笠松・2
それは、瞬間だった。
耳鳴りのような音が鳴り響いたあと、琳はそこにいた。
黒いロングコートを着込み、眼鏡の奥の目は閉じられている。
はたから見れば、その手に持つものはただの白く、木で出来た杖。それは仕込みの日本刀だった。
うしろには気を失い、倒れている女子高生らしき少女。
そして、琳の目の前には、遺物が、否、遺物だったものが鉄くず、或は肉片になって転がっていた。
「・・・」
真一文字に結ばれたくちびるが、わずかに開く。
それは声にはならず、ただ夜の静かな闇に、蝶のように溶けていった。
彼が立ち去ったあと、すぐに五室の人間数名が遺物だったものを跡形もなく、血痕さえも拭い去り、処理をしてゆく。
倒れた女子高生は遺物に遭遇した事も忘れ、ただ呆然と病院のベッドの上にいたという。
観世水邸についた琳は、真っ直ぐに父である高峯の奥座敷へと向かった。
「唯今戻りましてございます」
「…ご苦労だった。して」
「はい。遺物を一体発見し、その後いつもどおり、処理をいたしました」
「そうか。了解した。…琳。おまえ、籬を見たか?」
「ええ。見えずとも、分かります。どうやら、葵重工の合成人間だと」
高峯は重くうなずき、琳へと真っ直ぐに視線をおとす。
「合成人間などが、真を守りきれるとでもいうのですか」
「…否とも、是ともいえぬ。まだ、私も合成人間の稼働率を理解しているというわけではない」
「では、何故…」
「おまえも忙しくなる身だ。今までのように真を守ることだけに集中することもできないだろう。とはいえ、分家からの者では、信用できぬ」
琳は、これから第六室室長となるため、長きにわたる準備期間が必要になる。
彼は高校の教師をしながらも、第五室の補佐をもこなしてきた。
――最近はひどいものだ。
毎日のように遺物に人間を殺されている。
埒が明かないというのもある。
しかし、守らねばならない。
人類を、次の世代に渡すために。
これは、お役目なのだ。
高峯のもとから下がり、琳は暗く、明かりも何もない廊下を歩む。
たどり着いたのは、真っ黒に塗りつぶされた襖。
そのむこうに、真はいる。
そ、とその襖に手をあてた。
開けるつもりはない。ただ、触れるだけだ。
「何者」
いつの間にか、琳の真後ろに籬が立っていた。
暗視モードに切り替えられている目は、ぴったりと琳へとむいている。
琳は静かに振り返り、籬を「見る」。
「…貴殿は…」
「ああ。二度目ですね。あなたに会うのも」
「主の兄君と見受けする。この夜更けに、何を」
銀フレームの眼鏡の奥にある目を開き、しずかに笑った。
暗がり。
この二人には、暗さや明るさなど、関係がない。
籬は合成人間なのだから、明るさや暗さなど関係ない。
しかし琳は、『最初から見えていない』。
彼は盲目だからだ。
明るさや暗さなど、最初から持っていない。
幼いころ、遺物に襲われて目を潰された。
それからは目では見ずに、全て『感覚』『音』だけで周囲を認識している。
異常に『第六感』というものが発達したのだ。
「弟の様子を見に来てはいけないのかな?」
「・・・」
「警戒するのは、感心しますね」
ふっ、と風がなびいた。




