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Vanitas vanitatum  作者: イヲ
第十話
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六合・3

「なんだと!」


狭霧は声を荒げ、エ霞を睨みつけた。

エ霞もひどく狼狽している。


(おいおい、どういうことだよ、これは……。)


胸中はおだやかではない。

狭霧の表情はひどく強張って、いつものような優しい面影などどこにもなかった。


「……偵察に行ったら、このザマだ」

「なんてこと……。ほ、本当に……」

「ああ。イザヤが破壊されていた(・・・・・・・)


狭霧の体が震えている。

怒りか、憎しみか。エ霞にはそれは分からない。

だが、彼女は「その手で」イザヤを壊したかったのはエ霞自身も分かっている。


「……分かったわ。今から、あの場所へ行きます」

「真と琳はどうする」

「彼らの意思を尊重してあげて。イザヤが破壊されたとなれば、五室も執行部隊も無傷ではないでしょうからね」


もしかすると、高峯でさえ殺されている可能性もある。

五室、そして執行部隊を抑えられる組織があるならば、『六合の皆元(クニノミナモト)』しかない。


「……まさか、相手は」

「ああ、そのまさかだ。相手は六合の皆元……この国に根付いている裏の裏さ」


裏の裏。

それは表ではない。

裏のその裏は、――煌きと、真闇。

天の輝きと、深淵の闇を持つその組織の『力』。


「行きましょう」

「了解」







病室にいた真と琳は突如現れた狭霧と、三人の合成人間たちにほぼ強制的に車に乗せられた。


「……え?」


リムジンのような大きな車に乗った真は、言葉を失う。


「イザヤが、壊された……。それは、一体」

「琳君。あなたは、六合の皆元という組織は知っているかしら」

「……はい」

「くにの、みなもと……」


(確か、あの女のひとは六合の皆元と言っていた。どうして、その人たちがイザヤを破壊するのだろう。)


現実と夢の狭間のような場所に、たしかにあの人はいた。


――すべての意思を守るため――


そう言っていた。


だが、イザヤは違う。

意思など、関係ない。

逆に言えば、意思があってもなくても関係ない代物なのだ。

なぜなら、イザヤはただの『機械』なのだから。


「真?」

「女の人が、言ってたよ」

「……何故、知って……」

「夢でね、約束をしたんだ」


琳の表情がわずかに強張る。六合の皆元のことを知っているのだろう。

それに、おそらくその女の人のことも。


きいっ、


ブレーキを踏む音が聞こえて、がたんと車体が揺れる。


「どうしたの?」

「も、申し訳ありません社長。この先、どうやら通行止めのようです」

「……そう。確かここからすぐ近くに、五室があるのよね」

「はい。200メートルほどで着くとは思うのですが……。どうされますか?」

「なら、歩いていくわ。いいわよね、真君、琳君」


頷くと、勝手に扉が開いた。

人払いもされていたら、もしかすると入る事さえできないかもしれないけど。

籬と睡蓮を先頭にして、ビルとビルの間を抜けてゆく。


「……父さんたち、大丈夫かな……」


琳には聞こえぬよう、独り言を呟いた。

たとえ、真自身をイザヤのための生贄としか見ていなかったとしても、真にとってはただ唯一の父親だ。

嫌いにはなれない。

兄である琳のように憎むだけ憎めたなら、それは楽なのだろうが。

それでも、高峯は真の為に体術を教えてくれた。忙しいなかで、時間を割いてくれたのだ。



「……さて、凶と出るか吉と出るか、ね」


ごくごく普通のビルの地下に、五室と執行部隊の研究所はある。

ビルのエントランスには、武装した兵士が佇んでいたが、琳と真を見てうろたえ始めた。


「少々、お待ちください」


無線で何かを話している。ということは、たぶん高峯たちは無事なのだろう。


「どうぞ、お通りください」


ガスマスクをしているからか、その人たちの表情は見えなかったが、わずかに恐怖している事は震えていた声で理解した。


エントランスを抜けると、そこは真っ暗闇だった。

明かりなどどこにもない。

それに、焦げ臭いにおいもする。


思わず顔を顰めると、そっと琳が手を繋いでくれた。


「?」

「大丈夫です」

「……ん」


いつも使っていたエレベーターが壊れている所為で、階段を使うしかない。

頷いて、手すりを手で掴んで慎重に歩く。


「まったく、大変な事になったわね。ある意味肩透かしよ」

「睡蓮、滅多なこと言うんじゃねぇって。狙撃されるぞ」

「ちょっと、さらりと物騒な事言わないでよ」


小さな声で言い合う二人の声を聞いていると、不安な思いもわずかに浮上してきた。

すこしだけ、笑う。


「気をつけてください。この先が、イザヤがある部屋です」

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