14話 待ち時間長い
陽光が窪地に入り込み、暖かくなってきた。
虫、鳥、獣……至るところで、生命活動をするものたちの息遣いが感じられる。西へ伸びる街道は城下町に向かう人や馬車で込み合っていた。
人間たちの騒々しい気配が静かな草原にも流れて来て、エゼキエルの心は乱された。
ディアナはまだ見つからない。
地下の広い牢獄をカッコゥに何往復させても、どこにもいなかった。今は主殿内を捜索させている。
エゼキエルは、いても立ってもいられず窪地の中をぐるぐる歩き回った。魔王城にいるとき、普段の姿でこれをやったら、家臣どもが怖れをなして近寄れないが、今はユゼフに化けているから、おとなしいものだろう。
サウルとザカリヤは城下へ調査に行っている。残されたのはサムだけだ。
サムは動き回るエゼキエルを咎めず、寝ろとも言わなかった。ただ、座れと命じ、骨を覆う籠手の上に黒い丸薬を載せ差し出した。
「サウルから譲っていただいたものだ。なんでも、エデンの天狗とかいう妖怪がくれたものらしい。一粒で体力が全快する」
エゼキエルは天狗と前世で戦ったことがある。僻地の怪異の持ち物とは信用ならない。半信半疑で丸薬を受け取った。サムが毒見済みだと勧めるので、気乗りしないまま口に含んだ。
苦い──
そもそも、骸骨の毒見とか、意味があるのか? 口に入れてから、しまったと思った。
だが、数分も経たぬうちに雑然としていた脳内がすっきりし、焦燥感もなくなった。体中に瘴気がみなぎり、よく眠って起きたあとのように頭が冴え、腹も満たされた。
「面妖な! 疲れが取れたぞ!」
「うむ……カッコゥの気配を探ってみろ」
いいことばかりではなかった。
サムに言われ、エゼキエルは意気揚々とカッコゥの意識の中へ入ろうとした。連絡してこないということは、まだディアナは見つかっていない。
「……おや? カッコゥの気配が途切れた?」
「近くにおらぬのか?」
「いいや……何も感じられない」
エゼキエルは集中して、何度もカッコゥの意識を探ったが、つかめなかった。忽然と、どこかへ消えてしまったのだ。
「どういうことだ?……くそっ! さっきの薬のせいで感覚が鈍っているのか!?」
天狗の丸薬は関係なかった。試しにサウルとザカリヤの気配を探ったところ、見つけることができた。街なかにいるところを捉えられるとは、いつも以上に力を発揮できている。
「捕まってしまったということか」
避けようとしていた考えをサムに言われた。カッコゥを奪われては、ディアナの捜索が行き詰まる。
「死んではおらぬ。見つけられないだけだ」
眷属が死んだ時は明確にわかる。どこかには、いるのだ。エゼキエルは悲観的な事実を認めたくなかった。とはいえ、願望に追いすがるほど弱くもなかった。
「じかに朕が探さねばなるまい」
……カラ…カラ…コロリ……サムが頭蓋を傾ける。
「わかっておる。一人で突入はせぬ。サウルたちと相談してからにする」
城内を知り尽くしているサウルたちが必要だ。魔力を封じられたうえ、人間化した状態では感覚が鈍る。さらには迷宮だ。
「ザカリヤの使い魔よ! 聞こえているか? 事態が急変した。ただちにザカリヤとサウルを呼び戻せ!」
微かな気配を感じる斜面に向かって、語りかける。一瞬だけ小さな女が見えたので、伝わったのだろう。
待つ間は、もう無駄にうろつかなかった。エゼキエルはサウルの真似をして、地面に書いた。
カッコゥが探した場所とまだ探していない場所──カッコゥの気配が途絶えた場所──
必要なことを書き出すと、これから自分たちのすべきことが見えてくる。非常時に魔獣の力を借りるのも手段の一つだ。
ただし、魔力を封じられるため、獣としての能力しか期待できない。
残念ながら、近くに魔獣の気配は皆無だった。ここは魔国ではなくグリンデル。魔力を発しているのは、森で待機させている飛空部隊ぐらいのものだ。
使えるのはサムが乗ってきたバジリスクか。城内では石化能力は使えまい。猛獣として暴れさせ、使い捨てるのは哀れな気もした。
人間の考えることがわからない。
ナスターシャ女王はディアナをどうしたいのか? 裏切ったディアナを殺したいのか?──かつて、エゼキエル自身の抱いていた憎悪とは種類が違うと思った。
憎悪とは愛と表裏一体で悲哀を伴う。そのような混沌とした感情とは反対に、ディアナをさらった一連の行動には冷たい計画性があった。
ナスターシャは殺すことに躊躇しないだろう。
背筋に走った寒気が、つま先まで下がっていった。
──渡してなるものか! 絶対に助ける!!
既視感があった。ユゼフのときにも経験しているのかもしれない。
ユゼフが成し遂げたのだから、自分にもできるはずだとエゼキエルは信じることにした。
サウルとザカリヤはなかなか戻って来なかった。太陽は真上に昇り、窪地でも影がなくなった。森から移動してきた旅人や遊び場を探す子供の群れが通り、ひやっとすることもあった。ユゼフになっているエゼキエルはともかく、サムの見た目は屍である。エゼキエルは面頬で顔を隠せとサムに命じた。
厳めしい重装備が切株に座っているのだ。兜には立派な鹿の角があしらってあり、鎧に刻まれた細かい装飾は身分の高さを示している。骸骨と認識しなくても、見かけた人はびっくりして足早に過ぎ去っていった。
サウルたちが遅すぎて、エゼキエルは痺れを切らしそうになった。自分とは温度差のある親子に腹も立ってきた。
──何をやっているのだ、あの親子は!? ディアナの命がかかっているのだぞ!
ザカリヤの使い魔が耳元でささやかなければ、待てずに城内へ入り込んでいたかもしれない。
「まもなく到着いたします。今しばらく、お待ちくださいませ」
霜柱がほどけるようなか細い声が聞こえ、振り向くと、すでに消えていた。
それから数分後、サウルたちが戻ったのは日が傾くまえだった。
「遅い!!」
エゼキエルが怒っても、ユゼフの姿では迫力不足なのか、親子に悪びれる様子はない。
カッコゥが捕らわれたと話すと、「そんなところだと思っていた」と返ってきた。まあ座れと勧めてきて、彼ら自身も切株に腰を落ち着けた。二人とも顔つきが暗い。
「明日の戦勝会でディアナは処刑される」
唐突に告げられた。サウルは神妙に話をつなげる。
「俺たちにできるのは二つ。処刑前に潜入して助け出すか。処刑直前、ディアナが公に姿を現した時、助け出すか」
「悠長なことは言っていられない! すぐさま助け出すべきだ!」
「そうだな、でも俺は二つとも試してみるべきだと思っている。そのために情報を集めていた」
サウルは賢い。手持ち無沙汰でやきもきしているエゼキエルとは違い、効率よく動いている。悔しいが、エゼキエルは耳を傾けることにした。
「俺は城内へ入り込む道をいくつか知っている。隠し通路もひと通り頭に入っているし、カッコゥほど融通は利かないだろうが、探すことはできる」
サウルはザカリヤへ視線を向けた。変装して騎士らしい風貌となったザカリヤが説明する。
「口に出すのもおぞましいのですが、処刑は淫婦の塔と呼ばれる尖塔で行われます。四つのうちの一つ……おそらくクラウディア陛下が刺された屋根の先を使うのかと。正面から見て、左から二つ目の尖塔です。密接して建つ後殿の屋上から、突き落とすつもりかと思われます」
「後殿へ移動するまでの間、守りが手薄になるな?」
骨のきしむ音が聞こえ、サムが話し合いに参加した。面頬は着けたままだ。
なぜか、サウルはサムには敬語を使う。
「ええ。処刑の前に宴会場でさらし者にする可能性もあります」
「客の目があるなかで逃がすのは難しい。やはり、移動中を狙うのがよかろう」
さらし者にされてからでは遅いのだ──喉まで出かかっていたのを、エゼキエルは我慢した。皆、ディアナの命を第一に考えて検討している。
サウルはエゼキエルの心境を見透かしていた。
「先に城内へ忍び込んでも、うまく見つけられる保証はない。何度も俺たちが出入りしているから、女王サイドでも調査しているだろうしな? だから、二手に分かれないか?」
サウルとザカリヤ、エゼキエルとサムに分かれて行動したほうがいいと、サウルは提案した。
「俺たちが先に隠し通路から城内へ入り込む。明日の昼を過ぎても帰ってこないときは、エゼキエルたちが戦勝会に潜り込んでくれ」
また、待たされるのか──堪えるしかあるまいと、エゼキエルは拳を握りしめた。




