宴・6
高峯の槍は月の光を受けて、死神の鎌のように煌いた。
「……」
その煌きを辿る道筋をただひたすらに避け、宙を舞う。
巨大な力の前に屈せず、ただただ己の為に戦う、その姿。
(――見事。)
すばしっこい動きでは、槍などの長物のリーチをすべて計算されてしまっていた。
真をここまで『強めた』のは、高峯自身だ。
モノを使い、戦うことを拒否した真はすべて、おのれの力のみで戦う事を望んだ。
左足に重心を置き、ぐるりと反対へ槍を薙ぎ払う。
だが、そこには既に真の姿はなく、高峯の後ろに回っていた。
回っただけではない。
すでにそこから動いていた。
――左腕を使わず、ただおのれの身一つで。
槍を突き出す動きさえ読まれ、真は高峯の懐にかいくぐるように、突き蹴りを顎に向けて放った――が、それは槍の柄によって止められた。
そこで生まれた力をバネに、真が後ろへ跳ぶ。
「……」
高峯は、ふいに足元の違和感に気付いた。
横目で見下ろすと、そこには穴が開いていた。穴が開き、コンクリートがぼろぼろになっている。
それほどの強い力で足技を受けたのだ。
「!」
今更、手が痺れてくる。
高峯はそれを驚愕したが、ここで立ち止まるわけにはいかない。
「しかし、言っただろう」
ぜいぜいと肩で息をしている真は、すでに体力をほぼ奪われていた。
「動かねば、敵は倒せない、と」
「……」
いまだ齢15。大人の、それも男の体力とは比較にならないことを、真は最初から知っていた。
だから、――否、だからといって、それに甘えるわけにはいかない。
決して、
屈しない。
とっ、という、僅かな足音。
高峯が、崩れているコンクリートから足を踏み出した音が、真の耳に届いたときは、すでに――遅かった。
「……ッ!!」
その槍は特別銘があるわけでもない。
ただの槍だ。
しかし、一点だけ違うものがある。それは、槍を扱うものの純粋な力。
まるでカマイタチに切られたかのように、真の身体が肩から逆の腰まで、ばっさりと斬られた。
籬さえその動きは読めなかった。
真の体に槍の刃は触れず、ただその風を切る力のみで、切り裂かれたのだ。
「真ッ!!」
琳にも分かったのだろうか。
その、細い身体が地面に叩きつけられる様子が。
大量の血を撒き散らせながら、倒れた。
籬も琳も、ただそれを凝視するしか許されていない。
高峯の槍が、がらん、と音をたてて地面に落ちた。
それは失意からではない。
真の力によるものだ。
「く……っ」
呻いて、高峯はおのれの手首を抑えている。
「真、真……!!」
その声で我にかえった籬は、真の体を支える琳の元へ駆け寄った。
ブーツの裏に、血液が付着する。それでも構わない。
「ぅ……」
僅かに呻いて、目をぼんやりと開く。
うろうろと視線を動かした後、まっすぐに琳の顔を見上げた。
「にいさん?」
「……真」
「だいじょう、ぶ。まだ、戦える、から……」
真の身体がわずかに揺れて、立ち上がろうとしている。
「主。駄目だ、動いては」
「おれは、まだ戦える、戦える、から……離して」
琳の腕を振り払うように立ち上がった真は、それでも目は月の光に反射し、煌く。
手首を押さえて呻く高峯は、目を見開いて驚愕の表情を浮かべていた。
「……まさか……あれを受けてもなお、立てるというのか……!」
「おれ、は……諦めない。……おれは、おれを、諦めない……」
殆ど声になっていないが、琳と籬の耳朶にはそれは、確かに聞こえていた。
真は、何もかもを諦めていたのだ。
自分の事さえ、自分自身の命さえ。
世界に絶望する事もせず、父や兄に失望する事さえせず、ただただ呼吸をしていた。
足を引き摺りながら、なお立ち向かう真の姿。
今ならば、高峯は槍を使わずとも真を殺せるだろう。
それでも、『その気』にさせないのは、なぜか。
それは、圧倒されていたからにほかならぬ。
「……見事だ。真」
高峯は今の今まで、父親として、真を『自分の子供』と思ったことはなかった。
そう見ること自体、罪だったからだ。
真は、生まれる前から「そういう子供」に育て上げようとしてきた。
死を恐れず、生さえ恐れず、ただその時を待つだけの、人形のような子供に。
そう、
させたかった。
しかし。
「おまえは……人間になったのだな」
真に、その声は届いていない。
ただただ、足を無様に引き摺りながらも戦意を喪失することなく――
ただ、純粋なる殺意を
――ぱんっ、




