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Vanitas vanitatum  作者: イヲ
第三章
9/56

笠松・1

外に出ると、冷たい風が容赦なく駆けている。

真は帽子をかぶり、眼鏡をして観世水邸を出た。

せめて、目立たぬようにとの配慮だが、真は人ごみを避けている。それは、人間がたくさんいるところは危険だと籬が判断したからだ。

真自身も人ごみを通ることは苦手としているからか、籬の配慮を(配慮と呼べるかどうかは分からないが)素直に受け止めた。


秋の夕刻特有の、薄藍の空が電灯がない道を照らしている。


二人分の足音が寂れた商店街に響く。

籬は鶴丸の柄に手をかけたまま、真を視界から決して外すことなく、ただただ付き従うように歩いていた。


「三角写真館」


と書かれた、今にも落ちそうな看板を確認して、古めかしいドアを引く。

からん、とベルが鳴り、奥からのっそりと年老いた男が出てきた。

白髪がほとんどで、しわくちゃの顔をしている。

それでも眼鏡の奥の目はしっかりとしていて、理性がともっていた。


「おや、こんにちは。真坊ちゃん」

「坊ちゃん、はやめてよ。あの、これ、おねがいします」


カメラを男に渡すと、彼は子どものように笑みを浮かべ、「おおう」と感動したようにカメラを持ち上げた。


「…おや?」


今初めて気付いた、とでもいうかのように、男は籬を見つめた。

黒髪に、ひどく整った顔立ち。

わずかに切れ目をしていて、薄いくちびる。

白磁の肌に、梅紫の目。

黒い外套のようなコートをきっちり着込み、黒いブーツを履き、腰には軍刀を下げている。


男は目を白黒させて、眼鏡をしきりにあげさげした。


「これは驚いた。わしが見てきた中で、いちばんの色男じゃわい。肌もすべすべ。若いっていいのう」

「…理解できない。自分は――」

「こりゃいい。真坊ちゃん。そこの色男。一枚どうじゃね」


籬の言葉を無視して、まるで興奮しているように両手を握りしめている。


「い、いいよ。おれは、フィルムを現像しにきただけだから」

「おおう、そうか。そうか。残念。無理にとは言いますまい。じゃあ、フィルムを預かるとしようか」

「うん」


カメラを渡すと、男は現像をするために現像室へ入っていった。

真は寂れた写真館を観察するように、まわりを落ち着きなくみわたしている。

籬と視線があうと、眼鏡の奥の目がすこしだけ細められた。


「どうしたの?」

「問題ない」

「?」


何が問題ないのか分からないのかと首をかたむけるも、問題ないのなら問題ないのだろうと自己完結する。



真は、何も知らない。

純粋に、ありのままに、世界を映している。その、赤い目に。

御曹司と言う名目で、大事に大事に日常と切り離されているその子どもは、あまりにも何も知らなさすぎる。


だからこそ、危険だ。

なにも知らないということは、真っ白な画用紙に、何色でも染められるということだ。

黒にも、無論、白のままにでもなれる。

その危険性は、真の父親、高峯、そして兄である琳にしか分からない。


人間の内情など、籬はどうでもよいことだ。

ただ、真を守る。

守るために戦う。ただ、それだけだ。

いたってシンプルで、いたって無慈悲な。


この構造。




現像されるまでの間、真と男は談笑していた。

籬はそこには入らず、ただ淡々とときおり通る人間を、遺物か否かを判断するため、常に鶴丸に手をかけている。


「・・・」

「籬?」

「どうした」

「ううん。ぼうっとしてたから、体調悪いのかとおもった」

「理解できない。自分に体調と言うものは存在しない」


黒く、冷たい髪の色がわずかな照明で反射した。

梅紫の、きれいな、人工的に作られた、照準器の目。

真にはないものを、籬は持っている。

だが、彼には「うらやましい」という感情はない。

そこまで「教えてもらっていない」のだ。


ヒトは、学ぶ。

一足す一は二、から学ぶように、それを応用することができる。


真はそれができるものの、ひどく時間がかかる。

人の倍、否、それ以上に。

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