エ霞・4(挿絵有)
籬は、籬らしかぬ焦ったような表情をしている、ように見えた。
「よう。籬」
「…おまえは…」
年若くも、老け込んでいるようにも見える、その『男』。
「…知り合いなの?」
「知り合いも何も、俺たちゃ」
『兄弟』だ。
男は断言した。
対して籬は、腑に落ちないような、微妙な表情をしている。
一瞬地面に視線を落として、「何故」と男に問うた。
「何故、ここにいる?確かおまえは…」
「破壊された。粉々にな」
「…!」
この男、葵重工製合成人間、第伍番号――エ霞。
険しい表情をする籬を、エ霞は笑い飛ばした。
「なぁに、新しい番でまた造られたのさ。第壱拾番目としてね」
「じゅう…ばんめ?」
「なんだ、真は知らないのか?てーか、教えてないのか。籬」
「…その必要はないと判断しただけだ」
ふぅん、とエ霞は真を興味深そうに見下ろすと、籬が庇うように前に体をずらす。
「何だよ」
「疑問がある」
「言ってみな」
「何故、記憶が残っている?」
エ霞は紅碧の目をすうっ、と細め、無骨な手を腰に当てた。
「そうなるようにしたんだよ。葵重工がな。以前の――玖番目のばらばらになったエ霞を集めて造られた。素体だけにしときゃよかったのに、百合子がメモリをバックアップしてやがったんだ。ったく」
「…理解した。エ霞。おまえは、ここで、何をしていた」
「何してたって、見りゃ分かるだろ。真を」
「助けてくれたんだよ」
「そういうこと。駄目じゃねぇか。護衛対象を一人にしちゃあ」
「…すまん」
籬が真に頭をさげた。
実際、驚く。真は頭をさげた籬をじいっと見つめて、ぶんぶんと頭を横に振った。
「おれがはぐれたんだから、気にしないで」
「・・・」
うなずいて、籬の左手が無遠慮に真の右手首を掴む。
痛まない程度にはしたものの、驚いて固まった。
エ霞は「やれやれしようがないな」とでもいうかのように、真の左手首を掴む。
「・・・」
まるで、『捕獲された宇宙人』のようだ。
ずるずると引き摺られながら、隙間風が冷たい場所から、人がひしめき合っている流れへ逆らいながら歩いている二人の力ではまず真はかなわない。
軽々と引き摺る姿は、異様なのだろう。
まわりの人間たちの視線がいたい。
「お、おれ!ちゃんと、歩けるから!」
「それは命令か」
「命令!」
「了解した」
籬の手が、ぱっ、と右手首から離れる。
その所為で、体が思いきり右方面に片寄るが、エ霞の手がなかったら、肩がおかしくなっていたかもしれない。
彼に体を支えられて、恨めしそうに籬を見上げるが、その視線などに怯む籬ではなかった。
「ちょ、危ねぇだろうが!おい真、大丈夫か」
「う、うん」
よたよた立ち上がる真を、籬は不思議そうに見つめる。
単に自分は、命令を聞き入れただけなのに、何故責められるのか理解できないのだ。
「ああもう。こんな事してたら日が暮れちまう。おい籬。『跳ぶ』ぞ」
「…致し方ない」
「!?」
籬は真の体を抱えて、その場から「跳んだ」。
誰一人、そこから消えた三人のことなど気付かなかった。
それほど、速かったのだ。
葵重工は、一見普通のビルに見える。
20階建ての、ごくごく普通のビルだ。
籬たちがどこで造られているのかと言えば、地下である。
地下は蟻の巣のように広がって、二百近い『工場』を持ち、そこで合成人間が製造されている。
白いリノリウムの廊下を三人が歩く。
ときおり、研究員達が話しかけてくるが、言っている事が全く分からない。
まるで外国語だ。
「?」
「いーんだよ。真は分からんでも」
気安く真の頭に頭を乗せているエ霞を見て、籬はわずかに眉根を寄せる。
「…エ霞。気安く主に触れるな」
「いいじゃねぇか。なあ真」
「うん」
なぜかうれしそうに笑う真の心情を知ることなく、百合子のもとへ下っていった。




