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Vanitas vanitatum  作者: イヲ
第四章
12/56

春霞・1

今日は曇りだ。

紫外線はあるものの、直接陽はあたらない。

真は眼鏡を家に置いて帽子をかぶり、ぶらぶらと寂れた商店街を歩いている。

今日は休日だから、警察官に職務質問されることもない。


隣には、当然のように籬がいる。

一定のリズムの靴音と、ばらばらのリズムの靴音が重なって、奇妙な音楽のようだ。


「籬。三角さんのところに寄っていい?」

「指揮権は貴殿にある」

「う、うん…。じゃあさ、聞いてもいい?」


真は途中にあった自販機に小銭を入れて、ミルクティーをふたつ買った。

籬にミルクティーを渡すと、彼は不思議そうに首をかたむけた。


「?飲まないの」

「食物を摂取しなくとも、自分は動く」

「でも、つまらないでしょ?せっかく、美味しいものたくさんあるのに」

「つまらない?どういうことだ」


籬は全くもって理解できないとでも言うかのように、首を捻る。


「ええっと…。飲めないの?」

「飲めなくはない。食物を摂取するということは、自分のエネルギーになるということだ」

「じゃあ、美味しいとか美味しくないとか、わからないの?」

「エネルギーになる以外に何がある?」


堂々巡りだ。

真は公園を見つけて、ベンチに座った。籬も倣うように隣に座って、寄ってきた鳩を見下ろす。

白い鳩もいれば、灰色の鳩もいる。


「おれたちは、美味しいとか美味しくないとか分かるけど、籬には分からないのかな…」


一人呟いて、それでもどうしようもないことを知る。

なんでもないと頭を振ってミルクティーをひとなめした。

あたたかい。

指先が痺れるように冷たかったものが、徐々にあたたかくなってゆく。


「飲めなくはないなら、飲んでみたら?これ、美味しいんだよ」

「…それは、命令か?」


真は驚いたように目を見張ったが、考えたすえ、ゆるくかぶりを振った。


「そうじゃないよ。命令なんかじゃないけど、…」


真っ白な手から、ミルクティーが入ったままのアルミ缶が地面に落ちる。

その衝撃で鳩たちはみな、飛び去っていった。

白や灰色の羽が飛び散るなか、籬は真を抱き込んだまま、『跳んだ』。

飛翔した、と言っても過言ではない。


籬と真は、木の上にいた。

太い幹の上に籬は真を担いで立ったまま、鶴丸に手をかけている。


「・・・」


脳内のセンサーをフルに総動員し、そこにいるはずの遺物をスキャンし始めた。


「ま、籬!?」

「じっとしていろ」

「・・・」


今まですわっていたベンチは、すでに跡形もない。

音もなく粉々にされたのだ。

それは人間の感覚で、だが、籬にはそれは聴こえていた。

破壊される音も、遺物が真を狙っている視線も、分かっている。

だが、「今」どこにいるのかは分からない。


「…ん」


籬はわずかに呻き、鶴丸の刀身を抜いた。

ぎらりとした遠慮のない鈍いかがやきを、真は呆然と見つめる。


――がっ、


籬たちがいる木の幹に、巨大な針が刺さる。

めきめきとその幹はあっけなく崩れおち、芝生の上に落ちてゆく。

だが、その針が刺さる直前に、籬はまた違う木に移っていた。

すぐにそこの幹にも針が刺さり、おなじように落下する。


「籬!」


自分がいては、足手まといになると思ったのか、真は籬の腕から抜け出そうともがくも、彼の力の前には無力だった。

余計に体の動きを封じられて、真はわずかに息をつめた。


「じっとしていろ」


おなじトーンで、ふたたび呟く籬の目は、すでに照準器として働いている。


恐ろしいほどの速度で移動し続けても、全くその目はぶれることはない。

跳びながら、籬はうしろから追ってくる遺物をとうとう視認した。


「・・・」


男だった。

中年で、特に目立った顔立ちではない、会社勤めをしていそうな、スーツを着た男。

その男が、銃を持ってこちらを追いかけてきている。


「脳波に異常あり。遺物と確認」

「…!?」


籬は音もなく地面に降り立ち、ぶわり、と広がった土埃を浴びることなく、次の行動に移していた。

真を地面の上に残し、電流(エレキ)を纏わせながら疾走する籬を、真は呆然と見つめる。


「・・・」


だが、その真っ赤な目は確かに、籬の背を追っていた。

常人ならば、その背さえ追いかける事ができないというのに。


籬は真の視線に気付き、驚愕する。


(――“まさか”)


だが、今はそんな事を思考している場合ではない。

男は直径30センチほどもある弾頭体を、籬の心臓部、クイーンに向けて発射する。


がっ、


鶴丸がそれを受け、火花が散る。その直後に二段目の弾頭を打ち込まれた。

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