春霞・1
今日は曇りだ。
紫外線はあるものの、直接陽はあたらない。
真は眼鏡を家に置いて帽子をかぶり、ぶらぶらと寂れた商店街を歩いている。
今日は休日だから、警察官に職務質問されることもない。
隣には、当然のように籬がいる。
一定のリズムの靴音と、ばらばらのリズムの靴音が重なって、奇妙な音楽のようだ。
「籬。三角さんのところに寄っていい?」
「指揮権は貴殿にある」
「う、うん…。じゃあさ、聞いてもいい?」
真は途中にあった自販機に小銭を入れて、ミルクティーをふたつ買った。
籬にミルクティーを渡すと、彼は不思議そうに首をかたむけた。
「?飲まないの」
「食物を摂取しなくとも、自分は動く」
「でも、つまらないでしょ?せっかく、美味しいものたくさんあるのに」
「つまらない?どういうことだ」
籬は全くもって理解できないとでも言うかのように、首を捻る。
「ええっと…。飲めないの?」
「飲めなくはない。食物を摂取するということは、自分のエネルギーになるということだ」
「じゃあ、美味しいとか美味しくないとか、わからないの?」
「エネルギーになる以外に何がある?」
堂々巡りだ。
真は公園を見つけて、ベンチに座った。籬も倣うように隣に座って、寄ってきた鳩を見下ろす。
白い鳩もいれば、灰色の鳩もいる。
「おれたちは、美味しいとか美味しくないとか分かるけど、籬には分からないのかな…」
一人呟いて、それでもどうしようもないことを知る。
なんでもないと頭を振ってミルクティーをひとなめした。
あたたかい。
指先が痺れるように冷たかったものが、徐々にあたたかくなってゆく。
「飲めなくはないなら、飲んでみたら?これ、美味しいんだよ」
「…それは、命令か?」
真は驚いたように目を見張ったが、考えたすえ、ゆるくかぶりを振った。
「そうじゃないよ。命令なんかじゃないけど、…」
真っ白な手から、ミルクティーが入ったままのアルミ缶が地面に落ちる。
その衝撃で鳩たちはみな、飛び去っていった。
白や灰色の羽が飛び散るなか、籬は真を抱き込んだまま、『跳んだ』。
飛翔した、と言っても過言ではない。
籬と真は、木の上にいた。
太い幹の上に籬は真を担いで立ったまま、鶴丸に手をかけている。
「・・・」
脳内のセンサーをフルに総動員し、そこにいるはずの遺物をスキャンし始めた。
「ま、籬!?」
「じっとしていろ」
「・・・」
今まですわっていたベンチは、すでに跡形もない。
音もなく粉々にされたのだ。
それは人間の感覚で、だが、籬にはそれは聴こえていた。
破壊される音も、遺物が真を狙っている視線も、分かっている。
だが、「今」どこにいるのかは分からない。
「…ん」
籬はわずかに呻き、鶴丸の刀身を抜いた。
ぎらりとした遠慮のない鈍いかがやきを、真は呆然と見つめる。
――がっ、
籬たちがいる木の幹に、巨大な針が刺さる。
めきめきとその幹はあっけなく崩れおち、芝生の上に落ちてゆく。
だが、その針が刺さる直前に、籬はまた違う木に移っていた。
すぐにそこの幹にも針が刺さり、おなじように落下する。
「籬!」
自分がいては、足手まといになると思ったのか、真は籬の腕から抜け出そうともがくも、彼の力の前には無力だった。
余計に体の動きを封じられて、真はわずかに息をつめた。
「じっとしていろ」
おなじトーンで、ふたたび呟く籬の目は、すでに照準器として働いている。
恐ろしいほどの速度で移動し続けても、全くその目はぶれることはない。
跳びながら、籬はうしろから追ってくる遺物をとうとう視認した。
「・・・」
男だった。
中年で、特に目立った顔立ちではない、会社勤めをしていそうな、スーツを着た男。
その男が、銃を持ってこちらを追いかけてきている。
「脳波に異常あり。遺物と確認」
「…!?」
籬は音もなく地面に降り立ち、ぶわり、と広がった土埃を浴びることなく、次の行動に移していた。
真を地面の上に残し、電流を纏わせながら疾走する籬を、真は呆然と見つめる。
「・・・」
だが、その真っ赤な目は確かに、籬の背を追っていた。
常人ならば、その背さえ追いかける事ができないというのに。
籬は真の視線に気付き、驚愕する。
(――“まさか”)
だが、今はそんな事を思考している場合ではない。
男は直径30センチほどもある弾頭体を、籬の心臓部、クイーンに向けて発射する。
がっ、
鶴丸がそれを受け、火花が散る。その直後に二段目の弾頭を打ち込まれた。




