六合・3
「なんだと!」
狭霧は声を荒げ、エ霞を睨みつけた。
エ霞もひどく狼狽している。
(おいおい、どういうことだよ、これは……。)
胸中はおだやかではない。
狭霧の表情はひどく強張って、いつものような優しい面影などどこにもなかった。
「……偵察に行ったら、このザマだ」
「なんてこと……。ほ、本当に……」
「ああ。イザヤが破壊されていた」
狭霧の体が震えている。
怒りか、憎しみか。エ霞にはそれは分からない。
だが、彼女は「その手で」イザヤを壊したかったのはエ霞自身も分かっている。
「……分かったわ。今から、あの場所へ行きます」
「真と琳はどうする」
「彼らの意思を尊重してあげて。イザヤが破壊されたとなれば、五室も執行部隊も無傷ではないでしょうからね」
もしかすると、高峯でさえ殺されている可能性もある。
五室、そして執行部隊を抑えられる組織があるならば、『六合の皆元』しかない。
「……まさか、相手は」
「ああ、そのまさかだ。相手は六合の皆元……この国に根付いている裏の裏さ」
裏の裏。
それは表ではない。
裏のその裏は、――煌きと、真闇。
天の輝きと、深淵の闇を持つその組織の『力』。
「行きましょう」
「了解」
病室にいた真と琳は突如現れた狭霧と、三人の合成人間たちにほぼ強制的に車に乗せられた。
「……え?」
リムジンのような大きな車に乗った真は、言葉を失う。
「イザヤが、壊された……。それは、一体」
「琳君。あなたは、六合の皆元という組織は知っているかしら」
「……はい」
「くにの、みなもと……」
(確か、あの女のひとは六合の皆元と言っていた。どうして、その人たちがイザヤを破壊するのだろう。)
現実と夢の狭間のような場所に、たしかにあの人はいた。
――すべての意思を守るため――
そう言っていた。
だが、イザヤは違う。
意思など、関係ない。
逆に言えば、意思があってもなくても関係ない代物なのだ。
なぜなら、イザヤはただの『機械』なのだから。
「真?」
「女の人が、言ってたよ」
「……何故、知って……」
「夢でね、約束をしたんだ」
琳の表情がわずかに強張る。六合の皆元のことを知っているのだろう。
それに、おそらくその女の人のことも。
きいっ、
ブレーキを踏む音が聞こえて、がたんと車体が揺れる。
「どうしたの?」
「も、申し訳ありません社長。この先、どうやら通行止めのようです」
「……そう。確かここからすぐ近くに、五室があるのよね」
「はい。200メートルほどで着くとは思うのですが……。どうされますか?」
「なら、歩いていくわ。いいわよね、真君、琳君」
頷くと、勝手に扉が開いた。
人払いもされていたら、もしかすると入る事さえできないかもしれないけど。
籬と睡蓮を先頭にして、ビルとビルの間を抜けてゆく。
「……父さんたち、大丈夫かな……」
琳には聞こえぬよう、独り言を呟いた。
たとえ、真自身をイザヤのための生贄としか見ていなかったとしても、真にとってはただ唯一の父親だ。
嫌いにはなれない。
兄である琳のように憎むだけ憎めたなら、それは楽なのだろうが。
それでも、高峯は真の為に体術を教えてくれた。忙しいなかで、時間を割いてくれたのだ。
「……さて、凶と出るか吉と出るか、ね」
ごくごく普通のビルの地下に、五室と執行部隊の研究所はある。
ビルのエントランスには、武装した兵士が佇んでいたが、琳と真を見てうろたえ始めた。
「少々、お待ちください」
無線で何かを話している。ということは、たぶん高峯たちは無事なのだろう。
「どうぞ、お通りください」
ガスマスクをしているからか、その人たちの表情は見えなかったが、わずかに恐怖している事は震えていた声で理解した。
エントランスを抜けると、そこは真っ暗闇だった。
明かりなどどこにもない。
それに、焦げ臭いにおいもする。
思わず顔を顰めると、そっと琳が手を繋いでくれた。
「?」
「大丈夫です」
「……ん」
いつも使っていたエレベーターが壊れている所為で、階段を使うしかない。
頷いて、手すりを手で掴んで慎重に歩く。
「まったく、大変な事になったわね。ある意味肩透かしよ」
「睡蓮、滅多なこと言うんじゃねぇって。狙撃されるぞ」
「ちょっと、さらりと物騒な事言わないでよ」
小さな声で言い合う二人の声を聞いていると、不安な思いもわずかに浮上してきた。
すこしだけ、笑う。
「気をつけてください。この先が、イザヤがある部屋です」




