柄を握りながら、再びソファへと重く腰をおろす。
それから魔王は魔城内に張っていた結界魔法を全て解き、炎帝のことをよく理解しているからこその言葉を魔人に告げた。
「案ずるな。あれでも一応お前の実力を認めている。あの闇討ち宣告は、お前をそれだけの人物だと見ているということだ」
「あれ、やっぱ闇討ちのことを指しているんすね……。嬉しくないなぁ…」
「それよりだ、お前の実力が話で聞いたのと随分違っていて正直驚いた。算段があって仕掛けたのは分かっていたが、まさか炎帝に一泡ふかせるとは思ってもいなかったぞ」
「まぁ全部レーヴァテインの力なんですけどねぇ」
そう言いながら魔人はレーヴァテインを鞘から抜いて、抜き身の状態で魔王に見せる。
やはり一見なまくらの剣にしか見えない。
しかしあの力は紛れもなく、このなまくら同然の赤き剣によるものだ。
「そのレーヴァテインとやらの武器、ずいぶんと使いこなしているように見えた。初めて会った時はよく分からない武器と言っていたのは、あれは嘘だったのか?」
「あー、初対面の時っすね。あれはー、まぁ……結果的に言えば嘘でしたよ。こんな力あるなんて言っても信じられないだろうし、私がこの魔物の群れの中では生きていくには必要不可欠な物ですからねぇ。そんな簡単にほいほいと晒せる物じゃないんですよ」
「確かにな、そういう用心は常に必要だ。だが、俺はその武器の力を見せてもらったぞ。どうだ、俺への気分転換の小話として、その武器について話してくれないか?」
「…うーん気分転換になりますかねぇ。まぁ口下手ながらも説明させてもらいますよ。主人のためなら喜んでってね」
魔人はレーヴェテインを様々な武器の形に変えながら、魔王にレーヴェテインについて説明を始めた。
「これはですねぇ、簡単に言えば焼き切る力と焼き上げる力を持っているんですよ。こうして形を自由に変えているのはその力によるもの。例えば瞬間的に剣という形を自らの力で焼き切り、斧という形へ焼きあげる。そういう奇妙なものなんです」
「ほう、なかなか面白い力だ。その焼き切る力というのは何でも斬れるのか?」
魔人は刀身が薄く長い剣へと戻して、赤い軌跡を描きながらひと振りしてまた鞘に戻す。
そうして今度はソファへと深く腰を寄り掛からせて、魔人は説明を続けた。
「何でも、と言いたいところですが試したことないのが多いので、どこまでかは分からないですさぁ。でも大抵の事は斬れますよ。炎帝の戦いのときは空間を焼き切っていましたし、その気になれば概念だって斬れます。でもただねぇ、空間斬るレベルになるとそれだけの体力の消費が激しいんですよ。この力は便利なんですが、力を使うたびに使用者の生命力を喰らうんです。しかも強い力を使えば、それの分だけ生命力を燃料にさせられます。だから一瞬だろうと概念を斬るってなると、おそらく人間の私だったら、振り斬る前に即死しますねぇ」
「形状の変化は何ともないのか?かなり何度も変化させているが」
「あぁ…これはレーヴァテインそのものの形状を変えているに過ぎませんからね。これは負荷が少ないんですよ。他の物の形状を変えるとなると、段違いで生命力を奪われますがね。実のところ、形状変化以外は燃費が酷く悪すぎるんですよ。炎帝との戦いだって室内という至近距離戦でしたから何とかなりましたが、百メートルでも離れたら勝目なんて無かったですから。現に今だって、一度空間斬っただけで眠気が酷いんですよ。こうみえてもね」
そう言いながら魔人はウィンクを魔王に向かってやってみせた。
こんなこと言っているが、疲れているようには全く見えないほどにふざけてくる。
度々茶々を入れないと発狂でもしてしまうのかと、勘ぐりたくなるほどだ。
「なら、休めばいい。何も無理して俺の気分転換に付き合う必要はない」
「さいですか。なら、お言葉に甘えてそろそろ休ませて貰いますかねぇ。魔王様、お先に失礼しますよ。明日、無事に私が生きていることを願ってくれたら嬉しいです」
「安心しろ、炎帝なら苦しむ暇もなく昇天させてくれる。闇討ちされたら素直に諦めるといい」
「なかなか魅力ある言葉ですさぁ…。なら、寝ますよ。魔王様も無理しないよーに、っと。では、魔王様」
「うむ、また明日だな。俺もそろそろ休ませてもらう」
魔人はソファから立ち上がり、わざとなのかレーヴァテインの使用によるものか不明だが、おぼつかない足取りで執務室から出て行った。
やれやれ夜中なのにずいぶんと騒がれたものだと魔王はため息を吐いてから、資料やペンをしまいこんだ。
そうして魔王はゆっくりと席から立ち上がり、今ではただの寝室である自室へ転移する。
魔王は自室に転移するとベッドの端に座り、独り言にしては大きな声で呟いた。
「ふぅ……。どいつもこいつも面白い奴ばかりだ、本当に飽きさせてくれない。………なぁ、シャルよ」
「……なんの、話……ですか、魔王」
魔王の話のふりに、シャルは反応して返答した。
当たり前のように返事はしてきたが、魔王はベッドの中で潜り込みながら付加魔法を発動させ続けていたシャルを、あからさまに冷めた目でみつめる。
突っ込む気にもならない様子だった。
そもそも何と言えばいいのかすら、分からないようだった。
「それで、なぜ俺の部屋にいる。寝るときは自室で寝ろ。もう一度言うが、ここは俺の部屋だ。お前との相部屋ではない」
「……魔王に、私の付加魔法を………見て欲しくて…」
「まさか特訓のことか?睡眠時間を削ってまでする必要はない。精神の状態によって魔法は影響されることがある。ゆっくり寝て、常に万全の状態で魔法を使って慣らした方がいいぞ」
「それでも……少しだけ……。少しだけなら……いいよね、魔王…?それに……ほんの少し寝たから…、気分は…大丈夫……」
これは…、また了承するまでしつこくしてくるパターンだ。
そのことをすぐに察した魔王は余計な問答も時間の無駄だと思い、すぐに引き受けてすぐに終わらすのが良いと思って渋々ながらもみてやることにした。
「やれやれ、熱心なのはいいが無理だけはするな。仕方ない、少しだけみてやる。ベッドからでろ」
「うん……、ありがとう…魔王。私、絶対に……いつか、期待に応えれるように……なる、から…」
「そうか、そのときは頼むぞ。シャル」
シャルはかすかに微笑んだ表情を作って、魔王の大きな手を握って付加魔法を発動しなおした。
それに合わせて魔王はシャルの魔力の流れを手から感じ取り、結局は朝方までシャルの特訓に付き合っていく事となる。