宴・7
「あ……」
乾いた音の後、真の体がひどく揺らぐ。
「なっ、」
高峯の、ひどく狼狽した声色が、静かすぎる雑居ビルのなかに響いた。
男の、背後。
「アヤ、ナ…!?」
「……」
アヤナは小銃を持ち、不気味な笑みを浮かべたまま、こちらをじっと見つめている。
薄ら笑いを浮かべたまま、真へと真っ直ぐ歩む。
「真。どうして自ら苦しむ方へ歩くのかしら?あんたは、人形なのよ。この国の為のそして、……室長のための、お人形。それなのに、おかしいわね」
まるで少女のように微笑み、なおも銃は真へと定まっていた。
琳と籬が動くよりも先に体をひるがえしたのは、高峯だった。
「アヤナ!何故だ、何故真を撃った!」
「室長が危ないと思いましたので、撃ちました。それのどこがいけないのでしょう?」
「真!!」
コンクリートの上に力なく横たわっている真の体を、琳が抱き寄せる。
横の腹を撃たれている。
不気味に染め上げられてゆくコンクリートの地面。
真の目は閉じられ、体は徐々に冷えてゆく。
「金居、アヤナ」
冷えてゆくのは真の体だけではない。
琳の体温さえ。
怒りと憎しみ、怨嗟を混ぜたような、何も映さぬ瞳。
高峯によって切断された、白木の日本刀の柄を持ち、立ち上がる。
しかし、それは銃声ではない、皮膚を叩くような乾いた音で遮られた。
頬を叩かれたアヤナの目が、疑問と驚愕に見開かれる。
「…俺はそんな事など望んではいない」
「何故です?」
「真は、“俺”と戦っていた。命を投げ打って己のすべてを、己の為に使おうとした。それなのに、貴様がそれを汚した」
「私が…汚した?」
「……」
高峯はそれ以上何も口に出さず、真の元へ歩んでゆく。
その目は悔恨と、裏切られた悲しみに歪んでいた。
「……真」
「触れるな」
琳の牽制さえ、震えている。
「貴様が、真に触れる資格があるのか!?今更父親面して、真が喜ぶと思っているのか!」
「……」
琳は真を抱きかかえ、籬にその力ない肢体を預けた。
「……まだ、間に合うかもしれません。お願いします。籬君」
「了解した」
頷き、その場から跳ぶ。
風の音しか聞こえないそこは、呆然とする女、そして失意に満ちた男二人だけが、そこに佇んでいた。
ただただ、白い。
雪よりも、真っ白。
霞みかかったようなそんな世界は、耳鳴りがするほど静かだ。
「おれは、確か父さんと戦って、負けて、それから……アヤナ姉さんに撃たれたんだ」
寒くも、暑くもない。
悲しくも、辛くもない。
嬉しくも、楽しくもない。
ただ、それだけ。
「ここは、どこ?」
はだしの足でも、全然寒くないし冷たくない。
「おれは、死んだの?」
ただただ白いだけの世界は、なにも答えてはくれない。
死んだなら、何故こんなところにいるのだろう。
どうして、喋れるのだろう?
りん、
「?」
かすかな、鈴の音。
その音を聞き、反射的にその方角へ走る。
「だれ?だれか、いるの」
静かに、その「人」は佇んでいた。
真っ黒な、長い髪。
白い頬。
緋袴と千早を纏った、その女の人は、じっとこちらを見つめている。
「――あなたがそこにいるということは、やはり……」
「……?」
何を言っているのか、分からない。聞こえないだけなのかもしれないけど。
目を閉じ、ゆるやかに存在している彼女は神々しささえ、ある。
「あなたはまだ死んではならない。まだ」
「……え?」
「まだ、死ぬべきではない……。あなたは、その身に呪いを宿し、生きつづけねばならない」
まるで人形のようにそこから動かない彼女は、すぅっ、と黒曜石のような瞳を開いた。
「あなたはこれから、この国を守らねばならないという呪いをかけられた」
「……」
「我ら六合の皆元。ヒトより出で、ヒトに祟るすべての脅威から、すべての意思を」
りん、
「守るため、そして生きる為にあなたは戦わねばなりません。その覚悟はありますか?」
「……あなたは、だれ?」
「覚悟がなければ、あなたは永劫にこの地を彷徨い、やがて遺物と化してヒトを襲うだけのものに成り果てるでしょう」
そんなのはいやだ。
真の、ある意味本能だった。
自分の意思を捨てたくない。
戦って、そして死を迎えたはずの自分が、もしも、もう一度兄達に会えるのならば呪いを受けてでも、立ち向かう。
「時間がありません。この手を取るか、否か。決めなさい」
守れる?
(おれが、大好きな人たちを。おれを、すこしでも好きになってくれた人たちを。)
細い、真とおなじほどの手のひらが、すう、と差し出される。
真は、その手を躊躇うことなく掴んだ。
たとえ、戻れなくなってもいい。
もう一度、もう一度でもあの人たちに会えて、そして――守れるのなら。




