徒歩30分
自宅までどのくらい歩くんだと、柊が言うと、30分と、昊星があっさりと言った。それを聞いた柊は、愕然とし、ムンクの”叫び”状態になった。
ノーを突きつけられることはわかっていたが、それでも一応、タクシーにしようぜと言ってみた。昊星も友には気遣い、そうしようぜと、言ってくれるのではないかという希望的な期待感からのものであったが、昊星から返ってきた答えは、やはり、期待外れの、”ノー”だった。
ギラギラと容赦なく照りつける太陽。拭けども拭けども、噴出してくる汗。ここまでどのくらい歩いてきたのか、気になって腕時計を見たが、長針の動きが鈍いのか、そんなに経過しているようには思えなかった。
「まだか?」
と、柊が声をかけた。
「後少しだ」
と、昊星が言った。その背中が、更に小さくなったような気がした。
柊にとっての足は、徒歩でも自転車でもなく、車なのだ。車はないからタクシーで。タクシーなら、アッという間に到着する。それを態々歩くのか、昊星の気持ちを柊は理解できなかった。
「後少しってな、校門を出てからずっと後少しじゃねえか」
「後少しだから頑張れ」
「頑張れの他にねえのかッ」
「ファイト!」
と、昊星が背中を向けたまま片手を突き上げた。
昊星の歩き方は、いずれかの足が常に地面から離れないようにして歩き、前足は着地の瞬間から垂直の位置になるまで、真っ直ぐに伸びている。ウォーキングの歩き方というよりは、競歩の歩き方そのものだった。
膝が痛むと言い訳がましく言っては、足を止め、痛くもないのにワザとらしく膝を摩る。そうすれば、昊星が振り返って、タクシーにするかと言ってくれるだろうと、希望的な期待感を抱いていたのだが、昊星の背中は振り向くこともなく、ただ遠退いていくばかりであった。
車道を一台のタクシーが通り過ぎて行った。
すぐさま路肩に駆け寄ると、タクシーがこちらに向かって走ってくるのが見えた。逃してなるものかと、柊は挙手した。同時に、
「着いたぞ!」
と、昊星の声がした。柊は、手を挙げたまま声の方を見遣った。
昊星が立ち止まって、こちらを向き、建物を指差していた。
柊はタクシーが停車したのと同時に、その方に向かって走り出した。
正面玄関から飛び込んでくるなり、柊はエレベーターの上りのボタンを押した。
その後ろから、昊星がやってきた。
「エレベーターじゃなく、階段だよ」
と、傍を通り過ぎる際に言った。
「ええッ!?」
と、柊は再びムンクの”叫び”状態になって、いやだとばかりに頭を何度も何度も振った。
昊星は、足を止め振り返って言った。
「姉貴は、こんなに歩いても階段を駆け上がっていくぜ」
「何ッ」
と言って、柊は背筋をピーンと伸ばして駆け出し、先を行く昊星を追い抜いて、階段を駆け上がっていった。
昊星は、可笑しそうにクスクスと笑った。




