65話 俺よりイケメンになってはイケナイ
小太郎が起こしに来たので、愛の営みは中止となった。いつの間にか明るくなっている。ランタンは消え、窓から朝日が差し込んでいた。
ベッドでミリヤと親密な朝食をとりたいのを我慢して、シーマは従僕たちに支度を手伝わせた。行儀の悪い朝食はあとの楽しみに取っておく。
ベッドにいるミリヤは天蓋カーテンに隠れた。シーマが終わってから、侍女たちを部屋に入れてミリヤの身支度をさせる。
言葉を交わす時間はあまりなかった。
寝室を出て行く際、シーマはカーテンをめくり上げ、ミリヤにキスをした。彼女はもう、嫌がらない。
「朝食は一緒に食べよう」
それだけ言って出て行くつもりだったのに、腕をつかまれた。
しっとりした唇が耳に触れたあと、ミリヤの囁きにシーマは驚いた。
シオンたちの謁見の場に居させてくれと。登城した彼らの言葉を直に聞きたいというのだ。
シーマはミリヤのかわいい顔をまじまじと見つめてしまった。愛しい恋人はコクンと、うなずいてみせる。
城内では、すでにミリヤの存在は認知されつつある。嫌悪を隠し切れない者もいれば、当たり前に受け入れる者もいる。嫉妬、憧憬、羞恥、羨望──人の感情とは複雑である。感情の波に噂は乗せられる。外へ広まるのも時間の問題だ。
どのみち、ミリヤとの関係は明るみに出ることだし、隠しても仕方がないので承諾することにした。
息子たちはミリヤに軽蔑の眼差しを向けるかもしれないが、仕方のないことである。ミリヤには罪がないと、シーマは繰り返し訴えることになるだろう。カオルにとっては母を見限った裏切り者、シオンにとっては父をたぶらかしたアバズレだ。
仕事に追われ、朝の数時間は足早に逃げていった。
執務室で書類に目を通し、側近や大臣からの報告を聞く。区切りがついて、シーマが朝食にしようとした時、シオンとカオルが登城したとの知らせが入った。待たせて食後に話を聞くか、朝食を後回しにするか。午後の予定を押しても困る。なにより、早く情報を得たかったので、面会を許可することにした。
玉座の脇に椅子を持ってこさせ、そこにミリヤを座らせる。愛人ではなく、妃の扱いである。ミリヤは居心地悪そうに腰かけた。
王の間に入ってきたシオンは、少し変わっていた。いつも、品の良いおしゃれをしているのに、金糸と絹糸をふんだんに使った派手な装飾のダブレットを着ている。借り物の服のようだ。
頬の肉が少し落ち、顔つきも暗く、以前の能天気さが失われていた。
まず、痩せたシーマを見て、シオンは目をゴシゴシこすった。見間違いかと思ったのか。そんなことをしても、シーマの見た目は変わらない。
現実なのだと認識するまえにミリヤを見て、シオンは茫然自失となった。カオルに促され、なんとか玉座の前まで歩を進めるも、つまずいて転びそうになる。
「謁見を許可していただき、感謝申し上げます」
シオンの代わりに口上を述べたのはカオルだった。
「本日は母ディアナとサチ・ジーンニア……サウル王の使者として参りました。だいたいの話はご存知かと思い……」
「説明は不要だ、本題に入れ」
シーマはカオルには居丈高に接する。
細面の美男子は我が息子より目立つだろう。対等な立場になってからは、シオンを軽んじているのではないか。その証拠にシオンより半歩前に立っている。説明下手なシオンに代わって、しゃしゃり出てくるところも気に食わない。
カオルはひるまなかった。シーマの横に立つジャメルがうなずくのを見てから、深く息を吸い込み、視線をまっすぐに向けてきた。
「では、結論から申し上げます。母は陛下との和睦を望んでおります。母、陛下、エゼキエル王、サウル王、四者での会談に意欲を示しています」
しばし、言葉が呑み込めず、シーマは目を瞬かせた。
和睦の合意まではもしかして……と思っていた。だが、四者会談までディアナが了承するはずはないと高をくくっていたのだ。
安堵の溜め息を吐くジャメルの髭面は笑っている。微笑するミリヤの横顔に目を奪われ、シーマはひじ掛けに置かれた彼女の手を握った。
ミリヤのことがなければ、もっと狼狽しただろう。出方も考えた。他の三者が合意していても、シーマだけ反対した可能性もあった。
「筋書きを立てたのはサウル、サチ・ジーンニアか?」
「……はい」
カオルは少時、迷ってから答えた。シーマは微笑みの仮面を張り付ける。サチの思惑通りに事が運ぶのは気に食わない。
ミリヤがギュッと手を握り返してきて、我に返った。
この流れはシーマにとっても、ありがたいのである。ディアナが先に折れてくれれば、すべてを失わず愛を手に入れることができる。変な対抗心を燃やさず、気持ちを切り替えることにした。
「そうそう、紹介もせずに同席させてしまって悪かった。彼女も二人の話を聞きたがっていてね? 互いに顔くらい知っているだろう? ミリヤだ」
カオルはすぐに事情を察し、目礼した。一方のシオンは……
「み、ミリヤちゃん……なんで、そこに……」
状況を理解できず、ブツブツ何か言っている。シーマとは目を合わせてくれなかった。
──俺の見かけが変わったから、不安なのだろう。
犬猫は主が髪型を変えると別人かと思い、人見知りする。シオンもそれと同じだろう。赤毛と同じ色の目をキョトキョトさせるさまは動物的だ。シーマはさほど真剣に捉えていなかった。
「殲滅中のヘリオーティスの拠点にいたところを捕えた。今は単なる人質ではない。美しいだけではなく、聡明な女性だよ。隣に置くだけの価値がある」
本音をさらしてから、自分の物になってしまったミリヤを擁護しようと思った。ところが、
「もういい!! 俺は瀝青城に戻る!!」
シオンが回れ右をして、王の間から出て行こうとした。完全に拗ねてしまったようだ。
カオルがシオンの前に立ちはだかった。
「イアン! 逃げようとするな! サチに約束しただろ!!」
「うう……だって、ずるいじゃん! 権力を振りかざして、ミリヤちゃんを手に入れるなんてさ!」
「子供か! ちゃんと任務を果たせないようだったら、瀝青城には帰れない。君はこの城で保護されればいい」
シオンがカオルごときに従うとは思えなかったが、意外にもしぶしぶ向き直った。両頬を蜂に刺されたようなふくれっ面だ。物言わぬシオンをカオルが代弁した。
「見苦しいところをお見せしました。イアンは以前よりミリヤに恋心を抱いており、陛下とミリヤが親しくしているのを見て、嫉妬したのかと思われます」
身も蓋もない言い方をして、シオンに小突かれている。ひどい……これでは、シオンのプライドがずたぼろではないか。シーマは同情した。
しかしながら、シオンの心情を知ることはできた。美を愛する愛息子がミリヤに惹かれるのは当然の理だ。
まったく見当違いの心配をしていたと脱力してしまう。非難の矛先がミリヤではなく自分に向かうなら、願ってもないことである。亡き母を忘れて、別の女にうつつを抜かしてと責められるほうが困る。
「それは悪いことをした。だが、単なる戯れではなく、本気だということは伝えておきたい。ミリヤも俺の気持ちを受け入れてくれた」
残念ながら、シオンの怒りは簡単には収まらなかった。顔を赤らめ、三白眼でにらみつけてくる。この城にシオンが滞在していた一ヶ月間で築き上げた信頼関係が損なわれてしまった。脆いプライドを傷つけたカオルが悪い。
シーマは笑みを絶やさず、なだめようとした。そうだ、話題を変えればいい。
「シオン、おまえの言う通りにしたら、痩せられたんだよ? 服を作り直さなくてはならなくなって、衣装係はてんてこ舞いさ」
「くそっ……なんで、痩せてるんだよ……」
シオンは毒づいた。ここらへんの心境はわからない。努力が実ったと喜んでくれると思ったのだが。シーマはどうしたものかと頭を悩ませた。単純なようでいて、シオンは難しい。
シオンを落ち着かせたのは、カオルでもジャメルでもなかった。
小鳥のさえずりが隣から聞こえてきたのである。圧倒的な美貌の持ち主は声まで可憐だ。ミリヤが口を開いた。
「イアン様、カオル様。お二人と直接こうやってお話しするのは、初めてかもしれませんね。イアン様からはたびたび、優しいお言葉をかけていただいたのに、素直に応えられなかったことを心苦しく思っています。カオル様はディアナ様によく似ておられます。厚かましいかもしれませんが、赤の他人のようには思えないのです」
話し始めたミリヤにイアンとカオルは見入った。見とれるのは防ぎようのないことだとしても、シーマはそわそわする。
「わたしはディアナ様を今でもお慕いしております。裏切ったと捉えられても仕方のない状況ですけれど、両陛下にとって悪くない結果に落ち着いてほしいと願っています。誰かが死んで、悲しんで泣く姿はもう見たくないのです。お二人も同じ気持ちでしょう?」
イアンの顔から、怒りが抜けていく。シーマはミリヤの素晴らしさに舌を巻いた。荒れ狂う幼獣を瞬時におとなしくさせるなど、並大抵の技術ではできない。話術、精神性、洞察力……どれをとっても一流だ。ディアナの下では存分に力を発揮できなかっただろう。シーマは彼女の存在に早いうちから気づくべきであった。
「お願いいたします。どうか、陛下のお言葉に耳を傾けてください。どうすれば、皆が満足できるか話し合いましょう」
ミリヤの懇願にノーを言える男は獄吏を除いては、この世に存在しなかった。愛息子も多分に漏れず、つり上がった眉毛を下げ、聞く姿勢となった。




