【閑話】双子のお披露目会 6(完)
続いてはクリスの番。
ゴール地点にはエリカの時と同じように3つのお宝が並べられた。男の子が掴むと良いとされるのは1番右側の黄金蓮華。
「クリス。男は財力だ。妻と子を養ってこそ男だぞ」
「クリスー。お金は無いよりあった方がいいよ。でも自分で稼げないなら私みたいに稼げる奥さんを貰ったらいいんだから、気楽に好きなの選びなー」
お兄ちゃんとトーコちゃんは黄金蓮華の直線上、あからさまに絨毯の右端にクリスを置く。これにも会場に笑いが起こった。
黄金蓮華の向こうに今度はブランパパとちーちゃんがスタンバっている。
「クリス!こっちだぞ!パパの所においで!」
「クリスー。ここまでいらっしゃーい」
しかしクリスは非常にマイペースな子なのだ。大人の思い通りにはまずならない。
両親の声に反応して、3、4歩ほどハイハイで前方に進んだクリスだったけど、スタート地点からさほど進まずによいしょと座りなおしてしまった。そしてぐるりと周囲を見渡すクリス。大勢の大人達に囲まれて注目されているクリスだけど動じる事はない。
ゆっくりと周囲を確認したクリスは、目線を自分の下半身に降ろす。するとそこには短いぷくぷくのクリスの両足がある。クリスは自分の左足を両手で掴みにいった。そして左足を掴んだ所で背中を丸めた体勢になったクリスはコロンと後ろに転がり両足が上を向く形に。
ドッと会場には笑い声と歓声があがった。
クリスは最近、自分に足が付いている事に気付いたんだよねー・・・。
クリスの長考が始まりそうな気配。これは長期戦になってしまうと、クリスをゴールに呼ぶ大人達の掛け声にもますます熱が入って来た。
「クリス!こっちだぞ!」
「クリス君、おいでおいでー!」
ちょうど黄金蓮華の隣に陣取っているヴィントさんとクルム君からも声援が飛んでくる。
するとクルム君の声に反応したのか、元々クルム君を探していたのか、魔国の吉兆、白梟のリヒトがノエイデス家の中庭の上空を旋回し始めた。次々と起こる楽しく喜ばしいハプニングに、ご来客の皆さんも更に大盛り上がりだ。
会場がリヒトに注目する中、リヒトは堂々と絨毯の中央に降り立った。
「ホーホゥ」
聞き慣れない鳴き声に、クリスの動きが止まる。左足から両手を離して、絨毯に仰向け状態になったクリスは鳴き声の正体を見た。そして仰向けから寝返りを打ち、クリスは体勢を変えて真正面からリヒトをジッと見つめている。
「ホーホゥ」
クリスはリヒトに向かってハイハイを始めた。おお!と事態が動き始めた事に会場がどよめく。
クリスは着実にハイハイでリヒトに近づいて行った。リヒトはクリスが傍に来るのを待つように絨毯の中央で静かに佇んでいる。あとわずかでリヒトに手が届くかと言う所で、クリスは両手を地面に付きお尻を高く持ち上げた。それから上体を持ち上げるとゆっくりと両足で立った。
お披露目会に立ち会っている人々全員が固唾を飲んでクリスを見守っている。クリスは1歩、リヒトに向かって歩いた。そしてすぐにリヒトにタッチした。
「ホーホゥ」
クリスはリヒトの胸毛を両手で思いっきり掴んでいる。けれどリヒトは嫌がることも無く、逆にクリスの体重を支える様に翼を左右大きく開いた。
「・・・掴んだわ!」
ちーちゃんが叫んだ。
「た、確かに」
「掴みましたね・・・」
会場の判定も掴んだが優勢。けれど、それはリヒトで良いの?
「これは凄いな。魔国の吉兆を取りに行くとは。ブラン、お前の息子は大きな祝福を掴み取ったぞ。将来大物になるだろう」
「ヴィント様、ありがとうございます」
ヴィントさんの一声で会場からは拍手と歓声が沸き起こった。
一方リヒトとクリスはお互いを支え合い、未だに均衡を保っている。
「リ、リヒト。大丈夫?」
心配になって私が絨毯の中央に向かっていくと、クリスの体がぐらぐらし始める。
「おっと!」
クリスが尻もちをつく直前に、私はクリスの両脇に手を差し込んで支えた。
「リヒト!」
クルム君がリヒトに駆け寄ってくる。クルム君はリヒトより頭一つ分位大きくなっているけど、リヒトにとってはまだまだ庇護の対象のようで、まるで抱擁するかのように左右の翼を広げてクルム君を迎える。
「リヒト、お祝いに来てくれたんだね」
クルム君はリヒトの前に膝を付いて、胸毛の乱れを直してあげている。リヒトはお返しとばかりにクルム君の金色の巻き毛を繕ってあげている。クルム君とリヒトのお互いを思い合う様子は毎回見ていて感動してしまうんだよねえ。絨毯を囲む来客の皆さんも、この心洗われるような美しい場面に涙ぐんだりしている。
クルム君とリヒトをボーっと眺めていたら、クリスの体にグッと力が入った。
クリスは私に両脇を取られながら、右足が1歩前に出た。歩こうとしている?
クリスは更に左足を1歩前に出す。私を歩行器代わりにして、クリスは1歩ずつクルム君とリヒトへと近づいていく。
「テーテーテートッ」
クリスがクルム君に向かって何やら話しかけた。そしてリヒトの前で膝を付いているクルム君の肩をむんずと掴む。
「クリス君?」
クルム君は不思議そうにクリスを見返す。
これ・・・、不敬とかになる?クルム君は現魔王陛下。魔国民にとっては主と仰ぐ存在なのだけど。
私が困ってキョロキョロしていると、すぐにセイが傍に来てくれた。
「セイ、クリスが・・・。離した方がいい?不敬になっちゃう?」
「あはは、それは大丈夫だけど。クリスが自分から家族以外で近づいたのは、クルムが初めてじゃない?」
そういえば!
先代魔王から不敬じゃないと言質を取ったので、私はクリスの心赴くままに歩行器の役目を務める。
クルム君は膝を付いたままクリスへ向き直った。クリスはもう片方の手を伸ばして、両手でクルム君の肩を掴もうとするも、それは空振りしてしまう。勢いよく振られたクリスの左手をクルム君が受け止めた。
「ターターテッ」
「うん」
あ、立てと言ったわけでは・・・。
クリスに促された形でクルム君がゆっくりとその場に立ち上がる。
クリスとクルム君の身長差は、クルム君の頭一つ半クリスが小さい。立ち上がったクルム君の肩からクリスの手が外れると、その手もクルム君が落ちる前にしっかりと掴んだ。
クリスとクルム君が両手を繋いだまま、向かい合って立っている。
「クルム。クリスと友達になったらいいよ。エリカともね。小さい頃に出会った友達は一生の宝だよ」
「セヴェルカルム様にも友達はいますか?」
「うん。カイトとは小さい頃から友達だよ。魔王は、臣下の支えも大切だけど、友達がいるから頑張れる事もある。双子とこれから仲良くね」
「・・・はい!」
手を取り合って立つクルム君とクリスの姿は、新しい魔国の姿の象徴のように大人達の目には眩しく見えたようだ。リヒトの登場以降、エイダお祖母ちゃんのお友達やら親類縁者のご年配の皆さんの涙腺が緩みっぱなしで涙が止まらなくなっている。
お披露目会は感動的な展開で無事に幕を閉じたのだった。
「素晴らしいお披露目会でした」
「良い物を見させて頂きました」
「ご足労頂きまして、本日はありがとうございました」
本日のホストのブランパパとちーちゃん、お披露目会を完璧に取り仕切ったエイダお祖母ちゃんは良い笑顔でお客様方をお見送りしている。ヴィントさんと奥様方はこの後王城にお招きを受けているそうで、クルム君たちと帰っていった。
「今日まで皆さん、本当にお疲れさまでした。皆さんの協力で無事に双子のお披露目会を終える事が出来たわ。私はもう思い残す事も無い位に満足です」
すべてが終わり、夕食後にサロンに集まり、大人達のお疲れ様会がノエイデス家でまったりと開かれていた。
「お義母様、まだまだ子育ては続きますわ。分からない事だらけですから、傍でご指導いただかないと困ります」
「ふふ、チヒロはそう言ってくれるけど、もうあなたに女主人の役割を譲りたいと考えているのよ。私が居なくても、ノエイデス家は大丈夫です。もうとっくにブランに当主は代替わりしているのですから、私がでしゃばる事は決して良い事ではないわ」
「お義母様・・・」
「困った事があればもちろん助けになります。でも昔のような堅苦しい貴族の付き合いはもうないのですから、新時代に合わせたノエイデス家であればいいでしょう。ブラン、しっかり妻子を支え、守るのですよ」
「母上、もちろんそのつもりです。私はノエイデス家を守っていきますが、その中にはもちろん母上も含まれているのですからね」
ノエイデス家ってホントに仲が良いよねえ。
「ナツ、それにセヴェルカルム様もノエイデス家に含まれているのですから。2人は私とチヒロの娘であり息子です。何かあればすぐに私達に相談をするように」
「ありがとう、パパ」
「ありがとう、ブラン」
家族全員がニコニコと笑い合っていたのだけど、そこでお兄ちゃんが少し硬い声音で話し出した。
「トーコ、確認したいのだが」
「何?カイト」
「トーコは、俺の稼ぎが足りないから仕事をしているのだろうか」
「はあ?」
お兄ちゃんが不思議な事を言い出す。話を聞いてみれば、お披露目会のクリスの宝物ゲットイベントで、トーコちゃんがクリスに発破をかける際の発言にお兄ちゃんはずっと引っかかっていたのだそうだ。
「私の2倍の給料を稼いでくる旦那様に不満も不安もある訳ないじゃーん!」
トーコちゃんは大笑いしながらお兄ちゃんの背中をバシバシ叩いている。
筆頭将軍と将軍ってお給料の差が結構あるんだ。まあ将軍には序列があるから当然だよね。
「カイトは基本脳筋なのに、ナイーブな所もあるんだよねえ」
「すまない」
「まあ、それがカイトだから良いんだけど。それはそうと私、もう少ししたら仕事できなくなるから。そうしたら遠慮なくカイトに養ってもらうからね」
「トーコ。どういうことだ?何か問題が?」
驚いたお兄ちゃんがトーコちゃんを問い詰める。
顔色が変わるお兄ちゃんと対照的に、トーコちゃんはなんとも柔らかい顔で微笑んでいる。いつも笑顔全開のトーコちゃんにしては珍しい表情だった。
「妻と子を養ってこそ男でしょ?母子ともどもよろしくね、旦那様?」
「・・・トーコ、本当に?」
「予定日は半年後。みんな、色々と助けてね。よろしくお願いします」
「トーコ!!!」
お兄ちゃんが思わず叫んだ。エイダお祖母ちゃんに怒られるほどに。
「カイト、落ち着きなさい。身重の妻を支えて守るのは夫の役目ですよ。あなたが取り乱してどうします!」
「は、はい。済まない、トーコ。まずは体を大切にしないと。仕事はすぐに休職するんだ。製薬部門には俺から言っておく」
「カイト、落ち着いてよ。つわりがあるか様子を見ながらだけど、ちゃんと休む前には仕事の引継ぎしないと」
「登城するのだって体の負担になるだろう。よし、研究室をノエイデス家に作る。城から機材と書類を全て運ばせる」
「いや、持ち出し禁止の書類ばっかりだし、カイト落ち着いて」
「離れているのも心配だ。こうなったら俺も仕事を休む」
「落ち着け!」
終いにはトーコちゃんがお兄ちゃんの頭を思いっきり叩いた。
「妻と子をしっかり養えっつーの。私の事はお祖母様やチヒロやナツやノエイデス家のみんなが支えてくれるから。カイトは仕事に行け!働いてガッツリ稼いで来い!私は必ず元気な赤ちゃんを産んで見せるから!」
「わかった」
「トーコちゃんとカイト君は本当にお似合いねえ」
「本当に」
「トーコがカイトのお嫁に来てくれて、本当に良かったわ」
ちーちゃんの発言にブランパパとエイダお祖母ちゃんがしみじみと同意する。
お兄ちゃんと姉さん女房のトーコちゃんはとっても馬が合っていると思う。けれども、トーコちゃんの抜けている部分はお兄ちゃんが上手くフォローしているし、世の中ほんとによくしたものだなあと思う。
トーコちゃんに怒鳴られてお兄ちゃんはやっと落ち着いたようだ。
「お義母様。またお披露目会を開催しないといけませんわね。また10年後くらいかしら?」
「ブランとチヒロの孫です。今度はあなた達が取り仕切ったら良いわ」
「母上、その時には色々とご指導をよろしくお願いします」
「ふう、完全に隠居するにはもう少し時間がかかるかしらねえ」
そんな事を言いながらも、エイダお祖母ちゃんもとても楽しそうだ。
お祝い事が終わった夜に、新たなお目出度い話が持ち上がった。
トーコちゃんのお目出度を知っていたのはエイダお祖母ちゃんだけだったみたいだけど、お兄ちゃんが先に叫び声をあげたから、みんな驚き騒ぐタイミングを失ってしまった感があった。ともかくブランパパとちーちゃんにとっては初孫となり、私とセイには甥っ子か姪っ子が出来る。
「お兄ちゃんとトーコちゃんの赤ちゃん、楽しみだねー」
「うん」
これから先も楽しみな事しかないなあ。
新しい出会いがあって、大切な人が増えて、その分幸せもどんどん増えていくような気がする。魔国の知り合い皆にも、今回人族の領域で出会った皆にも等しく幸あれ。
魔王クルムの人材確保活動はやがて実を結び、お兄ちゃんを筆頭にノエイデス家の子供達は魔王を良く支え、魔王クルムの治世を盤石な物にしていくのだけど、それはまた別のお話となる。
これにて、アップするお話はおしまいです。
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