58話 援軍を出す
シーマは自分が国王だとあっさり認めた。今の段階で隠し通すのは無理だ。
ミリヤはしばらく狼狽していた。彼女の中でどんな葛藤が生まれていたのか、想像に難くない。能力を使わずとも、シーマの脳裏にはありありと浮かび上がってきた。
まず、ディアナを追いやった仇敵が目の前にいると敵意を剥き出しにし、冷静にならなければと自制する。なんとか憎の感情を抑え込もうとするだろう。ミリヤはこう考えるはずだ。シーマを利用して再起を図ろうと。
シーマは自分に惚れている。かわいそうな女を演じ、もっと脱走しやすい環境に置かせてもらう。いや、ここから逃げても、ディアナは使い物にならなくなった自分を受け入れないかもしれないし、もっと役に立てる方法がある……
「どうした? そんなに驚いたか? 顔は知っているだろうに、気づかないとはマヌケだな?」
「……あっ、ああ……そんな……陛下は雲の上の存在です。間近でお顔をじっくり拝見するなんてことは、叶いませんでしたから。恰幅の良い状態から徐々にお痩せになられましたし、まさかご本人がいらっしゃるとは……」
ミリヤは言葉遣いを改め、恥ずかしそうにシーツで身を隠し、うつむき加減に話した。なかなかグッとくる演出だが、本性ではないと丸わかりである。これまで通りで構わぬと伝えそうになり、シーマは言葉を呑んだ。手玉に取っていると思い込ませていたほうが都合いい。どうせ、この女はディアナの呪縛から逃れられない。騙されているふりをして、騙すほうがヴィナスに対する罪悪感も薄れる。歪な形であれば、愛し合うことができる。
そうだ、これは好きな女との逢瀬ではなく、罰を与えているのだ。宿敵に体を弄ばれる女の心の内は生き地獄だろう。
「知らなかったとはいえ、おまえは数々の無礼な言動をとってきた。罰を受ける覚悟はできているか?」
「申しわけございません。わたし……きっと、飲まされたお薬のせいで頭がどうかしていたんだと思います……どうか、お怒りを鎮めてください」
涙ながらに許しを請うミリヤは別人だった。男を思い通りに動かすためなら、しおらしくもなる。か弱さを前面に押し出してくる。シーマは女に接待を続けさせようと、冷たい態度を取った。
予定が狂ったのは、ベッドに赤いシミが広がっていたからだ。ミリヤは出血していた。
無体を働いたせいで、傷が開いてしまったのかもしれない。彼女は痛みを堪えて行為に及んでいたのである。
「ご、ごめんなさい。ベッドを汚してしまいました」
唇を震わせ、うなだれる姿は演技ではなかった。薄明かりではわかりにくいが、顔色も悪いかもしれない。表面的なケガは治しても、奥がどうなっているかまではわからなかった。
シーマはミリヤの拘束を解き、階下の窓のある部屋へ移動させた。逃げられはしない。足の腱は切られていて歩くのには補助が必要だし、霊力と魔力を封じる薬を飲ませている。医者を呼び、診せることにした。
†† †† ††
どれほど過酷な責めを受けたのか。ミリヤの膣と子宮は一度裂けており、傷が塞がっても妊娠出産はできないと伝えられた。シーマは医者の診断に凍りついたあと、ヴィナスに対する罪悪感が和らいでいくのを感じた。
ヴィナスはシオンを儲けることができたが、ミリヤにはできない。すでに充分、罰を受けただろうとシーマは安堵した。安堵してから、
「でも、彼女はあなたに愛される」
と、ヴィナスの声が聞こえた気がして、背筋が寒くなった。
だが、ミリヤのもとへ足が遠のいたのは、それが理由ではない。
アスターから文が届き、シオンが青い鳥のもとにいるとわかった。ヘリオーティスに監禁されていたのを、アスターの手の者が助けたのだという。これで、シーマは援軍を出さざるを得なくなった。
明記されていなくとも、アスターはシオンを戦わせるに決まっている。弱く、愚かなあの子を危険な戦地へ放り込むだろう。戦闘能力が高いからといって、戦闘に向いているとは限らないのだ。戦場では利用されるだけ利用されて、心も体もボロボロになる。誰かが守ってやらねば。
開戦の期日は迫っており、猛烈に忙しくなった。援軍に向かう騎士たちの調整、模擬訓練も必要となってくる。シーマは責任を持って彼らを監督し、隊長として抜擢したジャメルと打ち合わせを重ねた。丸二日、睡眠はろくに取れず、彼らを送り出した三日目は一日休み、緊張して現地からの報告を待った。ちなみに、時間の壁は魔女のリゲルが通れるようにしてくれるとのこと。そう伝えられても、不安は拭い去れなかった。
エゼキエルが勝利したと、報があったのは一週間後。シオンのことは文に書かれてなく、シーマは心配した。
何かあったのでは?──アスターのことだから、別の意図があってわざと知らせないことも考えられる。
シオンはどうしている、早く返せと再三、文を送っているうちに十日が過ぎ、騎士たちが帰ってきた。
今度は報告を聞くのに半日費やす。
損失はまったくのゼロだった。終戦間際に行かせたのもあって、激戦には参加しなかったようだが、恩を売ることはできた。ケガ人は全員エゼキエルが癒したらしい。そのうえ、グリフォンを魔瓶に入れて返してくれた。
「エゼキエル王は親しみやすく、穏やかな方でしたよ。前世で陛下と決裂されたとはいえ、現世では共闘されたいとおっしゃっていました。和解されたいと」
報告するジャメルの口調が堅いのは、王の前だからである。普段はもっと汚い言葉遣いで話しているらしい。
「ユゼフに似ていました。本人だから当然といえば当然ですが、純朴で優しいです。私にも気さくに話しかけてくださいました」
シーマはジャメルの報告を鼻で笑った。前世でエゼキエルがしたことを知って、それでも同じ感想を述べられるのかと思う。エゼキエルは平気で妖精族を喰らう。故郷を見捨て、かつての仲間が殺戮されることを許した冷血漢だ。彼にとって、妖精族は家畜と同じである。
そもそも、人間との戦いを始めたのはエゼキエルだった。闇に堕ちる直前、光の力をイシュマエル(シーマ)に譲渡する際、彼は民を守るためだと言ったのだ。その後の手のひら返しに、イシュマエルはどれだけ絶望したことか。
ジャメルのよく整えられた髭面を眺めているうちに、思い当たった。
──ああ、こいつは魔属性の亜人だったな
魔属性の者たちにとって、エゼキエルは神に等しい存在だ。連中は魔王を崇拝している。
「エゼキエルが前世と同じく、愚鈍だということはわかった。ドゥルジを倒したということは、多少は利用価値があるのだろう」
シーマは嫌な言葉の返し方をした。いつもはこんなことをしない。シーマは優秀なジャメルを気に入っていたし、信頼もしていた。エゼキエルを高評価されたことが、腹に据えかねたのだ。
ジャメルは動じなかった。太い眉を少し動かした程度だ。カワウ人らしい濃い顔立ちをしている。
「そんなことより、シオンはどうした? 無事なのか?」
「イアンはヘリオーティスに手酷く拷問されたと聞きました……」
「なんだと!? シオンを監禁していたヘリオーティスの情報は得たのか??」
シーマは思わず、玉座から立ち上がった。シオンを傷つけたヘリオーティスを同じ目に合わせなければ、気が済まない。
「残念ながら、誰かってことまでは、わからないですね……でも、大丈夫です。私たちが帰るころにはだいぶ回復していましたから」
「大丈夫なわけがなかろう。シオンは繊細なのだ。ヘリオーティスの件は調査させろ。絶対に許さない」
シオンが直接戦闘には参加しなかったと聞いて、シーマは胸をなでおろした。ドゥルジ側にいた恋人を失い、嘆き悲しんでいた話はどうでもいい。問題はシオンが、今どこで何をしているかだ。
詰め寄ると、ジャメルは言い淀んだ。言いにくいのか。何か隠している?──シーマは触れてジャメルの心の中を調べてみようかとも思った。しかし、せっかく築いた信頼関係を失いたくない。気まずい沈黙が流れた。シーマのイライラは限界を越えそうになる。
やがて、ジャメルは心を決め、キッとシーマを見据えた。
「イアンはカオルと瀝青城へ向かいました」
「は!?」
聞き間違いかとシーマは思った。




