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Vanitas vanitatum  作者: イヲ
第十話
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宴・6

高峯の槍は月の光を受けて、死神の鎌のように煌いた。


「……」


その煌きを辿る道筋をただひたすらに避け、宙を舞う。

巨大な力の前に屈せず、ただただ己の為に戦う、その姿。


(――見事。)


すばしっこい動きでは、槍などの長物のリーチをすべて計算されてしまっていた。

真をここまで『強めた』のは、高峯自身だ。


モノを使い、戦うことを拒否した真はすべて、おのれの力のみで戦う事を望んだ。


左足に重心を置き、ぐるり(・・・)と反対へ槍を薙ぎ払う。

だが、そこには既に真の姿はなく、高峯の後ろに回っていた。

回っただけではない。

すでにそこから動いていた。


――左腕を使わず、ただおのれの身一つで。


槍を突き出す動きさえ読まれ、真は高峯の懐にかいくぐるように、突き蹴りを顎に向けて放った――が、それは槍の柄によって止められた。

そこで生まれた力をバネに、真が後ろへ跳ぶ。


「……」


高峯は、ふいに足元の違和感に気付いた。

横目で見下ろすと、そこには穴が開いていた。穴が開き、コンクリートがぼろぼろになっている。


それほどの強い力(・・・)で足技を受けたのだ。


「!」


今更、手が痺れてくる。

高峯はそれを驚愕したが、ここで立ち止まるわけにはいかない。


「しかし、言っただろう」


ぜいぜいと肩で息をしている真は、すでに体力をほぼ奪われていた。


「動かねば、敵は倒せない、と」

「……」


いまだ齢15。大人の、それも男の体力とは比較にならないことを、真は最初から知っていた。

だから、――否、だからといって、それに甘えるわけにはいかない。

決して、

屈しない。


とっ、という、僅かな足音。


高峯が、崩れているコンクリートから足を踏み出した音が、真の耳に届いたときは、すでに――遅かった。


「……ッ!!」


その槍は特別銘があるわけでもない。

ただの槍だ。

しかし、一点だけ違うものがある。それは、槍を扱うものの純粋な力。


まるでカマイタチに切られたかのように、真の身体が肩から逆の腰まで、ばっさりと斬られた。


籬さえその動きは読めなかった。

真の体に槍の刃は触れず、ただその風を切る力のみで、切り裂かれたのだ。


「真ッ!!」


琳にも分かったのだろうか。

その、細い身体が地面に叩きつけられる様子が。


大量の血を撒き散らせながら、倒れた。


籬も琳も、ただそれを凝視するしか許されていない。


高峯の槍が、がらん、と音をたてて地面に落ちた。

それは失意からではない。


真の力によるものだ。


「く……っ」


呻いて、高峯はおのれの手首を抑えている。


「真、真……!!」


その声で我にかえった籬は、真の体を支える琳の元へ駆け寄った。

ブーツの裏に、血液が付着する。それでも構わない。


「ぅ……」


僅かに呻いて、目をぼんやりと開く。

うろうろと視線を動かした後、まっすぐに琳の顔を見上げた。


「にいさん?」

「……真」

「だいじょう、ぶ。まだ、戦える、から……」


真の身体がわずかに揺れて、立ち上がろうとしている。


「主。駄目だ、動いては」

「おれは、まだ戦える、戦える、から……離して」


琳の腕を振り払うように立ち上がった真は、それでも目は月の光に反射し、煌く。

手首を押さえて呻く高峯は、目を見開いて驚愕の表情を浮かべていた。


「……まさか……あれ(・・)を受けてもなお、立てるというのか……!」

「おれ、は……諦めない。……おれは、おれを、諦めない……」


殆ど声になっていないが、琳と籬の耳朶にはそれは、確かに聞こえていた。


真は、何もかもを諦めていたのだ。

自分の事さえ、自分自身の命さえ。

世界に絶望する事もせず、父や兄に失望する事さえせず、ただただ呼吸をしていた。


足を引き摺りながら、なお立ち向かう真の姿。

今ならば、高峯は槍を使わずとも真を殺せるだろう。

それでも、『その気』にさせないのは、なぜか。


それは、圧倒されていたからにほかならぬ。


「……見事だ。真」


高峯は今の今まで、父親として、真を『自分の子供』と思ったことはなかった。

そう見ること自体、罪だったからだ。


真は、生まれる前から「そういう子供」に育て上げようとしてきた。

死を恐れず、生さえ恐れず、ただその時を待つだけの、人形のような子供に。

そう、

させたかった。


しかし。


「おまえは……人間になったのだな」


真に、その声は届いていない。

ただただ、足を無様に引き摺りながらも戦意を喪失することなく――


ただ、純粋なる殺意を






――ぱんっ、

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