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Vanitas vanitatum  作者: イヲ
第十話
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宴・7

「あ……」


乾いた音の後、真の体がひどく揺らぐ。


「なっ、」


高峯の、ひどく狼狽した声色が、静かすぎる雑居ビルのなかに響いた。

男の、背後。


「アヤ、ナ…!?」

「……」


アヤナは小銃を持ち、不気味な笑みを浮かべたまま、こちらをじっと見つめている。

薄ら笑いを浮かべたまま、真へと真っ直ぐ歩む。


「真。どうして自ら苦しむ方へ歩くのかしら?あんたは、人形なのよ。この国の為のそして、……室長のための、お人形。それなのに、おかしいわね」


まるで少女のように微笑み、なおも銃は真へと定まっていた。

琳と籬が動くよりも先に体をひるがえしたのは、高峯だった。


「アヤナ!何故だ、何故真を撃った!」

「室長が危ないと思いましたので、撃ちました。それのどこがいけないのでしょう?」

「真!!」


コンクリートの上に力なく横たわっている真の体を、琳が抱き寄せる。

横の腹を撃たれている。

不気味に染め上げられてゆくコンクリートの地面。

真の目は閉じられ、体は徐々に冷えてゆく。


「金居、アヤナ」


冷えてゆくのは真の体だけではない。

琳の体温さえ。

怒りと憎しみ、怨嗟を混ぜたような、何も映さぬ瞳。

高峯によって切断された、白木の日本刀の柄を持ち、立ち上がる。


しかし、それは銃声ではない、皮膚を叩くような乾いた音で遮られた。

頬を叩かれたアヤナの目が、疑問と驚愕に見開かれる。


「…俺はそんな事など望んではいない」

「何故です?」

「真は、“俺”と戦っていた。命を投げ打って己のすべてを、己の為に使おうとした。それなのに、貴様がそれを汚した」

「私が…汚した?」

「……」


高峯はそれ以上何も口に出さず、真の元へ歩んでゆく。

その目は悔恨と、裏切られた悲しみに歪んでいた。


「……真」

「触れるな」


琳の牽制さえ、震えている。


「貴様が、真に触れる資格があるのか!?今更父親面して、真が喜ぶと思っているのか!」

「……」


琳は真を抱きかかえ、籬にその力ない肢体を預けた。


「……まだ、間に合うかもしれません。お願いします。籬君」

「了解した」


頷き、その場から跳ぶ。

風の音しか聞こえないそこは、呆然とする女、そして失意に満ちた男二人だけが、そこに佇んでいた。











ただただ、白い。

雪よりも、真っ白。

霞みかかったようなそんな世界は、耳鳴りがするほど静かだ。


「おれは、確か父さんと戦って、負けて、それから……アヤナ姉さんに撃たれたんだ」


寒くも、暑くもない。

悲しくも、辛くもない。

嬉しくも、楽しくもない。

ただ、それだけ。


「ここは、どこ?」


はだしの足でも、全然寒くないし冷たくない。


「おれは、死んだの?」


ただただ白いだけの世界は、なにも答えてはくれない。

死んだなら、何故こんなところにいるのだろう。

どうして、喋れるのだろう?


りん、


「?」


かすかな、鈴の音。

その音を聞き、反射的にその方角へ走る。


「だれ?だれか、いるの」


静かに、その「人」は佇んでいた。

真っ黒な、長い髪。

白い頬。

緋袴と千早を纏った、その女の人は、じっとこちらを見つめている。


「――あなたがそこにいるということは、やはり……」

「……?」


何を言っているのか、分からない。聞こえないだけなのかもしれないけど。


目を閉じ、ゆるやかに存在している彼女は神々しささえ、ある。


「あなたはまだ死んではならない。まだ」

「……え?」

「まだ、死ぬべきではない……。あなたは、その身に呪いを宿し、生きつづけねばならない」


まるで人形のようにそこから動かない彼女は、すぅっ、と黒曜石のような瞳を開いた。


「あなたはこれから、この国を守らねばならないという呪いをかけられた」

「……」

「我ら六合の皆元(クニノミナモト)。ヒトより出で、ヒトに祟るすべての脅威から、すべての意思を」


りん、


「守るため、そして生きる為にあなたは戦わねばなりません。その覚悟はありますか?」

「……あなたは、だれ?」

「覚悟がなければ、あなたは永劫にこの地を彷徨い、やがて遺物と化してヒトを襲うだけのものに成り果てるでしょう」


そんなのはいやだ。


真の、ある意味本能だった。

自分の意思を捨てたくない。

戦って、そして死を迎えたはずの自分が、もしも、もう一度兄達に会えるのならば呪いを受けてでも、立ち向かう。


「時間がありません。この手を取るか、否か。決めなさい」


守れる?


(おれが、大好きな人たちを。おれを、すこしでも好きになってくれた人たちを。)


細い、真とおなじほどの手のひらが、すう、と差し出される。

真は、その手を躊躇うことなく掴んだ。






たとえ、戻れなくなってもいい。

もう一度、もう一度でもあの人たちに会えて、そして――守れるのなら。

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