天上の国アーウェンハイン 2
『みんなー!おはよー!』
「おはよう、クルム君」
今日も魔国は気持ちのいい青空が広がっている。相変わらず元気なクルム君の様子にクスリと笑うと、鏡の中の自分も優しい顔で笑っていた。
「お嬢様、お支度が整いましたよ。とてもお綺麗ですわ」
「どうもありがとう」
ノエイデス家の敏腕スタッフ総出で、朝早くから私は全身を磨き上げられていた。鏡の中では、この人誰?という位にメイクで人が変わった私がこちらを見ていた。まるで別人のようで、プロのメイクの技に驚く。とうとうこの日が来たかと、私は純白のドレスに身を包んだ自分を感慨深く眺めた。
「ナツ、そろそろ準備はいいかしら」
ノックのあと、エイダお祖母ちゃんが私の部屋に入ってきた。
「まあまあ!美しいわ、ナツ。さすがは私の孫、ノエイデス家の娘です」
「お祖母ちゃん、色々ありがとう」
エイダお祖母ちゃんは私をふんわりと抱きしめる。いつものお祖母ちゃんの良い香りがする。
「あなたはこれからも変わらずに私の孫であり、ノエイデス家の大切な娘ですよ」
「お祖母ちゃんも、これからもずっと私の大好きなお祖母ちゃんだよ」
お祖母ちゃんと仲良ししていると、再びノックの音が鳴り、ドアの向こうからちーちゃんとトーコちゃんが顔を出した。
「なっちゃん、とっても綺麗よ!さあ、お迎えが来たからそろそろ移動しましょうか」
「ナツー!すんごく綺麗だよ!!」
ちーちゃんとトーコちゃんも今日は素敵にドレスアップしている。今日、私の介添え人をしてくれるちーちゃんとトーコちゃんは移動にも一緒について来てくれる。私のドレスはトレーン部分がビックリする位長く、一人ではとても動けないのだ。このクラシカルなドレスは、もちろんエイダお祖母ちゃんのご希望である。思うままに私を着飾らせることが出来たと、エイダお祖母ちゃんはとても満足そうだった。ノエイデス家の使用人の皆さんにも手伝ってもらいながらお屋敷の玄関まで移動する。
ノエイデス家の玄関前の車止めには白馬の二頭立ての古式ゆかしい馬車が到着していた。
「お城も本気出してきてるねぇ。さ、いこっか!みんな!行ってきます!!お祖母様、先に行ってるねー!」
「トーコ、チヒロ。ナツを頼みましたよ」
私とちーちゃんとトーコちゃんが馬車に乗り込んで、トーコちゃんが元気にエイダお祖母ちゃんと使用人さん達に挨拶をする。エイダお祖母ちゃんを中心に、セバスチャンさん、キャシーさん、他、顔見知りの使用人さん達総出でお見送りをしてくれた。
『・・・あと今日は、セヴェルカルム様のけっこん、あっ!ひみつでした!』
クルム君の朝の挨拶は続いていて、馬車の中で私達3人は顔を見合わせた。
「・・・クルム君、ほぼ全部言っちゃったわねぇ」
困った様子でため息をつくちーちゃんの隣でトーコちゃんは大笑いしている。
「あーおかしい!まあ陛下に口止めした所で、会場が王城の中庭だもん。何処からでもバレるって!」
『あっ、ええと、ないしょなので、みんなお城には来ないで下さい!それじゃ、またねー!』
「場所もバレちゃったね・・・」
「クルム君のご挨拶、お休みしてもらうと良かったわねぇ」
なるべく内輪でやりたい、というセイの希望だったんだけど、これは大騒ぎになるかもしれない。
「まあ、お祝い事だから賑やかでも良いんじゃない?あと、3将軍の部隊に製薬部員も会場に詰めているから、多少人が増えても安全はしっかり守ってみせるから!」
今現在、六将の一人のトーコちゃんが守ってくれているしね。
「そうだねぇ」
私は諦めて馬車の窓から大通りの街並みを見渡す。すでに街道沿いには王都民達が集まってきていて、私達が乗っている白い馬車に向けて手を振っているのだった。
馬車は王城の正門を潜り抜け、中庭にギリギリまで近づいて止まった。
中庭への入口にはブランパパが待っていた。
「ナツ、我が娘よ。とても美しいよ」
「パパ、ありがとう」
ブランパパがエスコートをしてくれて、ちーちゃんとトーコちゃんにサポートしてもらいながら、静々と会場に向かう。
真っ白な石畳とエメラルドグリーンの芝生、丁寧に整えられた植木の配置が美しい中庭が見えてきた。会場は大規模なガーデンパーティーの準備がされていて、会場を真ん中で分断する純白の石畳の中央に赤い絨毯が真っすぐに敷かれている。その絨毯の端に私とブランパパが並んで立ち、ちーちゃんとトーコちゃんが後ろに回ってくれる。
会場を見渡すと、アイザさんやフォークさん、その部下さん達がわざわざ遠くから来てくれていた。ノエイデス隊の皆さんもいる。メリーさんと製薬部の皆さんや、カールさんを始めとする治療院の皆さん、錬金術部門の皆さんの顔も見える。会場の奥の一画ではヴィントさんと華やかな奥様方が楽しそうにお話をしている。その反対側には、先回りしてくれたエイダお祖母ちゃんがクリスを抱っこして、その隣ではお兄ちゃんがエリカを抱っこして待ってくれている。会場奥が親族スペースという所かな。私も魔国に来てから随分知り合いが増えたなとしみじみする。
赤い絨毯の向かい端、黒のタキシードに身を包んだセイが立っていた。今日はお城の侍女さん達がどんな仕事をするのかと、ちょっと楽しみだったのだけど、今日この日に敢えてのオーソドックスなタキシード。侍女さん達、センスがとても良い。文句なくカッコいいです。
鮮やかな色彩の中庭に黒を纏って佇むセイから、もう私は目を離せなくなっていた。
私とブランパパはセイを目指して赤絨毯に一歩を踏み出した。一歩一歩、ブランパパのエスコートで私はセイに近づいていく。私の亀の歩みの割に、赤絨毯の端に立っているはずのセイがどんどんと目の前に近づいてくる。向こうで花嫁を待つ約束の新郎が、猛スピードでこちらにやってくる。
「奈津、すっごく奇麗」
セイが言うや否や、私を抱き上げてブランパパのエスコートから奪い取ってしまった。
「セヴェルカルム様。向こうで花嫁の到着をお待ちください。段取りが違いますよ」
「嫌だ。もう十分待った。一週間奈津を満喫したでしょ。奈津を返して。今すぐ」
私は今日までの一週間、ブランパパとエイダお祖母ちゃんたっての願いで、一週間ノエイデス家で家族との日々をのんびり過ごした。セイは王城でクルム君と過ごしていたのだけど、毎日私の頭を吸わないと気が済まないセイは禁断症状が出ているのか余裕がなさそうだった。
娘と赤絨毯の上をゆっくり歩きたいブランパパと今すぐ花嫁を連れていきたいセイのにらみ合いが始まりそうになってしまったけど、ブランパパの最愛の妻のちーちゃんがそこで良い仕事をする。
「なっちゃん、あなたはずっと私達の可愛い娘よ。幸せになりなさい」
ちーちゃんはそう言いながら、するりとブランパパと腕を組む。ハッと我に返ったブランパパは、それからはカッコ良い余裕たっぷりのいつものブランパパに戻った。
「セヴェルカルム様。ナツをよろしくお願いします」
「ナツ!セヴェルカルム様!結婚おめでとう!!」
トーコちゃんの声を合図に会場中からおめでとうの声があがる。まだお披露目会の序盤も序盤でこの盛り上がり。がやがやとした喧騒に気付いて中庭の入口を見ると、人々が溢れ返っているのを衛兵さんが押しとどめている。何やら台車に沢山の荷物を積んでいる人も居て、これは日が出ている間の騒ぎでは収まらないと予感させる状況だった。うん、私達にかこつけて、もうみんなで思い切り楽しめばいいと思うよ。
赤絨毯の上をセイに抱き上げられたまま進む。少々お行儀悪く指笛を鳴らして囃し立てるのはフォークさん達だ。もう飲んでるのかなというテンションの高さ。おめでとうの声と温かい拍手を贈られながら、歩を進めていく。私達の向かう先には、壇上の上、魔人フォームのお爺ちゃん達を左右に従えてクルム君が堂々と待ち構えていた。その時、更に歓声があがる。みんなの目線の先を見ると、青い空を切り裂くように白い大きなフクロウがこちらに向かって飛んでくる。ドッドお爺ちゃんの肩に、魔国の吉兆として皆に愛されるリヒトが舞い降りると会場の盛り上がりは最高潮に達した。
私とセイが赤絨毯の先まで辿り着き、魔王陛下の前にそっと跪くと、沸き立った会場は徐々に静けさを取り戻していく。私達を見下ろしながら、クルム君が厳かに口を開いた。
「夫となるセヴェルカルムよ。そなたは、やめる時も、すこやきゃ・・・」
ああ・・・。沢山練習してくれただろうに。噛んでしまったクルム君の言葉が止まってしまう。
(クルム。自分の言葉で良いよ)
セイが小声で助け舟を出し、クルム君は気合と共に大きく息を吸い込んだ。
「セヴェルカルム様は、楽しい時も、大変な時も。悲しい時も、嬉しい時も、ずっとナツと仲良くすると約束しますか!」
何とも可愛らしい魔王陛下の問いかけに、会場の大人達からはふふふと笑い声が上がる。
「もちろん、生涯約束する」
「ナツは、楽しい時も、大変な時も。悲しい時も、嬉しい時も、ずっとセヴェルカルム様と仲良くすると約束しますか!」
「はい!約束します!」
私が誓いの言葉を言うや否や、セイが私を抱き上げて私にキスをする。会場は再び歓声に包まれた。
「あの・・、誓いの、キスを」
ハッと私達が我に返ると、クルム君が壇上の上で困ったように立ち尽くしている。そうでした。クルム君の言葉に従ってキスするんだったよ。子供の前でフライングで盛り上がってしまってごめん。
「陛下、全く問題ございません。さあ、最後の決め台詞をなさいませ」
後ろに控えているフーさんのフォローに、再びクルム君は落ち着きとやる気を取り戻す。
最後の魔王陛下の言葉は、朝の挨拶の失敗を挽回してお釣りが来るほどの素晴らしい物だった。
「魔王クルム・クレイリッヒが、二人の宣誓を見届けた!二人に永遠の幸あれ!魔国に永遠の繁栄あれ!!」
帝国のとある場所で、病床の中、命の灯が今にも消えそうな老親が子供に言った。
「これがお別れではないよ。アーウェンハインで待っているからね」
子供を、孫を、これ以上悲しませないために、老親は天上の国での再会を家族達に約束した。
共和国のとある場所で、悪戯が過ぎた子供に父親が厳しい顔で言った。
「悪い子はアーウェンハインに行けなくなるぞ」
大粒の涙を流し始める幼子を、父親が優しく抱き上げた。
「よしよし。もう悪さはしないな?良い子でいれば、使徒様が必ずアーウェンハインにお導き下さるからな」
父子は天上の国を探すように、2人揃って晴れ渡った青空を見上げた。
皇国の神殿で、巫女が弔いの祈りを捧げていた。
「使徒様、どうか敬虔なる彼の者を、天の国アーウェンハインへお導き下さい」
巫女の言葉に、葬儀の参列者が胸の前で両手を組み、一斉に首を垂れる。
彼らの前には純白の美しい女神像が祀られていた。
守護女神フロントゥイネの加護を得て、天上の国アーウェンハインに召されるために、皇国の民たちは今日も熱心に天に向けて感謝と祈りを捧げる。
この世界のどこかに楽園のような国があるという。
その国に住まう人々は皆美目麗しく、永遠の時を生き、人知を超える魔法を操る。
その国は、不可思議な道具が溢れ、争いごとは無く、人々は豊かで平和な暮らしをしている。
その国の名は天上の国、アーウェンハインという。
これにて完結です。
最後までお付き合いくださった皆様、ありがとうございます。
ブクマ、評価、いいねをしてくださった方、ありがとうございます。嬉しかったです。
何か思いつけば、その後の話など思いつくまま書き散らそうと思います。




