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Vanitas vanitatum  作者: イヲ
第九章
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遠山・3(挿絵有)

屋上に向かう直前、研究員二人がこちらを覗き見ていた。

危ないのではないかと思うも、真が言える立場ではない。


「・・・」


さぞかし憎んでいるのだろうなと思考したが、屋上に向かう真と琳の背中に、檄を飛ばしたのだ。


「がんばれよォ!」

「五室なんかに負けんじゃねぇぞ!負けたら、尻ペンペンしてやっからな!」

「…!」


…お尻ペンペンはいやだ。

部屋に隠れて、何かを遠隔操作しているのだろうか。パソコンを弄っているようだ。

だが、葵重工の研究員たちの優しさに、真の冷え切りそうになった心が徐々に溶けてゆく。

あたたかい。

今まで出合ったことのない、大人たちの優しさ。


「かならず、追い払ってみせます」


真は強くうなずき、顔を出した二人の名も知らない研究員に手を上げてみせた。


「おお!そうこなくっちゃなぁ!!」

「終わったら、飲みに行こうぜ!」

「未成年を誘うんじゃねぇよ!」


軽く頭を叩く音がして、すこしだけ笑みがこぼれる。


「兄さん、行こう」







火の手が上がっていた。

籬たちは雪輪と雪華にひどく苦戦している。


そうして、その後ろ――蝶子、百合子と道成寺の三人がアヤナとその直属の部下によって拘束されていた。


雪輪の鉈はただの鉈だというのに。

籬は襲い来る雪輪の攻撃に翻弄されていた。

彼女の攻撃は、『型』がないのだ。すわなち、予測ができない。

ある一定の攻撃態勢があれば、予測は出来る。

しかし、彼女は鉈を右に凪いだ後、即座に上段から振り下ろされる。

それがひどく高速で、人間の目では追うことが出来ない。


「――ちっ、」


籬は舌打ちをし、雪輪とおなじ顔の雪華を視界に入れた。

彼女の攻撃手段は、体術。

これも、いちいち攻撃がひどく重く、人間相手ならば首がひと蹴りで吹っ飛ぶだろう。


「…くっ」


エ霞が雪華の蹴りを横跳びで逃れるも、彼女はその足を地面に着けたまま、反対の足でエ霞の首を狙う。


「させるかぁ!!」


睡蓮の、『南天に小鳥(ナンテン)』が雪華の首を狙うも、それは容易に上体をそらされてかわされた。

彼女の武器、『南天』は、小鳥という名に相応しくなく、重量級の斧である。

殺傷能力に長けて、一撃必殺に強い。

普通の人間ならば、斧を使うとどうしてもタイムロスが生じてしまうが、彼女の腕はそれがない。

柄に鎖がついていて、腕にそれが繋がっている。

攻撃をした直後に、それを『ぶん投げて』再び攻撃が出来るのだ。


「ちょおっ!睡蓮、あぶねって!」

「避けられたんだからいいでしょ!?そんな事言ってるヒマがあったら動け!」


雪輪と雪華は、声帯がないゆえか、何も喋らない。


びゅっ、


雪輪の鉈が、籬の頬を切り裂く。

頭を左にずらさなかったら、首が飛んでいただろう。


しかし、彼女はそれさえ読んでいた。

左に傾いた体に向かって、雪輪の鉈が左足を切り裂こうと、姿勢を低める。


「…!!」

「籬!」


エ霞と睡蓮の悲鳴が籬に降り注ぐ。


「く…っ」


エ霞がフォローに入ろうとするも、それを雪華が引き止める。

上段蹴りを腕でカバーしたとはいえ、まともに受けたのだ。

足を踏ん張ったせいで、吹っ飛ばされなかったが、床のコンクリートがべこん、と凹む。


「ツ…っ」


籬の左足に、鉈が突き刺さった。

合成人間の身体は銃弾などでは傷つかない。

しかし、籬の足には、深々と鉈が刺さった。


ぐらり、と籬の体が傾き、あえなくコンクリートの上に倒れこむ。


「籬!!…畜生!」


睡蓮が悪態をつく。


「睡蓮!落ち着け、死んじゃあいねえって!これくらいで死ねるわけないだろ!」

「分かってる!分かってるけど、…!」


ぎぎぎっ、

籬の体が軋む。


――しかし、今がチャンスだ。


籬は己の足に刺さっている鉈の柄を持ち、雪輪をねめあげる。

足の人工筋肉や、人工の腱が傷ついているなか、籬は立ち上がった。


「睡蓮!」

「…分かった」


今、雪輪の手から鉈が離れている。

睡蓮は手に持っていた斧を、文字通り雪輪の身体へ『ぶん投げた』。


「ちっ」


今まで傍観していたアヤナが、舌打ちをする。

動こうとしたのだ。

しかし、


「させないわよ」


意識を取り戻した百合子が、アヤナの足首を掴む。


「離せ!」

「っ」


彼女は足を振り上げ、あえなくその手から解かれた。

そうして、アヤナはその足で百合子の手を思い切り踏みしめる。


――ばちっ、


雪輪の身体から、火花が散った。

体には斧が深々と突き刺さり、二本の足ががくがくと震えている。


「・・・」


その様子を、雪華は『呆然と』見つめていた。



挿絵(By みてみん)

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