ひらくな
「 その、暗闇からでてきた猫がですか? ただの猫だったと?」
キヘイジは、ぱん、とひざをたたく。
「そう。つらがまえは、ちょいといいが、キジトラのただの猫が、おれの近くまできたから、なでてやったんですよ。その家でかわいがってる猫かとおもって。なでたらすわっておれのこと見上げるんで、だから、おまえもつれて帰るか?ってきいたら、にゃーなんてこたえてね。また撫でようとしたら、すいっとむこうへもどっちまった。そうしたらまた、声だけしたんだ」
『 まもれよ ふろしきはひらくな 』
「しかたねえから、『わかった』っていって、また朝になったら話し合えばいいかとおもって、もう一度寝て、おきたらむこうに、 ―― これがあったんで」
そういって、前に置く風呂敷包みのものを、ぽん、とたたいた。
ダイキチは『先生』と目をあわせてうなずいた。
「 なるほど。それでキヘイジさんはそれを『つれてかえった』わけですな」
そうしてこの男は、このふろしきをひらいていない。
「よく、がまんなさいましたな」
これにキヘイジは恥ずかしそうな顔をした。
「いや、なんどもひらきてエとはおもいましたがね、・・・・ちょいと、こわかったもんで・・・」
「ああ、やはり気味が悪いと」
「ああ、そうじゃアなく、・・・ もし、これが、まだだれもしらねエような名人の作だったら、おれはそれを目にして、『負けた』とおもわねえか、ってね・・・。 だって、しゃべって、おまけにつくったあいてを喰っちまったなんて、そりゃ、・・・どれほどの彫り物か、かんがえただけで寒気がしちまう。 そんなもんを目にしちまっても、おれはこのさき、じぶんの腕をしんじて木を彫れるかって、こわくなっちまいまして・・・」
黒い布につつまれたものを、なんともいえないかおで、キヘイジはながめる。
「・・・まあ、でも、それよりも、もちかえった日の夜に、こいつがまたしゃべりやがって、それがこっちを脅すようなことを言いやがるんでね。いいかげんでうちにはおいておけねえとおもいまして・・・」
「 まあ。せっかくいわれたとおり連れ帰ったのに、脅されたのでございますか?」
いつのまにかお茶をいれてきた『先生』が、キヘイジに菓子といっしょにすすめる。
しゃべり慣れないであろう男はくちがかわいていたらしく、すぐにお茶に手をのばし、ひとくちのみこんでからうなずいた。
「 ―― 夜中にね、『キヘイジ、キヘイジ』ってよぶ声がして、おきてみたらこいつがね、布の中から『夜中ならしゃべれる』っていうんでさ。そんで、 ―― ああ、そうだ。だから、その日、家にかえりついたのが昼ごろで、この風呂敷包みを神棚の横につくった道具おきの棚に、おいたんだ。そんで、湯屋へいって、棟梁のとこに顔出して帰ったら、あの、キジトラの猫がうちにいてね。むこうをでるときにはさがしてもいなかったんで、風呂敷包みだけもってきたのに、おかしいとはおもったんですがね、まあ、ちがうとこの猫かもしれねえし、おとなしくこどもらの相手をしてくれてるんで、そのまま気にもせずいたんだ。 そしたらよなかに、あの声で起こされて・・・、」
『 おれは昼間は猫として飼われてもいいが、夜にはこうして木彫りの猫にもどる。いまはいいが、そのうちになにかさわりがでるかもしれぬから、はよう寺にでもおさめてくれぬか 』




