67話 シオンは黙っていられるだろうか
ミリヤと二人きりの朝食はお預けになり、ジャメルとシオンたちも同席することになった。朝食は晩餐ほどマナーを気にしなくてよい。皆で大テーブルの中心に集まり、適当な席に座って食べ始めた。ミリヤが正式な妃だったら、シーマと向かい合い隣に客人を座らせるのだが、愛人であるし、シオンも公に嫡男と認められたわけではないので、息子の位置に座らせるのはどうかと思う。カオルに至っては、元妃の不倫相手の息子である。
格式とは、ほど遠い朝食会は家庭的で温かかった。
シオンたちと親しいシェフ見習いが給仕に来て、ふざけ合ったり、シオンが葡萄を高く放り投げて口でキャッチする芸を披露したりした。行儀が悪い。
ミリヤはシーマの隣で控えめに食べ、会話にはほとんど参加しなかった。
シオンはよく食べるし、よくしゃべる。つらい目に合ってきただろうに、回復力が早くて助かった。脳の記憶容量の小ささが幸いしたのかもしれない。良くないことを忘れられるのは長所といえるだろう。
食事中の雑談には情報が山と転がっていた。シーマは耳をそばだて、聞き上手となった。
竜の珠の冒険譚は、なかなかおもしろかった。奪われるまえに見ておかなかったことが悔やまれる。宝珠は現在、ディアナの手元にあるそうだ。
仲介役に選ばれたとはいえ、シオンはディアナとほとんど話していないらしかった。予想通り、サチが交渉したとみて間違いない。
「エゼキエルは見た目は怖いけど、中身はペペとそう変わらない。ぺぺほど、おとなしくないけどな」
シオンはエゼキエルをこう評した。前世のシーマの記憶では身勝手で傲慢、冷酷な魔王である。シオンの言うことが真実で、ユゼフ寄りなら助かるのだが。
エゼキエルに関しては、間にシオンがいてくれてよかったと思う。相手の状況がある程度わかっていないと、対応に困る。
ローストした燻製肉に目玉焼きを載せ、すり下ろしたチーズと食べる。ハーブが肉の臭みを旨味に変えてくれる。チーズは数種類用意されているし、白いパンがいつでも手の届くところにあった。果物も豊富だ。シーマは食べ過ぎないように注意した。
シオンは開けっぴろげに、見てきたことや知っていることを正直に話した。隠し事の「か」の字も存在しない。
巨大な顔に手足が生えた見るもおぞましい怪物、ドゥルジにエゼキエルが圧勝したこと。青い鳥が所持するオートマトンのこと。青い鳥の魔法剣士部隊のこと──彼らの半分は魔人化し、半分は強化魔法で魔人と対等に戦えるぐらい強くなったという。
「時間制限があるのは残念だけどな? エゼキエルも人間の強さに驚いていた」
「ほぅ……主国の騎士団にも、そのノウハウを伝授していただきたいものだ」
「アスターが子飼いの学匠に研究させていた技術らしい。安全性は不明だ」
シオンが何も考えずにしゃべるものだから、隣にいるカオルは落ち着かない様子だ。シオンを制御する役割を期待されているのだろうが、ほとんどできていない。おもしろい組み合わせである。
「エゼキエルとディアナ様に関しては、仲直りできそうなんだ。エゼキエルはディアナ様のことが好きなんだって」
シオンは、相手側が隠しておきたいことを平気で暴露する。知らないうちに赤っ恥をかかされるエゼキエルは気の毒だ。ユゼフの時と同じで、馬鹿女の尻に敷かれる運命であろう。
「けど、どうだろ? サチはディアナ様と結婚したがっているし、ディアナ様はどっちを選ぶんだろう?」
元妃は案外モテる。シーマには彼女の良さが、まったくわからなかった。苦い表情のカオルを見てイメージしてみるも、もったいないとは思わなかった。
「イアン、話しすぎだ! いい加減にしろ!」
ついにカオルが声を荒げて、シオンを止めようとした。
「構わない。話させろ」
シーマは冷たい視線を投げて、カオルを威嚇した。息子を軽んじられると、自身が馬鹿にされたように感じる。シオンより格下ということを、わからせてやろうと思った。同じ役目を負っているからといって、対等とは限らないのだ。ディアナの血よりシーマの血のほうが勝っている。
ところが、カオルは視線を受け止め、にらみ返してきた。
──おや?
縮みあがるかと思いきや、成長したらしい。よく見ると、茶色い瞳の虹彩に緑が滲んでいて、独特の風合いを出している。顔の作りが尖り過ぎているディアナに比べ、柔らかく細やかだ。ディアナより美しいかもしれない。カオルは毅然とした態度を見せた。
「陛下、他の王に対する要望をまとめていただけないでしょうか? わたしとイアンはできるだけ早く魔王城と瀝青城へ行き、内容をお伝えしたいと思うのです」
よかろうとシーマは了承した。
これから、シオンとカオルが王たちの間を行き来して、会談前の調整をする。伝書鳥を使うこともあるし、アスターや他の使者が来ることもあるかもしれない。
仲介役は交渉もし、中立な立場で四者間の意見の擦り合せをしなくてはならない。責任重大な任務だ。シオンにできるのかと、シーマは不安になってきた。
食後、シーマはシオンたちには城内で暇を潰すがいいと伝え、公務に戻った。
彼らはひとまず、騎士団で仲間たちの歓待を受けるだろう。そのあと、ミリアム太后のもとを訪ね、アスター邸へ行くか行かないか。服がどうとか言っていたから、ジャメルの妻が営む仕立屋に行く確率も高い。
詰めた話は晩餐に持ち越した。シーマもディアナとエゼキエルへ文を書くことにする。
文はささやかな仕返しも兼ねて、シオンに代筆させた。晩餐の時に持ち掛けたところ、乗り気になってくれたのである。
書かせてみると、普段のシオンからは想像もつかない美しい言葉の連続に感嘆した。人格が変わるというより、通常時に使わない脳の部分を動かしているようだ。絵を描く、楽器を演奏する時と同様、シオンの芸術活動の一部といえる。
物言いたげなカオルを尻目に、シーマはシオンをベタ褒めした。
慇懃無礼という言葉がある。表面上は相手を気遣い、控え目に振る舞っても内心は違う。シオンの礼儀を尽くす文章は、そういう意味で理に適っていた。安全圏から嫌みを存分に浴びせてやることができる。
──先にやったのは、そっちだからな? 俺はやり返しただけだ。
エゼキエルの次はディアナだ。シーマが自分で書く場合は事務的なことしか思いつかないが、シオンの筆力は素晴らしかった。短気な元妃を怒らせないよう気を使いつつ、しっかり要望も伝えている。
シーマが和睦の条件として挙げたのは以下である。
《ディアナに対して》
・ヴィナス王女を死なせたことの謝罪。
・ミリヤを守人から解放し、譲渡すること。
・亜人の権利を認めること。
《エゼキエルに対して》
・時間の壁を消す。
・魔国にある妖精族の村を保護する。
《全員に対して》
・ヘリオーティス掃討の協力を求める。
・グリンデルに対抗して、共闘する。
・本土、及び内海へ侵攻しないこと。
文を書かせることは、シオンの情緒面にも貢献するし、面倒で嫌な仕事も片付けられて一挙両得だ。
だが、ディアナ宛も問題なしと封をしようとしたところ、妨害に遭った。
「お待ちください! 一点、見直していただきたいところがございます」
カオル。ディアナの息子はディアナに似て煩わしい。
「ミリヤの件は、ぎりぎりまで伏せておいたほうがいいかと」
「どうしてだ?」
「女のプライドというものがあります。ミリヤの件で会談の話が御破算になる恐れもあります」
カオルの言い分には一理あった。
いくら媚びようが愛してくれなかった元夫が自分の侍女を愛人にしている。この状況は、高慢なディアナを著しく傷つける。恋愛感情云々の話ではなく、自尊心の問題である。現在、別の恋人(サチ)がいても、面子を潰されたことには変わりがないのだ。
カオルは母親のことをよくわかっていた。せっかく、うまく進んでいることを台無しにしたくないので、シーマは自身の中のひねくれ者を封印した。
「でも、シオンが黙っていられるだろうか……」
「大丈夫です。母がイアンと会話することはありません」
「なぜ、言い切れる?」
「母はイアンのことを嫌ってますから」
カオルは断言した。
天真爛漫なシオンを嫌うとは、やはりディアナは性格が悪い。
気を取り直してシーマは文を書き直させ、シオンたちに託した。




