61話 嬉しい知らせ
シーマは開き直ることにした。
ディアナの侍女を愛人として囲う。世間体は悪い。だが、幸いなことに口うるさいアスターはいないし、心の病を患うミリアム太后もおとなしい。
護衛の小太郎は、ミリヤのことを知らないので普通の愛人だと思ったようだった。塔へ通うことを当たり前に受け入れ、ミリヤがシーマと出歩く際は離れた所から見守った。おいおい、ミリヤの素性はバレるだろうが、その時はその時だ。
すべてを知るジャメルだけが、ミリヤを連れて主殿へ入るシーマに眉をひそめた。
果樹園の一件から、かなり緩くなっていたのは事実だ。シーマはミリヤを自分の私室に連れ込んで、食事を一緒にとることもあった。
朝の仕事を終え、朝食にしようと彼女を連れ出したのである。塔を上り下りするのは面倒だから、自分の寝室に住まわせてもいいとさえ思い始めていた。
王の間にて、午後の面会と会議の予定を聞いたあと、何か言いたげなジャメルの髭面に気づいた。
「なんだ? 言いたいことがあるなら言え」
「恐れながら申し上げますが、今朝の陛下の行動は危険を伴うのではないかと……」
「ミリヤのことか?」
「ええ。敵方の女を主殿に入れるのは、さすがに危機管理が甘いかと存じます」
ジャメルは率直に述べた。遠慮しないのはこの男のいいところだ。しかし、個人的領域には立ち入ってほしくない。
「今は敵ではないと言っても?」
「今後、敵ではなくなる可能性はあります。ですが、今の段階ではまだ敵です」
「あいにく、ミリヤはもう敵ではないのだよ。身体はボロボロで、戦士として戦うことも間者として暗躍することもできないのだ。それに、ディアナのことは見限っていて、俺を慕っているから問題ない」
俺の能力は知っているだろう。侮るなとシーマは高圧的に言いくるめようとした。
ジャメルは冷ややかだ。
「ディアナ様はミリヤの引き渡しを希望されるかもしれません。交渉する際、手をつけていては不利になるのでは?」
「ディアナと和解するつもりはない。シオンはまだ帰城しないな? うまくいかないのだろう。そろそろ、こちらから行動すべきか」
シオンのことを聞いてから、一週間ほど経っていた。これだけ長期間、帰ってこないのは心配である。
「和解する気がないのなら、なおさらミリヤに注意を払うべきではないですか?」
「うるさいなぁ……個人的なことには立ち入らないでほしい」
「相手が相手です。個人間のことで済まされなくなってきます」
アスターがこの男をそばに置けと言った理由が、今になってわかってきた。シーマが目を細くして、不機嫌な顔をしようがお構いなしに諫言してくる。アスターと同類で命知らずだ。
「わかった、わかった! 主殿内は自由に歩き回らせないし、俺がいない時は部屋から出さないようにする。それでいいな?」
納得していない証拠にジャメルは太眉を寄せていたが、通信係の学匠が文を持ってきたので、ひとまず休戦となった。
城に届いた文は学匠がまとめて管理し、危険がないか精査したうえ、献上する。封を開けるのは、側近の役目だ。
ジャメルは手早く重要な物とそうでない物に仕分け始めた。王の間で作業をする場合、可動式のテーブルが役立つ。手際よく文を確認するジャメルの手元を眺め、シーマはホッと一安心した。当面の間は仕事を理由にして、追及をかわすことにしよう。そう心に決めた。
小さな決心をしていると、不意に仕分けるジャメルの手が止まった。なにごとかと問いかけるまえに、ジャメルは神妙な面持ちで一通の文を差し出した。丁寧に巻かれた便箋を綴じているのは赤い封蝋だ。三つ首のイヌワシの刻印が押されている。
「ディアナか!?」
王家の刻印を使う者は限られている。ジャメルが封を切り、受け取ったシーマは注意深く文を開いた。
お手本のように整った字で書かれた流麗な文章が目に飛び込んできた。見たことのある筆跡。送り主はディアナではなく、シオンだった。文の日付は今日だから、早朝書いて送ったのだろう。文には、明日帰城すると書かれてある。王家の刻印を借りたのは、際立たせるためかと思われた。無印だと、読むのを後回しにする。
「無事でいてくれてよかった。アスターはついて来ないのか? カオルと二人で……と書いてある」
アスターが来ないとは妙な話だ。来ないほうがいいに決まっているが、腑に落ちない。シーマは首をかしげた。
「和解に向けての話し合いについては、いっさい書かれておりませんね?」
シーマから文を受け取ったジャメルがつぶやいた。ほら見たことかと、シーマは笑ってやる。ディアナの説得は失敗したに決まっている。
「シオンらしい。出て行ったことを慇懃に詫び、俺の体調を気遣っている」
「短期間でお痩せになったから、驚くでしょう」
「シオンの指導のおかげで痩せたということにしよう」
シオンの扱いはお手の物だ。褒めて受け入れて、存分に与える。単純だから助かる。
ヘリオーティスに監禁されていたということは、あのたいそうな剣も、グリンデル水晶のネックレスも奪われてしまったのだろう。形見のネックレスを失くしてしまったと、謝ってくるかもしれない。これに関しては、きつめに叱ってやらねばなるまい。あれはシーマにとっても大切な物だ。叱るのは少しだけにし、あとは自分なりに行動したことを評価して労ってやろう。
うまくいかず、うなだれるシオンを慰めてやらねばとシーマは張り切った。
苦笑するジャメルを尻目に、控えていた小太郎を呼び、シオンの部屋の掃除をさせろと命じる。その日はもう、ジャメルのお小言はなかった。
晩餐は大臣や騎士団長、大陸周辺の諸侯、その他来客と共にとる。誰もいない時はジャメルを呼んだ。体調が悪いと嘘をついて、部屋でとることにしたのは、浮かれていたからかもしれない。シオンが帰って来るのが嬉しかった。
寝室へは部屋を二つ通り抜けて、たどり着く。途中の部屋は小太郎が使ったり、朝食をとったりするのに使っていた。待合室、玄関に似た役割も持つ。補助的な部屋にもかかわらず、寝室本体より物が多く、華やかだった。
寝室の一つ手前の部屋に夕食を運ばせ、シーマはミリヤと向かい合った。小太郎を更に手前の部屋で待機させ、配膳係も追い出す。
生まれついての王族にはわからないだろうが、シーマは自分の空間を大切にしたかった。つねに誰かがいる状態は心を病ませるのだ。好きな女といる時ぐらい離れていてほしい。
毒を盛られる確率は高い。相手は前科のある女だ。以前、シーマが倒れた時の毒もミリヤが調合したものだろう。危険は承知している。
不用心なのは昔からである。恐れていては何も進まないし、誰からも愛されない。生命活動に危険が伴うのは自然界では当然のことだと思っている。恋愛が危険なことだと、学校でも教えたほうがいい。
持論をミリヤに語るなんて、愚かな真似はしなかった。どんなことをしたら女に嫌われるか好かれるか、シーマは知り尽くしている。




