これできっと大丈夫だから
ワイバーンを生み出していたのは、翼竜の死骸から滴る血肉だった。
不老不死を望む誰かが翼竜の心臓を欲し、翼竜は翼竜で偽の竜の卵を守るために簡単に人間の思惑を受け入れて死んでしまって。
でもきっと、生きながら解体されたのはとても辛かったから、怨嗟で竜もどきを生み出したのだろう。
全ては人間が起こした人災だった、とは。
人災と言えば、オズワルドこそ災害指定するべきだ。
何あれ。
ファイヤーウォールっていうか、洞窟中に業火が行き渡る火炎魔法って凄すぎ。あれを撃たれたら、誰も生き残れないでしょう。
包帯男の火炎魔法の記憶だって、完全に霞んじゃったよ。
思い出してもブルブル……脅えすぎたせいなのか、なんか体が冷たいな。
視界もなんか霞んで来たし。
俺は……消えるのかな。
脅威が去った証拠だから喜ぶべきで、でも、俺の視界の先には誰もいない。
地面にはワイバーンの死体が転がる、全て終わった世界が見えるだけだ。
せめて、向かい合わせでオズワルドに縛られていたら、俺は誰かに抱きしめられた感覚のままこの世を去れるんだろうか。
兄様と一緒に死ねたって、自分に思いこませて消えられるのだろうか。
せめてケヴィンとかが見える方角に向いてくれないかな。
最後の視界がワイバーンの死体、それも惨殺された物ばかり、は辛い。
ぺし。
頭を叩かれ、俺はオズワルドへと顔を向ける。
う~わ。眉間に皺が寄って眉毛が一本に繋がって見える怒り顔だよ。
意識ははっきりしたけどさ、何かムカつく。
俺が何か怒られるようなことしましたっけ?
「こんな怖い思いばっかを耐えたのに頭を叩くなんて!」
「叩くだろう。お前は俺に何をさせた」
オズワルドは滝の天辺、間抜けに突き出している腐ったワイバーンの頭に向けて腕を伸ばして指し示した。
俺はオズワルドが指し示した方を眺め、本当にオズワルドは極悪だ、と再確認だ。
「何をさせたって、自主的にオズワルドがやったことじゃない」
「いいや。あれはお前の誘導だ。何も知らなければ、俺はファイヤウォールではなくランスにしていた。大型一匹ならそれで済む。それなのに、俺は穢血があるからと、お前が俺に語った毒を作っていたよ」
あいけつって、ああ、そうか。確かにオズワルドが蛍石をぽちゃんとした水盆には、硫酸らしき汚水が溜まっていた。
殺された竜から滲む腐った血や、共食いで死んだワイバーンの幼獣の死骸などが混ざったあの汚水が、オズワルドが俺に内緒にしたがった「あいけつ」とやらだったのか。では、あいは穢れで、けつは血か。
そしてここはファンタジー世界だ。
オズワルドの当ては外れなかった。
水盆にどよんでいた穢血は濃硫酸で正解だったらしい。
腐り死んだワイバーンの死骸で一目瞭然。
フッ酸が生成されていたと確認できるからだよ。
穴から出ているワイバーンの頭部は爛れ、トカゲの顔どころか車に潰されたウシガエルみたいだ。シュールな事この上ない。
「お前が俺を誘導したんだ」
「何を?」
「お前は俺がどう動くか想定して、あの毒の話をしたんだよな。俺が毒を作ったとして、作った毒に被弾しないように、作り方だけでなく取り扱い説明までしたのは、そういうことなんだろ?」
「意味が分からない。単に好奇心強いオズワルドが知った事を試したくなっただけでしょ。作れるならばとオズワルドが試しちゃったのは自己責任で、僕の責任じゃない」
「いいや。お前は分かっていた。俺があいつの復讐をするだろうってことは」
「翼竜にそんなに傾倒してたなんてわかんないよ」
「そうかな」
「そうだ――ぎゅむ!!」
「この大嘘吐きが。俺をいいようにしやがって」
オズワルドは片手で俺の顔をぎゅうむと掴み、地獄の底からみたいな低い声で俺を脅しつけた。
ひどい。
オズワルドの指が俺の頬に刺さって痛い。
痛みのせいでまだ俺は消えていないって感覚を取り戻したけど、やっぱひどい。
確かにオズワルドの言う通りに誘導はしたよ。
そうだけど、だからって、どうしてオズワルドに頭を叩かれたり頬をぎゅうむとされねばならないのか。
もっと優しくしてよ。
五歳の俺は中身成人でも、物凄い怖い思いをしたばかりだよ。
洞窟からオズワルド達は飛び出した時だって、俺は怖いばっかりだった。
ちゃんとベヘモットが助けに来てくれるなんて、知らないし。
ついでに言えば、ベヘモットに乱暴に咥えられて引き摺られるって体験、最恐ジェットコースターに騙されて乗せられた時よりも怖かったよ。
ワイバーンから逃げる時の、ヒューベルトお兄様に抱きしめられていた時を思い出して、辛くなるぐらいに怖かったんだから!!
「おじゅわりゅどはきょわいしかぼきゅにしない」
「お前だって俺に怖いしかしないな。で、どれぐらいの期間、あの毒はあそこに留まっている?」
俺はオズワルドの手を叩く。
答えが欲しいなら喋られるようにしてよ。
でも、俺の手はすかっとオズワルドの手を通り抜けただけだった。
それに、オズワルドが俺の頬を掴む感触も消えていた。
「時間が無いな。で?」
「専門じゃないからわかんない。でも」
「でも?」
「こんな場所にそいつを連れてくる必要もないよ。穢血が濃硫酸ならば、ガラス瓶に入れて運べる。蛍石は単なる宝石だし」
「だったな。悪魔が」
オズワルドはにやりと口角を上げた。
暗い陰りばかりの彼の瞳がらんらんと輝くのは、復讐の場面を脳裏に描いたから。
翼竜の心臓によって不老不死となった人をフッ酸で溶かすのは、それはもう、物凄い凄惨な仕返しと言えるだろうね。
だけどそいつこそ、俺の大事な家族、俺の父が大事に守っていたバルバドゥス領の住民たちを滅ぼした元凶だ。
俺の世界を崩壊させた奴は、己のしたことを呪いながら死ぬがいい。
「頼んだよ。オズワルド」
「ここで了解したくはねえな。お前が消えそうだ」
「了解してくれなくても、もう僕は消える」
「怖くは無いのか?」
「たぶん、眠るのと一緒だから、平気」
「俺は平気じゃないかもな。お前に会いにバルバドゥスへ行っても、そこにいるのはこのお前じゃないんだ。せっかくのトイレ掃除当番が消えるのは、ほんと、大いなる損失だよ」
泣かせるな。
だから、オズワルドの姿が霞んで見えるのかな。
俺が泣いてしまったから。
オズワルドの涙が俺の瞼の上に乗ったからじゃないよね。
だって、透明になっていく俺の瞼に何か乗るわけ無いから。
「ブリュー!!」
いいな、オズワルドの必死な声。




