春霞・2
籬の鶴丸が、火花を上げる。
だがそれも、籬と鶴丸のエネルギーにしかならない。
もう一つ弾頭が襲ってきても、籬の表情に焦りはなかった。
「・・・」
鶴丸を握っている右手の逆の手――左手を歯で噛むと、そこをずるり、と抜く。
人工皮膚ではない、むき出しの機械の手。それが、現れたのだ。
その間、約コンマ8秒。
黒く鈍く光り輝くその左手を、その弾頭をじかに掴む。
火花がひどく散り、真は思わず目を瞑った。
その直後も、三弾、四弾と発射されてゆく。
切り刻まれた一弾めの弾頭体を地面に落とした直後、再び鶴丸をかざして弾頭体自体を斬るが、「そこ」で一瞬の隙がうまれた。
電流が流れ続けている鶴丸の刃から、一ミリも満たないほどの、若干のずれが生じたのだ。
「…!」
びっ、
頬に弾頭体が掠れる。
人工血液が飛び散り、地面を汚した。
「籬!!」
「問題ない」
動こうとする真を制し、籬はようやく一歩、足を踏み出す。
体を捻り、地を跳ぶ。
空中に投げ出した体を男は銃で狙うが、「それ」さえも、籬の計算に入っている。
上に体を投げ出すことによって、真に狙いを外させるためだ。
籬は空中の重力に逆らわぬまま、そのまま直下で落ちてゆく。
鶴丸の切っ先を男にむけ、歓喜にざわめいている「それ」に、遺物の味を味わわせた。
男は悲鳴さえ上げることなく、串刺しにされ、火花を散らせながら倒れてゆく。
薄い赤をした体液が、籬のブーツにかかるが、気にせず真っ直ぐに真へと向かう。
真はようやく立ち上がって、籬をじっと見上げた。
「大事ないか」
「う、うん…」
「そうか。ならばいい」
「・・・」
真はどこか傷ついたような、苦しげな表情をしたが、籬はそれを不思議そうに見下ろしただけにとどまった。
真っ赤な目玉でこちらを見上げたまま、まだ育ち切っていない、色素が削げ落ちた手が籬のほおに触れる。
「!!」
じりじりとした感じたことのない、熱いような、生ぬるいような、冷たいような、寒いような「感覚。」
(なんだ、これは。)
「だいじょうぶ?」
「あ…ああ」
籬の手がおのれの頬に触れると、傷口はすでになく、ふさがっていた。
「…何をした?」
「・・・」
「答えろ。何をした」
真は目を伏せたまま、何も喋ろうとはしない。
じゅうじゅうと音をさせている遺物だった男の熱源に注意を払いながら、真に詰め寄る。
「…おれは…」
わずかに怯えを見せる真に構わず、舛花色のシャツを掴もうと手を伸ばした、
――その直後、
「感心しないわね」
ばっ、とセンサーが拾ったその方角を見ると、そこには全身を革のボディースーツで包んだ女が立っていた。
「何者」
再び鶴丸に手を添えると、亜麻色の長い髪をゆるく梳いて、はあ、とため息を吐き出した。
「名乗るときは、まずそちらから。まあ、知っているけどね」
「・・・」
警戒している籬を他所に、派手な赤い100ccのバイクを背にした女の名を真が叫ぶ。
「アヤナ姉さん!」
「あらら。先に言われちゃったね。や。真君、久しぶり」
「うん!」
「・・・」
籬は鶴丸の柄から手を離し、アヤナと呼ばれる女へ走りよる真の背を見つめる。
その眉はわずかに皺を作っているが、気付くものはいない。
「あなたが、籬漆号ね。葵重工製の合成人間の」
「…ああ」
「ふぅん…。なるほどねぇ…」
じろじろと遠慮のない視線を気にせず、アヤナから視線を外さない。
体の線をそのまま出しているボディースーツは、ぴったりとアヤナの体を包み込んでいる。
「それにしても、感心しないわね!守るべき対象に手をあげるなんて!」
「・・・」
「アヤナ姉さん、おれは…」
「だって、…まぁいいわ。あなたは何も知らないようね」
籬にむかって、アヤナは人差し指を差し出した。
「自分は…」
「籬。籬は、知りたいの?」
ゆるやかな、真の問い。
籬は彼に視線を下ろし、「なにがだ」と応えた。
「おれのことを」
その目がまっすぐに籬へと注がれる。
赤い目。
失った色素の代わりに染まったかのようなその目。
籬はそこに映る自分を見つめ返して、静かにうなずくように目を伏せる。
「知らなければ、任務に支障があるのか?」
「さぁね。自分で考えなさい」
答えない真の代わりに、アヤナがつきつけた。




