表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第五部 戦わない戦い(後編)一章 ミリヤ
913/945

8話 怨霊そのもの

 ついに狂宴の幕が開かれた。

 人々は女王を軸とした中央線の近くに集まる。正面にいるナスターシャ女王が一番の特等席だ。

 アルタウスがミリヤに解説した。


「挨拶はもう締め切った。陛下の椅子は水晶の動力で回転する」


 衛兵や招待客に隠れて見えないが、入口の方を向いていた女王が主殿側に向きを変えたようだ。それに合わせて、客たちの視線も一極集中した。

 彼らが見ているのは主殿の前で震えるディアナだった。


 ディアナとイザベラは暖膜に入らないギリギリの所へ引っ張られてきた。

 ナスターシャ女王が声を張り上げる。


「見よ! 魔王に(くみ)した瀝青城の売女だ! (わらわ)の姪であったが、本日限り、縁を切ろうと思う」


 わーわー囃し立てる声で、ミリヤは耳が痛くなった。近くまで来たディアナに浴びせられるのは痛罵だ。薄汚い言葉だけでなく、唾を吐く者たちもいた。

 勢いにのった客人たちは食べ終わったあとの骨や熱いスープを投げつけた。隣にいたイザベラがディアナの前に出て、侮辱を代わりに受ける。

 誰かがベリーのソースのかかったケーキを投げたために、イザベラの顔半分が赤く染まり、出血しているかのように見えた。


 何人かの女性が騒ぎ立て、残酷な的あてゲームは終了した。というのも、イザベラの様相が目を合わせただけで呪い殺されそうなほど、おどろおどろしかったからである。うねった黒髪をふり乱し、血走った目で客人たちを()め回すさまは、怨霊そのものであった。


 ディアナをイザベラと共に引き出したのを後悔したのか。ナスターシャ女王の声のトーンが沈んだ。 


「魔女をディアナから引き剥がせ」


 兵士がイザベラをディアナから離すと、客人たちは安堵の溜め息を漏らした。


「恐ろしい魔女だ」

「目を合わせるな、呪い殺されるぞ」


 そんなささやき声が聞こえてきた。ナスターシャは彼らを安心させるため、説明した。


「百日城には結界が張られておる。魔人といえども、魔力を使うことは叶わず。この魔女も然り」


 そう、この城では魔力に制限がかけられる。強い力を持つ魔人でも、人間と変わらなくなる。しかし、魔力に関しての話だ。


 主殿の右脇に伸びる後殿へ向かう坂道。その坂道を挟んで、黒ずんだ石造りの近衛隊本部が建っていた。立派な両開きの鉄扉が軋音(あつおん)を響かせ、開かれる。

 臭気が暖膜の中に漂ってきたかと思うと、獣の唸り声が耳を汚した。鎖で引かれ、やって来た豚はよだれを垂らし、鼻息を荒くする。

 普通の豚と違うのは、くるんと丸まった山羊の角だ。体毛はまばらで豚の皮膚のように産毛だけの部分もあれば、ごわごわした硬い毛が生えている部分もあった。


 特に豚らしからぬところは目だった。黄色い眼球に横線の入った目は山羊のものだ。

 豚なのか、山羊なのか。兵士はその醜悪なケダモノを、おびえるディアナの近くに連れてきた。

 嫌悪の反応を示す客たちに、ナスターシャ女王が放った言葉は、


「この醜い山羊は生殖期である」


 それから、くっくっくっ……と押し殺した笑いを漏らした。


「魔王と夫婦になろうとした売女と、お似合いの豚ではないか?」


 ナスターシャ女王の周囲がどっと湧き、下卑た嘲笑は内郭中に広がった。

 豚山羊はディアナに気づくなり、興奮し始めた。口の端から、とめどなく流れ落ちるよだれが糸を引き、ケダモノは豚鼻を持ち上げ、


「フガッ、フゴォッ」


 と、湿った音を立てた。山羊に付いている目は横だからまだいいが、前方に、しかも豚の顔に付いているのは異様だ。

 横線の瞳がディアナに固定された。雌の匂いに刺激されている。豚山羊は、腰を上下させるという下品な動作を繰り返した。客人たちは哄笑(こうしょう)を上げ、ディアナは悲鳴を上げた。

 両手の自由を奪われ、縄で引きずられるイザベラは何やら怒鳴っている。それも猿ぐつわで封じられた。

 兵士が鎖を離したとたん、何が起こるかは想像に難くない。欲望に忠実なケダモノはディアナに襲いかかるだろう。


 肌が粟立つ。毛が逆立つ。ミリヤは瞬きを忘れた。これ以上の辱めがあるだろうか。大勢の貴族の前で、臭気を発する醜い化け物に犯される。

 自らの命より尊い我が主がその辱めを与えられようとしているのだ。(こら)えきれるはずがなかった。


「やめろ!!」


 ミリヤの叫びにより、汚らわしい笑いは収まった。ミリヤを見つけたディアナは驚愕している。これで、後戻りはできなくなった。

 不審顔のアルタウスが行動を起こすまえに、ミリヤは組んでいた腕を振りほどいた。しゃがみ込み、ブーツに仕込んでおいたダガーを手に取る。そして、立ち上がるのと同時にアルタウスの顎を貫いた。


 見せかけの軍人はあえなく倒れた。ミリヤの次の獲物はディアナを犯そうとしていた豚山羊だ。今度は邪魔なスカートを取り外し、ガーターベルトに装着してあったナイフを握った。

 丈の短いパニエ姿だろうが気にするものか。ミリヤは駆けながら、ナイフを二回投げた。


 ナイフは豚山羊の邪悪な目に突き刺さり、もう一つは豚山羊の鎖をつかんでいた兵士の喉を貫いた。

 この時、イザベラではなく、ディアナの方へ向かったのが間違いだった。助けたい一心だったミリヤは、冷静さを欠いていたのである。

 

 目にナイフが刺さった豚山羊は暖膜の中に突っ込み、角を振り回し、手当りしだいに襲いかかった。笑っていた客人たちは泣き喚き、逃げ惑う。


 その間にディアナの近くで控える兵士を、ミリヤは足払いで転倒させた。倒れるや否や、頸動脈を掻っ切る。一般兵士の装備はオープンヘルムに鉄、または革の胸当てといった感じなので、首を狙うことが多い。

 ディアナの前に立つと槍が迫った。建物側で控えていた衛兵たちが駆けつけ、ミリヤは一触即発の状態となる。これまでか。


 槍に貫かれ、ディアナと心中しても構わないと、ミリヤは思った。ディアナが辱めを受け続けるなら、そういう最期でもいい。


「止まれ!!」


 ナスターシャ女王の声が響いた。ぎらぎら光るたくさんの穂は、一歩踏み出せば届く位置に来て停止した。


「ネズミめ。どうやって潜り込んだ?」


 女王の碧眼に捉えられる。ミリヤは臆することなく、にらみ返した。

 金髪色白のナスターシャはディアナによく似ている。だが、守られ、男に愛されてきたディアナと違い、笑うことがなかったのだろう。眉間の皺は怒りと執着の歴史ともいえた。青い瞳は狂気に満ちている。

 緊迫するなか、兵士の一人がアルタウスの死を告げ、場は騒然となった。

 女王の隣にいた短い髭の男が、ミリヤの正体に勘づいたようだ。信じられないといった様子で、目を見張っている。黒塗りの甲冑をまとうお上品な騎士に、ミリヤは言ってやった。


「あら? アッヘンベル閣下ではございませんか? 毒を塗った装備で挑んでも、グラニエ卿に敗れた騎士団長様でしたわよね?」(※ep.452 35話 罠とわかっていても)


 痛いところを突かれたアッヘンベルは、忌々しげにミリヤを見ていたが、自分のほうが断然有利な立場にいることを思い出し、嫌味たらしい笑顔になった。


「誰かと思えば、勇ましい侍女殿だったか! 相棒のトサカ頭はどうした? 魔国の溶岩オーブンで丸焼きにされたか?」


 本人は気の利いたジョークを言ったつもりだろうが、おもしろくもなんともなかった。いくら格好つけようが、こいつもアルタウスと同様で見かけ倒し。ティムのほうが数段強いに決まっている。


「あなたは、そのアホのトサカにすら勝てないでしょうね。低俗なパーティーを楽しんでらっしゃる豚レベルのゲス野郎は、主国の騎士には勝てません」

「なにを、戯言(ざれごと)を……その騎士団とやらは破れ、今、我らが手元に元女王がいるではないか!」


 これ以上、不毛な言い争いをしたくなかったので、ミリヤはナスターシャ女王に視線を戻した。


「わたしは本物の英雄を見てきた。断天剣聖ダリアン・アスター、蒼刃剣聖サムエル・ヴァルタン、そして、天耀剣聖ザカリヤ・ヴュイエ!!」


 ザカリヤの名を出すと、会場内は鎮まった。

 ここにいる貴族の何人かはザカリヤの強さを知っている。十五年前の許しなき一週間※を生き延びた者たちは、後ろ暗いところがあるのだろう。


「ザカリヤ様は、このような卑劣を許さない! 絶対に!!」


 執着する男の名を出され、ナスターシャ女王の眉が上がった。




※許しなき一週間……クラウディア女王の処刑後、彼女を擁護しようとした者や王子たちの逃亡に加担した者たちが殺された。虐殺は一週間続き、城内の四分の一が亡くなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不明な点がありましたら、設定集をご確認ください↓

ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる設定集

cont_access.php?citi_cont_id=495471511&size=200 ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
ナスターシャさんが冷酷な行為をする度に思ってしまう。 『この人を、ちゃんと見てくれる人が1人でもいれば、こんなに歪む事はなかったのではないか?』っと。 勿論、こんなものは所詮タラレバ話でしかないんです…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ