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第13話 運命への折り返し点


 三日前、護士の管理下にある拘置所から一人の男が脱獄した。


 『BLys40』・『爆弾魔』、サディー=モア。


 元は『芸術家』という役職であり、『魔術』による芸術品を生み出すことを得意とする人物だったが……何らかの原因により突発的に『悪性持ち』に目覚め、『爆発魔術』による残虐的な事態を引き起こすようになった。


 放っておけば死傷者が増える一方であった為、護士が制圧隊を組んでサディーの対処に当たったのだが……そのあまりの強さと非道なやり方に、三度の制圧隊の壊滅、重軽傷者五十人余り、という散々な結果の下、ようやく拘束することに成功した。


 そして、今回の突然な脱獄により、護士は慌てて内密的に捜索に乗り出したのだが……案の定、爆破事件が起こってしまった、という経緯なのである。


「『爆弾魔』、ね……」


 本部にある鎮圧隊部署にて、一人の女性が『爆弾魔』のプロファイルを閲覧しながら、訝しげな表情を浮かべる。


 向かい側には、机に突っ伏して座る大男、エルトン=ラトクリフが妙な呻き声を漏らし続けていた。


「うううウウウウウ……」

「現場から急に居なくなって急に戻ってきたと思ったら……何故、そんな気味が悪い呻き声を発しているのかしら……?」

「俺ぇ、死神の所に行って、殺されかけて、可愛らしいメイドさんにお茶をご馳走になってから…………そこから先が、思い出せないッスぅ……いや、なんかこう、思い出すのが恐ろしくて躊躇っているっていうかぁ……」

「異端ギルドの人間からお茶をご馳走されるとか馬鹿なの?連中は平気な顔をして他者を陥れる外道が大半よ。そんな連中に気を許した自身を咎めなさい」

「うぅぅぅ~、隊長、手厳しいッスぅぅぅ……」

(それにしても……何かしらね、この違和感は……)


 ここ最近急増している『レイヤーズ狩り』や、『悪性』の覚醒……一見、無差別にも見える一連の事変だが、それらを客観的に考えると、何らかの作為的な意志があるような気がして……。


 そこまで考え付いた女性は、ハッと顔を上げて立ち上がり、目の前でいつまでもだらけているエルトンへと命令を下した。


「エルトン。私は、少し調べに出てくるから、あなたはその間に警護に当たりなさい」

「へっ?警護って……いつ、何処でのッスか?」

「────明日の第二次公的演説の警護に決まっているでしょ」

「はぁ~…………って、あっ、明日ッスかァッ!?」

「なに?何か問題があるの?」

「いや、俺、明日非番……」

「死神の屋敷で丸一日業務をすっぽかしたことを上に報告するわよ」

「喜んでやらせて頂くッスぅぅぅぅぅッ!!」





─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─





 その日は、『皇選』における『第二次公的演説』、そして『中間開票』を執り行う当日だった。


 これは、皇室の居城である神殿内の催事会場で執り行われることになっており……此度においては『皇室』の最高統治者────『現皇王』までもが、催事にご参列される予定になっていた。


 催事の様子は、ファゼレスト全域にて『映写魔術』によって何処にいても観覧することが出来るのだが……普段は目にすることもない『皇王』のお姿を一目見ようと、多くの学生たちが催事会場に足を運んでいた。


「よもやこの期に及んで皇選に挑もうとは……貴様は余程の阿呆か、もしくは無知蒙昧なのだろうな、リューリ」

「……こんにちは、グウェナエルさん」


 神官に案内されて控え室に入ると、私の住む学生寮よりも遥かに広い豪華な部屋の光景と共に、ソファに腰掛けるグウェナエル=ジードの嫌味が飛んできた。


 私は彼の姿を一瞥してから小さく頭を下げると、突っ掛かったりもせずに、部屋の隅にある小さな椅子に腰掛ける。


「……そう言えば、ヨシコさんはどちらに?一足先に来ているという話でしたけれど……」

「ヨシコ=ライトセットならば、そっちのソファで呑気に寝ておるぞ」


 グウェナエルが顎で指し示したソファを覗き込んでみると……そこには、丸く縮こまって、穏やかな寝息を立てる白い狐の姿があった。


 この世界で一番偉い皇王様に謁見し、大勢の学生の前で演説する寸前だというのに……この人は、肝が据わり過ぎではないだろうか。こちとら、色々な要因が混ぜ合わさって、心臓が破裂しそうなくらいに緊張しているというのに。


「んぅ……すぅ、すぅ……」

「この人……凄いですね……」

「比べてくれるな。そやつは凄いというより、常識が伴っていないだけだ」


 それは分かる……色々な意味で。


 一体どれだけの人たちが認識しているのかは分からないが、ヨシコ=ライトセットは……あの死神の従者だ。そんな彼女が皇選に当選し、子皇に決まってしまったら……その時は、実質的にあの死神が皇国の実権を握ることになってしまう。


 悪性持ちが実権を握ってしまっては、最悪、異端ギルドによる暴動が権利を通して正当化される恐れがある。シオのような犠牲者をこれ以上出さない為にも……それだけは、何としても阻止しなくてはならない。


「さて、そろそろ時間だ。逃げ出すならば今の内ではないのか?」

「……お気遣いは結構です」


 私の返答を鼻で笑うグウェナエルに続いて退室しようとするも、先程から一向に起きる様子がないヨシコのことが気にかかって立ち止まる。このまま放っておけば不戦敗に追い込むことも可能だが…………いいや、やはり、そんなことは出来ない。


 私は一度深い溜め息を吐いてから、仕方がなく、気持ち良さそうに眠る狐姿の彼女を抱え上げていくのだった。





─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─





 催事会場は、完全に満席。


 大型の舞台を正面にズラリと並んだ観覧席は、大庭園の学生たちで穴もなく埋め尽くされている。彼らの目的は、当然ながら候補者たちの見極めの為であろうが……例の『皇王』の姿を生で見てみたいという者が大半だろう。それほどに、皇王自らが参列する催事というのは希少だということだ。


 そして、開会の時間。


 まず始めに舞台上に姿を現したのは、頭から足先まで全身を黒いローブで覆い隠した、二人の人物。皇国統治管理僚官、別名『旧慧院』。皇室における重要な決定を補助する役割を担ってあり、主に皇室の補佐役として活動している……と言われている組織の者たちだ。


 その内の一人が、舞台の脇幕へ手招きするように手を上げると……皇選の候補者たちが姿を現した。グウェナエル=ジード、リューリ、そして何故か彼女に抱えられて居眠りをかくヨシコ=ライトセット。


「グウェムーっ!『武庭』の恥を晒すんじゃねぇぞーっ!」

「実力は『武庭』の最強格で、大庭園内でも支持は相当厚い奴だ、子皇になってもなんらおかしくはないって」

「あぁ、ヨシコ様……眠っているお姿も素敵……」

「獣の姿なのに、不思議な貫禄があるよなぁ……」

「あのリューリって?」

「ほら、あれだよ。例のシオドーラ=マキオンの後釜とかって言われているヤツ」

「シオドーラに負け劣らずの美少女だけども、それだけじゃなぁ~」


 候補者たちの入場に会場が沸き上がる中、舞台の真ん中に用意された三つの席に、一匹を除いてそれぞれが腰掛ける。


 そこで、旧慧院のやたらと腰の曲がった人物が袖幕の中に消えると、もう片方が前に出て、やたらと張りのある声でこう宣言した。


「───皆のもの静粛にせよっ!!これより我らが主君、『皇王』様が降臨なされるっ!!かの御方の慈愛に感謝を示し、かの崇高なるお姿をその眼に焼き付けるがいいっ!!」


 会場内に幾度も反響するような宣言が終わりを告げると、袖幕の中から、二人の人物が出てきた。片方はやたらと腰の曲がった旧慧院の人間。


 そして、その人物に手を引かれる形で姿を現したのは……。



 ────一人の、年端もいかない幼い少女だった。



 ウェーブのかかった長く輝かしい金髪に、半開きの目蓋の下には、宝石のように透き通った美しい碧眼。身の丈に合わない大きな赤いマントを引きずり、とてつもなく緩やかな足取りで舞台の中央に歩いていく。


 まるで、お人形がそのまま歩き出したかのような不思議な雰囲気に、会場はざわめきを見せる。しかし、舞台の中心に辿り着いた皇王が、チラリと客席へ視線を向けると……ざわついていた学生が、途端にシンと静まり返った。


 客席を一瞥した皇王は小さく緩やかに頷くと、マントを翻して歩き出す。その途中でグッスリと眠るヨシコ=ライトセットの小さな頭を優しく撫でてから、舞台の奥に配置された玉座へと向かうと、物音一つ立てずに、そこに神霊のように鎮座した。


「それではこれより、皇選候補者三名の『中間開票』を執り行う。皆のもの、そして候補者よ。現時点における学生たちの出した答えを────しかと、その身に刻み込むがいい」


 緊張の一瞬。


 候補者三名だけでなく、客席の学生たちも、気を張り詰めて開票の時を見守る。


 旧慧院の人物が両手から、赤、青、緑、三色に染まった魔力を空高く放出。宙へと舞い上がった魔力の塊は形を変え、現時点における候補者三名の『票数』を表示させるのだった。

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