六合・2
「……見つかったのでございますね?」
その少女は目覚め、そうしてささやいた。
「はい」
御簾のむこう。
緋袴に白衣を纏った少女は確かに頷く。
「彼は、混沌の街――東京にいます」
「……真?」
花瓶の花を換えようと病室から出た後、戻ってくるとそこにいた筈の真の姿がなかった。
正確には、「気配がない」と言ったほうがいいだろう。
ただ、冷たい風がカーテンをゆらせている。
「兄さん?どうしたの」
後ろから声がした。あれから二日しかたっていないというのに、もう動けるのか。
花瓶を机の上に置き、安堵の息を吐き出す。
「寒いでしょう?窓、締めますよ」
「うん。寒いけど、でもあったかいところにいすぎても、身体がなまっちゃうから」
「……あなたは」
「?」
あなたは、戦うつもりですか。
問うと思った言葉は、無意識的に呑み込んでしまった。
戦って、傷つくのは、琳やあの合成人間たちだけでよかったというのに。
そう伝えても、彼は納得しないだろう。
そういう子なのだ。
「いえ、……真。そういえば、最近、きちんと勉強をしていますか?」
「ぅえ。え、ええっと……」
「……していないようですね。いいでしょう。せっかくゆっくりできるのですから、私が直々に勉強を教えて差し上げます」
真が冷や汗を垂らせている姿が容易に想像できる。
逃げようと、背中で壁を這う姿も。
「待ちなさい」
「ぐえっ」
走り出した真の襟を掴むと、蛙がつぶれたような声をたてたが、これは逃げる方が悪い。
「ど、どうしたの真!今、蛙がつぶれたような声が……って、あれ?」
「主、どうし……」
琳の手のなかで、猫の首を持っているかのような姿を見て、睡蓮と籬が言葉を失った。
「ちょ、ちょっと、一体どういう……」
「ええ。最近、勉強をしっかりとしていなかったようですので、見ようとおもっていたところです。ああ、あなたたちも見てもらいたいのでしたら、ここで……」
「うええっ!勘弁!!私らは頭を使うより、体を使った仕事のほうが向いてるから!」
「そう遠慮しないでください」
睡蓮は、籬の襟首を掴んで、信じられない速度で逃げ帰ってゆく。
何をしにきたのか。
大方、真の顔を見に来たのだろうが。
「……ふふっ」
真の、ちいさな笑い声。
それを聞いて、襟首を掴んでいた手を離す。
白い髪が、ちいさく揺れていた。
「真?」
「はは、おかしい。兄さんと話してきたなかで、いちばんおかしいよ」
涙を浮かべながら笑う真は、まだ痛むのだろう、腹を押さえて苦しそうにしている。
「……そうでしょうか?」
「うん。でも、きっとこれからは、たくさん笑いあえるよね?おれ、兄さんと色んな話をしたかったんだ」
「……」
胸のうちがわが、じくり、と痛んだ。
目を伏せ、拳を握りしめる。
「あ、えと、……ごめんなさい」
沈黙してしまった事で自分が悪いと感じてしまったのだろう。
琳はかぶりを振って、そうっと真の右手を取った。
「……?」
「謝らないでください。私は、……」
その先の言葉は、言ってはならない。
禁忌だ。
――とられちまうぜ。
俺みたいな、わるーい狼にさ。
「私、は……」
「兄さん、どうしたの?どこか、痛い?」
――痛む。
痛むのは、心だ。
だが、言えるわけがない。
「ああ、何でもありません」
「……おれじゃ、駄目?おれじゃあ、兄さんの役にたたない?」
真っ赤な瞳。
それがまっすぐに琳を見上げている。
言ってしまえ。
言ってしまえば、楽になるだろう?俺が。
そんな事は出来ない。
自分のためだけに、その言葉を放つことは許されない。
「兄さん?」
そうっと、真の背に手をまわす。
硝子の破片に触れるように、わずかな力で。
「変わらないでください」
「……え?」
「あなたは、……あなただけは、変わらないでください。そのままで、どうか」
「にい、さん?」
僅かに困惑したような声。
それでも、琳は続ける。
「人の為に悲しみ、人の為に怒り、人の為に戦う。それはひどく尊い事です。どうか、それを忘れないでください」




