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第2章 動きだす時間 後編


蒼司を助手席に乗せ、車は静かに走り出した。


お互い、何も話さない。


それでも――


不思議と、気まずさはなかった。


流れる沈黙さえ、どこか心地いい。


昔、何度もこうして並んで走った、


あの頃と同じ空気。


俺は、その懐かしさを


静かに感じていた。




スピーカーから流れてきたのは、


昔、よく聴いていた曲だった。


ワイパーの音と、タイヤがアスファルトを擦る音だけ。


その沈黙を破ったのは、蒼司だった。


「……懐かしいね」


「え?」


「……この曲。俺が大学卒業する前、よく聴いてた」


「そうかな」


「カイトと、勝浦にドライブ行った時も流れてた」


「……よく覚えてるな」


「覚えてるよ……」


「あの時……楽しかった」


「……そうだな」




過去を共有できたことに、胸の奥が、少しほどけた。




「車……変わったんだね」


蒼司が車内を見回しながら言う。


「……なんか、大きくなった」


「ああ」


俺は軽くうなずいた。


「キャンプ行くからな。


荷物もたくさん積めるようにって」


「……えっ?」


蒼司が少し驚いたように、俺を見る。


「キャンプ、行ってるの?」


「まぁな。趣味っていうか、好きなんだ」


少し照れくさくて、付け足す。


「蒼司が四国に行って、しばらくしてからハマった」


「そうなんだ……」


蒼司は小さく笑う。


「知らなかった」


「ソロキャンプってやつ」


俺がそう言うと、


「えっ?」


蒼司が目を丸くした。


「一人で?」


「そうだよ。たまに友達とも行くけどな」


「……友達?」


蒼司が、少し不安そうな声を漏らす。


「ああ。松っちゃんだよ」


「高校の頃からの友達。よく話してただろ」


「……うん」


蒼司は小さくうなずく。


「覚えてる」


その表情が少しだけやわらいだ。




その言葉のあと、


車内には、また静かな時間が流れた。




「……あのさ」


ハンドルを握ったまま、俺は続ける。


「俺、蒼司が帰ってきてくれて……


うれしいよ」


一瞬、蒼司が驚いたようにこちらを見る。


「……うん。


本当は、もっと早く帰るつもりだったんだけど」


フロントガラスの向こうを見つめたまま、蒼司は言う。


「四国、住みやすくていいところでさ」


「瀬戸内の海が……すごく穏やかで」


「毎日、海を見て、絵を描いてた」


「気づいたら……時間が過ぎてた」


そこで、言葉が止まった。


「……そっか」


「カイトは……」


蒼司が、窓の外を見つめたまま口を開く。


「野球部のコーチ、頑張ってるね」


「生徒からも人気あるし……すごいよ」


「まだまだだよ」


少し照れくさくなって、俺は苦笑する。


「毎日、生徒に振り回されてばっかりだ」


「でも、それがカイトらしい」


蒼司はそう言って、小さく笑った。


その笑顔を見て、俺もつられて笑ってしまった。




蒼司の住んでいるマンションに着いた。


「ここだよ」


いかにも、単身者向けのマンションだ。


「あそこ」


蒼司が、少し先を指さす。


「あそこが駐車場。俺の車、そこに停めてある」


そこには、コンパクトな軽自動車が停めてあった。


「じゃあ、カイト……」


少し照れたように、蒼司が言う。


「ありがとう」


ドアに手をかけ、蒼司は車を降りようとした。


その背中を見て、帰したくないと思った。


まだ、話したい。


もっと、蒼司の声を聞いていたい。


「なぁ」


俺はとっさに声を出していた。


蒼司が振り向く。


「……腹、すかねぇ?」


一瞬きょとんとしたあと、蒼司は、優しく笑った。


「……そうだね」


「じゃあ、近くで。どっか、行こうか」




車は、再び走り出す。


止まっていた俺の時間が、


ゆっくりと、動き出していた。



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