連合総決議
初恋の終わりを感じてひとりでしみじみとしているとそれを見たユダが何だか微妙な顔をしていた。ユダがこの恋に終止符を打ってくれたんでしょと内心毒づいたらユダはため息をつきながら頭を抱えてしまった。
「やっぱり人の心は難しいな。どう転ぶのか予想がつかん」
「何よ急に」
「なーんでもー、晩飯作ってくれたんだろ。冷めるから早く食べよう」
そう言ってユダはダイニングルームへ向かい始めた。
「ちょっと待って、ジュリアンを送っていかないの?」
「ここでそのまま帰すのは可哀想だろ。せっかく来たんだ、一緒に飯を食うぐらいいいだろ」
ユダの言い分に呆れるけれどジュリアンは旧知の相手ではあるし、ここで帰るようにいえば私が血も涙もないような人のような気がしたのでユダの言う通りにすることにした。
「これを本当にヘレナ様が作ったのか」
ダイニングルームに並べられた料理を見てジュリアンは驚いた表情をしていた。私がエルラメド家にいた頃は当然料理なんてしていなかったから驚くのも頷ける。テーブルには三人分の料理しか並んでいないからキッチンに行ってお皿に鶏肉の甘辛煮をよそう。ユダはパンの準備、リアムはスープをよそってくれた。三人でキッチンに立つのも今では見慣れた光景になっている。
「この邸宅には使用人はいないのか」
「いないな」
さも当然なことをという態度でユダが返答をしたため、ジュリアンは鋭い視線をユダへと向けた。
「ヘレナ様はエルラメド家で使用人に囲まれて生活をしてした。そんな人が使用人なしの家に住んでいるなんて不便だろう」
ジュリアンの言う通り私は使用人たちに囲まれて生活をしてきたため、一般的な生活力があるのか問われると怪しい部分がある。でも⋯。
「別に不便なんでしてないわ。むしろ今の生活の方が私にはしょうに合ってるの」
ジュリアンは知らなかっただろうが、エルラメド家でも私の地位は決していいものではなかった。逆に使用人たちが私を害そうとしてきたことの方が多かったから常に誰かを警戒する生活だったし、辟易していた。だから使用人が一切いないこの家の方が私にとっては居心地が良い。
ダイニングルームに戻りジュリアンの分の料理を並べ、四人で食卓を囲んだ。
「美味しいです!ヘレナ様!」
「そうだな、俺の好きな味付けだ」
どうやら作った料理はユダとリアムの口にあったようだ。美味しそうに食べる二人を見ると多幸感を感じる。
「口にあったようで良かったわ。多めに作っておいたからおかわりもあるわ」
私の言葉にリアムが特に喜んだ。リアムは三人の中でいちばん食べるからおかわりがあると聞いて明らさまに喜んでいる。ユダは少食な方だけど今回はメイン料理の減りが早い。ジュリアンはどうかしらとちらっと見るとガッツリ目が合ってしまった。
「な、何?」
「いや⋯何でもない」
「ああ、そう」
何だかジュリアンの顔が暗く感じる。それに会話も全然弾まない。そういえば昔ガゼボで話す時も私が一方的に話すことが多くて、ジュリアンは相槌をすることが多かった。昔はそれでも良かったのだが、ユダやリアムは話を広げてくれて会話が弾むという流れに慣れてしまったのでどうしてもギクシャクしてしまう。
「ああ、今日の連合総議決のことについてヘレナにも共有しておく。大事な事だからな」
「大事なこと?」
先ほどまでにこやかに食事をしていたユダが、真剣そうな声色をしている。
「連合総決議で魔力因子適合実験の根絶と関わった者や今後計画する者にも厳罰を科すように提案し、可決された」
ユダの言葉を聞いて一瞬時が止まったような感覚がした。
「魔力因子適合実験に関与していると分かり次第クロックタルリス連合に関わりのある組織や人物にも適用される」
ユダの言う通りなら私の両親も厳罰対象になり得るということだ。そしてユダは既に両親たちが魔力因子適合実験に関与していることも、その証拠も揃えている。いつでも首を切る準備が整っているということだ。
「魔力因子適合実験⋯。俺は聞いたことがある程度の知識でしたけど、決議の時にユダが提出した今までの救出記録や悲惨な状況についての資料を読んでちょっと心が挫けそうになりました。特に被害者は身寄りのない子供が圧倒的に多かったので⋯」
もりもりと夕食を食べていたリアムはくらい顔をして手を止めた。孤児院出身のリアムからすれば心中穏やかではないことは容易に想像ができる。
「なのにユダの提案に反対する人がいて俺、神経を疑いましたよ。しかも反対した人の中にパトリック様がいたんですから」
どうやらお父様は反対をしたらしい。当然だ、あの人は魔力因子適合実験に関与した人物なのだから、自分が厳罰に処される提案を受け入れる訳にはいかないはずだ。
「お父様の他にも反対した人がいるらしいけどなぜなのかしら」
「魔力因子適合実験は確かに非人道的なものだが、魔法技術の向上などの副産物もある。特に組織の上に立つものは恩恵にあやかることも多い。よって反対するものもいるということだ」
「子供たちを自制にしているのに恩恵って⋯」
ジュリアンの言い分にリアムは明らさまに眉を顰めた。私自身も聞いていてあまり気分は良くないが、ジュリアンという人間は感情に流される人ではない。物事を合理的にそして冷静に判断する。
「こういったことは今に始まったことではない。この邸宅に溢れているような魔法道具も元々は戦闘用の兵器として開発されていたものを転用したものだ。負の産物から恩恵を得ることは往々にしてあることだ」
「確かに総隊長殿の言う通りだ。遺憾なことだが今回の議決で反対をするやつも少なからずいた。エルラメド連盟だけじゃない、ツァイクント連盟の上層部も、なんなら連盟に所属してる奴らも反対してきた。だから魔力因子適合実験の非人道性が分かるように今、公にされている実験の詳細を記録した資料を叩きつけたんだ」
どうやらユダの提案には多くの反対意見が出ていたらしい。そしてユダは反対されることを予想していた。だから、それを黙らせるぐらいの資料を提出したのだろう。今まで忙しそうにしていたのも頷ける。
「でも、まさか資料にシディオブアン魔力研究機構の情報についても記載されているなんて思いませんでした」
「何それ、シディオブアンは知ってるけど⋯」
「あのかの有名な不毛の地にあった施設らしいですよ」
リアムが言ったことに私がピンとくるのは一つしかない。詳しくは知らないが、かつて実験施設が大事故に見舞われたという事件があった場所だったはずだ。事故から5年程経ったのにも関わらず草一つ生えないことから不毛の地という意味を込めてモルディアと名付けられたはずだ。
「かつてこの大陸で最も権勢を誇っていたシディオブアンという組織の魔力研究施設があり、当時の魔力因子適合実験の最先端を走っていた。そこは今は禁区とされ、一般人の立ち入りはできなくなっている。というより魔力高エネルギー反応によって一般人には耐えられないというのが正しいな。しかし、シディオブアンの情報はあまり出回っていないから今回お目にかかれるとは思わなかったな」
そう言ってジュリアンはユダの方へと視線を向けた。私もユダの方に視線を向けるとユダはさっきの真剣そうな態度からいつものようなヘラヘラとした態度になっていた。
「そりゃあシディオブアンを打ち倒したのは我がクロックタルリス連合なんだから情報を持っているのは当たり前だろ?」
そうだ、クロックタルリス連合は元々有名な組織だったけど、対シディオブアン戦で一気に大陸に名を轟かせたのだった。当時エルラメド連盟も動揺を隠せないぐらいの大きな出来事だったので印象に残っている。
「なかなか大盤振る舞いしたのねユダ」
「ああ、反発をされることは分かっていたからな。情報を小出しにせずに一気に出すことで問題がいかに大きいのか分からせる必要があったんだ。そうじゃないと上層部のやつらっていうのは重い腰を上げないしな。思惑通り可決されたおかげで今後は情報さえ揃えばいつでも好きな時に燃やせるようになったな」
そう言ってケラケラとユダは笑った。リアムとジュリアンは気づいていないようだが、最後の一言は私に向けて言った言葉だ。ユダは私にお母様たちが行った魔力因子適合実験についての情報を私がどう使うのかを委ねてくれている。報復の選択肢を与えてくれたんだ。
「燃やせるって随分乱暴な言い方をするなユダは。でも資料を見るだけでおぞましかったからな。特にシディオブアン魔力研究機構での実験は生々しい話が事細かに書いてあったし、資料なのに情景が浮かぶ程だったからな。これもユダが調べたのか?」
リアムの質問にユダは首を掻きながら「そうだ」と答えた。そこまですごい資料を作っていたのねと感心する。きっとユダも魔力因子適合実験の被害者だったという過去があるからより一層熱が入ったのだろう。
「よし、これで今日の報告は終わり。そんなことより俺は総隊長殿に聞きたいことがあったんだ。あんたソフィア嬢と婚約を解消するって話は本当なのか?」
「はあ!?」
正直魔力因子適合実験の厳罰化よりもジュリアンとソフィアの婚約解消の話の方が衝撃が強く、私は思わず大声を出してしまった。
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