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Vanitas vanitatum  作者: イヲ
第十話
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宴・2

「はい、梅昆布茶」


睡蓮から受け取って、じっと見下ろす。

いいにおいがする。


「それじゃ、かんぱーい」

「佐々木、早ぇよ!」


大江が文句を言ったけど、「乾杯」と言ってしまったからにはもう遅いのだろう。

ぱらぱらと、「乾杯」という声が聞こえてくる。


「主」


それぞれが飲み始めたときに、前に座っていた籬に声をかけられた。


「?」

「うめこぶちゃ、とは何だ?」

「えっと……梅と、昆布が入ってるお茶、かなあ。飲んでみる?」


彼に渡すと、においを嗅いでから、すこしだけ飲み込む。

ふだん朴念仁のような顔が、すこしだけ緩んだ。

おいしいと感じてくれたのだろうか。


「なんだか、不思議な味がする……が、悪くない」

「うん。おいしいよ」

「そうか……」


一人頷いて、籬からグラスを受け取る。

彼は、おぼつかない手つきで割り箸を割って、小鉢のなかのおひたしを食べ始めた。


「兄さんも、梅昆布茶?」

「ええ。まだ、真はお酒を飲めないでしょう?」

「……気にしないでも、いいのに」


気遣ってくれている事は分かるけど、でも、せっかく大人はお酒が飲めるのに、それを邪魔しているみたいでいやだ。


「はい、琳」

「?」


どん、と睡蓮が彼の前にビールジョッキを置いた。


「おおおい、睡蓮さんん?」

「煩い道成寺。道成寺は梅昆布茶でも飲んでればいいのよ」

「俺の生中!」

「ええい、煩い道成寺。仕方がないからこの蝶子さんのおひたしをあげよう」

「蝶子さんが食べれないだけじゃないですかぁ!」


琳の前から梅昆布茶を掻っ攫って、道成寺へとまわす。


「真の気遣いを無駄にしちゃだめよ。お兄さん(・・・・)

「……」


わずかに息を吐いて、サングラスの奥の目がそっと開かれた。

見えていないのに、琳は確かにそのジョッキに手を当てたのだ。


「お酒なんて、何年ぶりですかね」

「兄さん、そんなに飲んでなかったの?」

「はい。お酒を飲む暇もありませんでしたから」

「……」


(それはきっと、)


「墓穴を掘ることもないでしょ!もう、兄弟揃って不器用なんだから」


睡蓮が、慣れた手つきで唐揚をつまみながら琳に言い聞かせるように呟いた。

兄の表情は分からない。ただ、わずかに俯いただけだ。


「しーんくーん!ちょっと、こっちこない?」

「蝶子さん」


出来上がっているわけでもなさそうだけど、すでに酔いが回っているのだろうか、声がゆれている、ような気がする。

立ち上がって、蝶子と百合子の後ろに座った。






「私は」

「ん?」


今度は子持ししゃもを摘みながら、横目で琳を見据える。

あまり酒が進んでいない。なにか思い当たる事でもあるのだろう。

――尤も、そうさせたのは、睡蓮自身なのだと自覚はあるが。


「……私は、懺悔のつもりです」

「懺悔?」

「不憫な想いをさせたことへの、懺悔です」

「不憫……ねぇ。でも、真はあなたのこと、大好きだって言っていたわよ」


息を呑む音が聞こえる。

目を閉じ、机の上に置かれている手が、握りしめるように丸まった。

睡蓮はそれを見ぬふりをして、頭からししゃもにかじりつく。


「不憫だとか、懺悔だとか。彼は一切考えていない。ただ純粋に慕って、好きなんだと思うよ。だから、あなたもそう言ってあげればいいのよ。大事で、好きだって。それが、真のためにもなるよ」

「……まさか、あなたからそんなことを言われるとはね」

「意外?」


おどけるように肩を竦めると、琳はゆるくかぶりを振った。


「さあ……。どうでしょうね」

「真はね、誰かに好かれようと、愛されようとしてるのが私たちからでも分かるわ。だって、いい子すぎるほどいい子だもの。まわりにあわせて、『自分』がない」

「……そうさせたのは、私です」


琳は手持ち無沙汰にビールジョッキを掴んで、まるで喉を潤すように一口、飲んだ。


「自分さえなければ、『悲しみ』も『恐怖』もなくなる。そのほうが、都合がいい(・・・・・)ですから」

「成程、ねぇ。でも、あなたのそれは杞憂だった。そうでしょ?」

「……」


口を噤み、サングラスの奥の目をわずかに開く。

なにを思惟しているのか、睡蓮にはわからない。


「見て。あんなに楽しそうにしてる。今の真には、悲しみも恐怖もある。だって、人間だもの」

「……私では、私だけでは、決して、真にあんな表情をさせることはできなかった」

「まあ、否定はしないわよ。でもね、真はあなたのことが大好きなの。それはあなたも、でしょ」


尤も真の好きと、琳の「好き」は違うのだろうけど。


(沈黙は是、ね。まったく、世話の焼けるお兄ちゃんだこと。ねえ、真。)


『おいおい、あんまり虐めるなよ。かわいそうだろ』


突如入ってきた無線に、睡蓮は口もとをすこしだけゆがめて、にやり、と笑った。

エ霞はいちいち籬に食材名を説明しながら、何事もないかのように箸を動かしている。


『だって、見てるこっちが……こう、じりじりして……』

『何の事だ?』

『籬、あんたにゃまだ早いわよ。まだおこちゃまだもんねー』

『……睡蓮。それは喧嘩を売っているということか?』

『お?やっちゃう?俺も混ーぜてー!』

『アホ、バカ、アンポンタン。こんな所でやれば、一軒家なんて壊滅しちゃうわよ』

『主におまえの力でな』

『よしエ霞。後でシメる』

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