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虎と狼は友達らしい

 タオとの共同生活は意外にも穏やかだった。

 口説くのを頑張る発言をした後も特に無理矢理迫ってくることもなく、甘い言葉を囁かれながらもにこにこしながら見守られている。


 気持ちに応えられないことに居心地の悪さを感じるくらい、大切に丁重に扱ってくれている。

 おかげで静樹は自由に出掛けられない上に慣れない環境でも、気落ちせずに過ごすことができた。


 彼は早朝に目覚めると川から水を汲んだ後、森の中に分け入り木を切りにいく。

 木こりの仕事をしているのだそうだ。


 その時にタライに水を汲んできてくれるので、その水を使って自室で水浴びさせてもらっている。


 奇怪獣がいる森の中で裸になるのは、やっぱり危ないと思うんだ……タオは気まずそうにそう告げた。

 彼の言う通りだろうから、静樹も大人しく部屋での水浴びを受け入れていた。


 タオは持ってきた丸太を切り株の上で小分けにして、家の側の薪置き場に積み上げていく。

 一仕事終えたら朝食を作り、静樹を起こしにくるのがここ数日の流れだ。


 ずっとお世話になりっぱなしでは気が引けるため、今日は早起きをして料理の手伝いをさせてくださいとお願いしてみた。


 タオはくねくねと尻尾を揺らしながら、案じるように表情を曇らせる。


「気持ちはありがたいけど危ないよ? 火を使うし、火傷をしちゃうかもしれない」

「でも、やってみたいんです」

「うーん……」


 彼は虎耳をあちこちに動かしながら考え込んだ後、指示通りにするのなら手伝いをしていいと許可してくれた。


「薪は交互に組んで、中央下に細技を集めておくんだよ」


 薪を組み終えると、火を起こすのは危ないからとタオがやってくれた。

 マッチのような棒を擦って火の中に投げ込むと、木に火が移りはじめる。


 タライから水を汲んで、鍋に水を入れてお湯を沸かす。その間に食材切りだ。


「包丁持てるかな、落としたりしたら怪我しちゃうよ?」

「気をつけますので……やらせてください」


 過保護なタオを説得して、大振りの包丁を手に持った。

 赤茶色の皮をしたカブのような形の根菜に、慎重に刃を通す。


 額に汗を滲ませながら集中していると、タオがポツリと呟いた。


「一緒に料理するっていいね、新婚さんみたい」

(いや、どこが?)


 全く甘い雰囲気は漂っていないはずだ。

 気が散ることを言わないでほしいが、タオは上機嫌で尻尾をピンと立てている。


 そっとしておこうと料理に向き直った。


 タオは新婚気分を味わいながらも真面目に調理の仕方を教えてくれたので、静樹は無事にスープを作ることができた。

 紅茶色のスープは艶々と輝いて見える。


「美味しそう……」

「美味しそうだね! シズキの方がもっと美味しそうだけど」

「その言い方は……心臓に悪いので、やめてもらえませんか」

「あ、ごめん! 本当に食べたりはしないよ?」


 性的な意味であって食欲的な意味ではないのだろうが、どちらにしても恐ろしい。

 無意識のうちに身体を背けると、気づいたタオがしょんぼりと尾を下ろした。


「ついついシズキが可愛いから言っちゃうんだよね、気をつけるよ」


 言葉と共に頭を撫でられそうになり肩を強張らせる。

 その時、外へと続く扉が前触れもなく叩かれた。


「おい、ここを開けろ」

「いらっしゃいユウロン」


 タオは突然やってきた誰かを、好意的に迎え鍵を開ける。知り合いなのだろうか。


 編み込まれた布靴に包まれた、大きな足から視線を上げる。

 貫頭衣を帯で括った飾り気のない裲襠りょうとうの上に、黒毛の狼の顔が乗っていた。


(狼……⁉︎)


 静樹が猫なら、全身の毛を逆立てて尻尾を膨らませていただろう。

 目の前に虎、扉には狼。絶対絶命のピンチだ、普通ならば。


 二足歩行の狼は、タオとテーブルを挟んで向かい側に座る静樹に目を向けると、大きく口を開いた。


「人間じゃないか! どうしたんだこいつは」

「森で拾ったんだ!」

「さらって来たんじゃないだろうな?」

「人聞きの悪いことを言わないでよ、本当に拾ったんだから」

「どうだか。お前の人間狂いは、引くほどの度合いだからな」

「酷いなあ、無理矢理さらってきたんじゃなくて、同意の上で住んでもらってるんだから。ねえシズキ?」


 無遠慮に頭の上に手を置かれて、びくりと肩を跳ねさせた。

 ギュッと目を閉じて耐えていると、ユウロンが怪訝そうな声を出す。


「なあ、そいつ怯えてないか」

「え? そんなまさか……あれ?」


 タオは初めて気づいたように腕を下ろし、薄目を開けた静樹の顔をのぞきこんだ。


「シズキ、もしかして……俺が触るのが怖いの?」

「……」


 ますます肩を縮こませていると、タオは焦ったような声を上げた。


「ええっ、気づかなかった……! 好き勝手に触っちゃってたよ」

「いえ、僕が怖がりなのがいけないんです……」

「ううん、そんなことないよ! 俺はシズキより身体が大きいし、いきなり触られたらびっくりするよね」


 タオは素早く静樹の頭から手を退けて、自身の膝の上に戻した。


「俺、勝手に触らないように気をつけるよ! 見てるだけにする……本当はすっごく触りたいんだけど……」


 タオがものすごく残念そうにしているのが伝わってきて、罪悪感が胸に込み上げる。

 静樹は申し訳なくなってきて、恐ろしく感じる理由の一端を伝えた。


「……爪が、刺さったりしそうで、それが怖いんです」

「そうだったんだ! 大丈夫、爪は意思で出し入れできるから、うっかり飛び出したりすることはないんだよ。間違ってもシズキを傷つけたりはしないから」


(やっぱり爪もあるんだ……)


 衝撃を受けて声を出せずにいる間に、ユウロンは勝手知ったる我が家のといった様子で、お茶を沸かしはじめた。


「お前に人間の面倒が見れるのか? 信用されてねえじゃねえか」

「それは! まだ出会ってひと月も経ってないし、これから信頼関係を築いていくつもりだよ」

「ふうん……なあ、そこの人間」

「! 僕、ですか?」

「お前以外に誰がいるよ。タオからは人間の保護制度について説明してもらったのか?」


 なにそれ聞いてないと首を傾げると、クワっと牙を剥いたユウロンがタオに向かって吠えた。


「テメェやっぱ適当じゃねえか!」

「ヒッ!」

「怒鳴らないでよ、シズキが怯えてるじゃないか」

「っと、わりぃな。お前に怒ったわけじゃねえから気にすんな」


 タオの一言で、ユウロンは声の調子を落としてくれた。

 虎と狼が喧嘩なんてしたら、巻き込まれて余波で死にそうだ。

 お願いだから喧嘩をしないでほしいと願った。


「そうだった、人間の保護制度ってのがあったね。実際に夢にまで見た人間さんとの暮らしに浮かれて、完全に忘れてたよ」

「そんなことだろうと思ったぜ。しっかりしろよな」


 ユウロンは静樹とタオにもお茶を淹れてくれた。

 お礼を言って受け取ると、彼はタオの隣にドカリと音を立てて座る。


「あっ、ありがとうございます」

「いいってことよ。こいつが不甲斐ないから、俺が代わりに保護制度について説明してやる。ああ、自己紹介がまだだったな。俺はユウロン、タオとは昔馴染みの腐れ縁で、チェンシー町自警団の小隊長だ」

「シズキ、です」


 それ以上なんと言えばいいかわからず、名前だけを口にする。ユウロンは頷いて腕を組んだ。


「シズキ、お前は最近別世界から落ちてきた人間なんだな?」

「……はい」

「人間は一般的に脆弱で死にやすい。故に見つけた者は保護するように国で推奨している」

「そう、なんですね」

「俺もシズキを助けたかったから保護したんだよ」

「話がややこしくなるからお前は黙ってろ」


 尻尾でぺしりとタオの背を叩いた狼獣人は、本題に戻る。


「人間によっては、そのーなんだ? あれるぎぃ? とか、後は性格の不一致なんかで、保護してもらった相手とどうしても合わない場合があるだろう。そういう場合は他の獣人に保護を申し出る権利があるんだ」

「あ、でも俺とシズキは上手くやってると思うよ⁉︎」

「だから、お前は黙ってろって言っただろうが」


 ガルルと唸ったユウロンは、チッと舌打ちした後話に戻った。

 話しているだけなのに雰囲気が怖くてビクビクしてしまう。


「それか、保護されずに自立してえって場合もあるだろう。人間は非力で無力だが、個体によっては算学や文化、芸術系などの分野で能力を開花させる者もいる。そういった場合は仕事をすることもできる」

「仕事……」


 かまどで火を起こすことすら難しそうなのに、本当に仕事なんてできるのだろうか。

 それとも町に行けばもっと便利なのだろうか。


 異分子であろう人間に対して権利を認めてくれるような国なら、タオの家で怯えながらお世話になるよりも、有意義な生き方ができるのかもしれない。


 静樹は元々日本にいる時、司書になるための勉強をしていた。

 本に囲まれて仕事ができる場所があれば、願ったり叶ったりだ。


 タオが焦ったような、縋るような目で静樹を見つめてくる。

 彼は人間と住むのが夢だと言っていたから、静樹に出ていってほしくはないのだろう。


(僕は……どうしよう、タオの牙と爪は怖いんだけれど)


 彼自身の性格は好ましいと思う。穏やかで人当たりがいいし、静樹のために心を尽くして接してくれているのがわかる。


 せめて牙や爪のない草食動物などの獣人であれば、ここまで怖がらずにすんだのだろうか。


(タオの家にずっとお世話になるのは、ちょっと遠慮したいというか……番になるつもりはないし、心臓が保たないよね)


 静樹も年齢的に言えば大人なのだし、保護されている場合ではないのではなかろうか。

 自立する方向で考えるべきなのではと、ユウロンとタオの顔を見比べた。


 見るだけで恐ろしい獣人達に囲まれて、まともに仕事ができるのかと不安が過ぎる。けれどタオの家にいたって、お荷物になりそうな予感がする。


 司書的な仕事があればぜひやってみたいが、あるのだろうか……考え込んでいると、ユウロンが助け舟を出してくれた。


「町には顔を出したことはあるのか?」

「いえ……ないです」

「なら実際に町の様子を見てから、どうしたいか決めるといい。その上で保護先を変更したいなら、俺が話をつけてやる」

「ええっ、そんな!」


 ショックを受けるタオを、ユウロンは横目で眺めた。


「タオ、お前が人間好きなのは知ってるが、自分勝手な都合を押しつけるなよ。こいつの将来も考えてやれ」


 白いふかふかの腕で頭を抱えた虎獣人は、苦悶の表情で唸った。


「ううっ、そうだよね、そうなんだけど……っ、でも俺、シズキと一緒にいたいんだ!」

「はいはい、人間さんへの愛が伝わるといいな」


 ユウロンは喚くタオの肩を適当に叩いて、戸口へ赴いた。


「ああ、そうだ。大事な用件を伝え忘れていた。饅頭屋の主人が、そろそろ薪の在庫がきれそうだと言っていたぞ」

「わかった、明日納品するって伝えて」

「おう。そんじゃ、せいぜい仲良くやれよ。じゃあなタオ、シズキ」


 ユウロンは片手を上げると背を向けて去っていった。まるで嵐のような人だったなと閉まった扉を見つめていると、タオが小さな声で問いかけてくる。


「シズキも、明日は町に一緒に行く? 行きたくなければここでお留守番してていいからね。三食とお水もたっぷり用意して、一歩も外に出なくて大丈夫なようにしておくから!」


 なにやら必死なタオは、よほど静樹に出ていってほしくないのだろう。

 けれど静樹の答えは決まっていた。


「一緒についていかせてください。お願いします」

「うっ……! そうだよね、行こうか……」


 しゅんと肩も尻尾も落としたタオを励ましたくなったけれど、ならやっぱり家にいればいいよと言われたら敵わないので、沈黙を貫いた。

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