表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第五部 戦わない戦い(後編)二章 エゼキエル
920/935

15話 弱いのは悪い

 サウルたちは日が落ちるのを待った。

 凱旋ムードの城内は寝静まらないだろうが、昼間よりはましだという。明るいうちに、サウルは城下で購入した紙を出し、城内の地図を描いた。

 切株をテーブルにして、細かく線を引いていく。修正のため、紙の表面をナイフで削ることはほとんどなかった。


 百日城は地下深くにまで広がる迷宮だ。よくもまあ、正確に記憶しているものだと、エゼキエルは感心した。


 ──王というか、人間の世界でいう文官や学匠のような個性であるな


 サウルからもらった目が痛くなりそうな地図を、エゼキエルはサムに渡した。行くことになったら、サムはついてくるのだろう。テコでも動かなそうな兄の横顔を見て、エゼキエルは苦笑した。面頬に隠れた骸骨は、ときおり乾いた軋音(あつおん)を立てるだけだ。


 必要な時しか動かぬ兄の勇姿を、また見てみたいと思った。

 一敗となったザカリヤとの戦いは美しかった。強さに大差はないのではないか。次はサムが勝つかもしれない。今度は命を懸けることなく、純粋に武術を競い合わせたい。争いのなくなった世界で、強さの頂点を極めてほしかった。すべての片が付いたら──


 別れ際、エゼキエルがこの思いを伝えることはなかった。

 まだ、友情と呼べるほど親密な関係は築いておらず、サウルは依然として宿敵のままだった。しかし、前世の怒りは消え去り、代わりに好奇心が芽生えていた。


 夕闇が少年の頬の赤みを奪い、白と黒の世界に変える。保護者であり、しもべであるザカリヤは余裕の表情で、サウルの横に立っていた。死を恐れないところは青い鳥のルイスと似ている。


 ザカリヤの場合はサウルという保護対象がいることで、ルイスとは違い、生命感にあふれていた。憎悪に喰われた死相顔ではなく、戦いを楽しむ戦士の顔だ。

 猛々しく獲物に牙を突き立てる。群れを守る気高い百獣の王が思い浮かぶ。父親が勇猛な獅子なら息子は狼かもしれなかった。

 サウルの瞳は大狼(ダイアウルフ)と同じ色だ。


「人間の姿だと、ユゼフが戻ってきたみたいだ」

「残念ながら、朕とユゼフは異なる」

「記憶がないだけで、本人には違いないんだよな……最近、そう思うようになった」


 ユゼフとの別れを惜しんでいるようだった。サウルは恵まれぬころを振り返った。


「学生時代、俺は孤独だった。友達といえば、ユゼフぐらいしかいなくてさ。似た境遇の俺たちは親友になったんだ」


 前世の敵同士が生まれ変わって、親友になるとは面妖な。


「ユゼフは俺みたいに勝ち気な性格ではなくて、おとなしくて優しい奴だった」

「やはり、朕とは違う」

「でも、芯が強くて頑固だった」


 やや下がって立つ兄にエゼキエルは視線を送った。芯が強くて頑固──これはヴァルタン家の家風であろう。エゼキエルにも多少、そういうところがある。

 サウルがさっさと出発しないのは、怯懦(きょうだ)のせいかと思われた。

 自分の決めたやり方に自信がないのかと頭にきたが、童顔を見ていると責める気も失せた。


「ユゼフの記憶はいずれ戻ってくるのだろう?」

「戻るかもしれぬし、戻らぬかもしれぬ」

「以前のように、気軽に相談し合ったり、軽口を叩いて笑ったりできたらな……」

「相手が朕である必要はあるのか?」


 「そりゃそうだけど」と、サウルは寂しそうに笑った。

 グラニエを奪ってしまったことが、エゼキエルは後ろめたかった。けれども、今のサウルにはザカリヤがいる。兄のエドアルド、キメラやイアン、騎士団、青い鳥……他にも、たくさんの仲間がいるのだろう。


 エゼキエルにも仲間がいるが、どれも強い力が引き寄せるものだ。サウルのように、個性に惹かれて集まるわけではない。

 力を失くしたとき、いったいどれだけの者が残ってくれるのか──


「もし、ユゼフの記憶が戻ったとき、俺が死んでいたら──」


 サウルは女々しいことを言い出す。魔国では弱みを見せれば喰われる。エゼキエルは行き場のない視線をサムに固定した。サムはピクリとも動かない。


「俺がやろうとしていたこと──アニュラスを一つにして、戦いを終結させる──これを引き継いでくれないだろうか?」


 黄昏が深まり、顔の陰影を濃くしていた。エゼキエルはサウルの弱さを嘲る気にも、憤る気にもなれず、呆けていた。

 仇だった男が自分を頼るのも、おかしな話だ。それに、子供のような純真な目を向けられ、邪険にはできないのだった。


「ごめん!! こんなこと言われても、困るよな? じゃ……」


 サウルは弱さを恥じて、背を向けた。


「皆、同じ気持ちである」


 自分でも、なぜそんな言葉を投げたのか、エゼキエルはわからなかった。

 サウルの薄い背中が止まった。


「ありがとう」


 森のほうからドサッと雪が落ちて、サウルの声はかき消された。枝に雪が残っていたようだ。

 窪地の斜面を駆け上がる親子は、次の瞬間にはいなくなっていた。足音を立てぬのは彼ららしい。

 渡りを忘れた大鳥が、ひゅうと風切り音を残したあと、静寂が訪れた。



 エゼキエルは仮眠をとり、翌日に備えることとした。切株を移動させて、サムのマントを敷く。ザカリヤの使い魔がやってきて、起こしてくれることを期待しつつ、その上に横たわった。

 寒さは気にならない。エゼキエルは体温を気温に合わせることができる。


 座っているサムの鉄靴が見えた。骸骨は寝なくても、平気なのだろうか。前世のエゼキエルは寝なくても、生きていられた。不完全な肉体が憎らしい。


 憎らしいはずなのに、自分を見守るサムの鉄靴を見ていると、未熟な肉体が愛おしくなってくる。弱いのは悪いことではないのか? 当然だと思っていたことに疑問を呈し、思考の迷宮に迷い込んだ。


 曲がりくねった細い通路をがむしゃらに進んでいく。行き止まりは絶望だ。どこまで行っても終わりは見えず、追われるようにして道を選ぶ。何度も出現する岐路に辟易する。


 今いるのはどこなのか。

 百日城か──いや、ここはアニュラスを支配していたころの王城だ──

 外から来た人間が城内へ入り込めないよう、複雑な迷路をこしらえさせた。魔力を持たぬ者に道は見えない。

 人間に領域を侵されるのが怖かった。蛇の目をして、心の(おり)(さら)おうとするユピテル。可憐で儚いアフロディテ──


 外海の人間たちはエゼキエルの心をかき乱し、大切な何もかもを剥ぎ取っていった。光の力、家族、家臣、民、アニュラスの大地──何もかも。

 闇に堕ちたエゼキエルは憎悪に呑まれた。時間の壁で世界を分断し、闇の者たちを従えるようになった。


 不幸だった。

 光を妬み、弱い者たちを虐げた。時間の壁を出し、憎悪の記憶を封じたのは、愛する女を自分から守りたかったからだ。死ぬことも予感していた。


 エゼキエルは人間が怖かったのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不明な点がありましたら、設定集をご確認ください↓

ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる設定集

cont_access.php?citi_cont_id=495471511&size=200 ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
ラスト、エゼキエルの複雑な思いが見えるようで興味深かったです(*´ェ`*) サチはユゼフと仲が良かったから、エゼキエルになっても彼の中にユゼフを見ていて、 エゼキエルも前世とは少しずつ変わってきて 二…
みんな、少しづつ少しづ周りが見えてきてる感じが良いですね♪ 勿論、過去の蟠りが即座に消えてしまう事なんてないでしょうが。 それでも、自分の見詰め直し、前を向こうとしてる姿はグッとくるものがありますです…
サウルとディアナの周りに集まってるのは彼らとの個人的な縁や人柄に繋がってるけど、エゼキエルは違うっていうと、確かにそうなんだなあ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ