お家が一番
「お前は水かあ。魔法の授業は十歳からだが、今からお前がどんな水魔法を見せてくれるのか楽しみだ」
俺はハッとして、頭上を見上げる。
俺の頭には大きな温かな手が乗っていて、俺のお父さんは俺をこの上なく誇らしそうな目で見つめている。
ライオンの鬣みたいな金色の豊かな髪を持つ、晴れた空みたいな水色の瞳をした、こんな俺でも愛してくれる大事なお父さんだ。
生きて俺の前にいてくれる!!
「ぼ、僕は魔法も使えないかも、だけど」
「何度も言うが、お前がお前であればいいんだよ」
「お父様、大好き!!」
俺はゲオルグに飛びついた。
身長差が凄いからゲオルグの膝に抱き着いた感じだが、ゲオルグはそんな俺を笑いながら抱き上げてくれた。
「ふふ。お前から大好きって言って貰えるって、この上ない喜びだな」
俺はゲオルグの首に両腕を回し、ゲオルグにぎゅうとしがみ付く。
温かくて大きくて筋肉のせいでなんか硬いけど弾力もある、この世で俺がどんなでも愛してくれる大事な父親。
「まあ。お父様にだけだなんて、お母様は悲しくてよ」
俺の背中に柔らかな手が添えられる。
俺はゲオルグに回した腕を解くと、背中に当てられた手の持ち主、アリシアお母様に向かって両手を差し出す。抱っこという風に。
「お母様大好き。お母様抱っこ」
「あらまあ、まあ。さあ、いらっしゃい、私の赤ちゃん」
俺は父から母に手渡され、俺は母の柔らかな体と心安らぐ彼女の香りを嗅ぐ。
ああ、どうして赤ちゃんの頃からお母様をちゃんと求めなかったのだろう。
いつか嫌われると考えて、自分から彼女を遠ざけていただなんて。
「どうしたの、フィール。急に甘えん坊さんになって」
「大きくなったら甘えられないって気がついたの。まだ甘えてもいい?」
「ええ、ええ。あなたはいつまでも私の大事な赤ちゃんよ」
「お母様!!」
「ほら、フィール。お母様が疲れちゃうぞ」
「うふふ。あなたこそフィールを抱っこしたいだけよね。ヒューベルト」
ヒューベルトが俺に向けて両腕を差し出していた。
まだ十二歳なのに、ゲオルグに似たからか平均よりも背が高く、けれどアリシアに似た柔らかな顔立ちという、まるで絵本の王子様みたいな素敵な美少年だ。
「おにいちゃま!!」
俺は母の腕から大好きな兄の腕の中へと移動していた。
まだ十二の兄は勢いよく彼の腕に来た俺のせいで少々よろめいたが、俺達が転ばないようにと伸ばされた沢山ので俺達二人は助かった。
父ゲオルグと母アリシア、そして、俺の大事なもう一人の兄、デューイの手だ。
笑顔いっぱいのデューイの頬に俺は手を伸ばす。
「ありがとう、おにいちゃま。大好き」
笑顔が弾けるって言葉を、俺はデューイによって理解させられた。
もともとの笑顔が、さらにさらに輝いたのだ。
「どういたしまして。僕も大好きだよ」
「うん。僕はみんなが大好き。大好き。みんなと一緒。凄く、凄く、嬉しい」
俺の家族は笑い出す。
俺の変わりように驚いてもいたけれど、だけど、人はいつ死んじゃうかわからない。だから言える時に言うべきことは言っておかなきゃ後悔する。
名もなき騎士の歌、その通りだ。
どうして過去に戻った記憶が俺に残ったままなのかわかんないけど。
ガーン、ガーン、ガーン、ガーン、ガーン。
え?
町中に響くだろう大鐘の音に、俺も俺の家族も、司祭だって耳を塞いだ。
全員の目には同じ恐怖の色が浮かんでいる。
だって、これは魔物襲来が起きた事を知らせる鐘なのだ。
「どうして?」
俺は信者席、包帯だらけのケヴィンが座っていた席へと振り返る。
誰も座っていない。
では?
バン!!
ドアを乱暴に開けた音が礼拝堂内に響いた。
両開きのドアの前に立つのは、やはりデュッホルト。
「うそ。そんな」
慄く俺など関係なしに、デュッホルトは――吹っ飛んでは来なかった。かつてのあの日を彷彿とさせるぐらい、さも緊急事態だという風にゲオルグに向かって駆け寄って来たけれど。
何?
なにがどうしたの?
「どうした? デュッホルト」
「デュッセンドルフの魔獣騎士団が大通りに入ったとの報告です。安全の為に、彼らが通り抜けた報があるまで神殿をお出にならないようにお願いします」
「昨夜の伝令でこれとは、早いな。わかった」
どうして魔獣騎士団が? 彼らはどこに行くつも――この町を通る大通りは王都に向かう街道と繋がっているじゃないか!!
「ま、まじゅうきしだんがくるの? み、見たい!!」
俺は兄の腕から降りると、首をグルグル振る。
もしかしたら、と思って。
ええと、この神殿から大通を眺められる窓はどこにある?
「そうだね、フィール。僕も見たいです。外を見て良いですか? 父上」
「兄様。僕も魔獣を見たいです!!」
「見るだけならな。外には出るなよ」
「「はい!!」」
ヒューベルト兄さんは俺の手を引き駆け出した。
もちろん、デューイ兄さんも遅れまいとヒューベルト兄さんの隣に並ぶ。
そして、そして。
兄は俺を俺が望む場所、町の大通りが見える大窓に連れて来てくれた。
神殿の敷地は塀で囲まれているため、塀向こうにある大通りを眺めらる場所として兄は三階の回廊へと俺達を走らせたのである。
俺達は息を弾ませながら、並んで大窓から外を眺める。
それで俺は見た。
十数頭のベヘモットが並び、バルバドゥス領を駆け抜けていく姿を。
真っ赤な髪をたなびかせた男を先頭に、真っ黒な騎士服の軍団がベヘモットの最高速度で飛ぶようにを駆けていくのだ。
あれは、あいつらは!!
俺は高鳴る胸を抑える。
俺が消えた後、恐らく砦でもワイバーン戦があったと思うけれど、俺が知っている誰も欠けているどころか怪我一つ無いように見える。
あいつらは無事だった!!
「すごい。大きな猫に乗ってる!!」
「デューイったら。あれは猫じゃなくてベヘモットという魔獣だね。デュッセンドルフの魔獣騎士団は馬の代りに魔獣に乗るんだよ」
「いいなあ。大きな猫に乗れるの。なら、僕は大きくなったらデュッセンドルフに行って魔獣騎士団に入る」
「あはは。デューイったら。ダメだよ。僕こそ魔獣騎士団に入るから、君は残って父上の跡継ぎをしてくれないかな」
「ええ~僕達にはフィールがいるじゃない」
え?
「そうだね。僕達二人いなくても平気か。頼んでいいかな、フィール」
「フィール。お願いね」
え? え?
「大丈夫。バルバドゥス領は父上がいる限り平和だ。僕が騎士として軍功を手にしたら戻って来るから、それまで頼むね」
ヒューベルト兄さん?
「ちゃんと僕達は戻って来るから、それまでの間だけ父上と頑張ってくれればいいから。フィールはお家が好きでしょ。頼んだね」
デューイ兄さん?
俺の困惑など無視して、最愛の兄達二人は将来の話、自分がバルバドゥス領を継ぐまでにやりたいことなどを楽しそうに語り合い出した。
そうだ、長男は領主、次男は家令として共同統治するのは決まっている。だから彼らは跡を継ぐまでの十数年は、他所で青春を謳歌しようと決めていたのか。
まだまだ幼い癖に、将来設計が万全だとは。
ただし、俺に家業や責任を押しつけること前提だとは。
何たる、悪辣。
だけど。
俺は笑い出していた。
もうすでに影も形も無くなった、あの魔獣騎士団の人達のことを俺こそ知っているから。
兄様達はきっと、彼らの汚いトイレに辟易し、オズワルドの俺様に振り回されて、逃げ帰ってくるかもしれないな、と。
でも。
「僕はおにいちゃま達がいないと寂しい」
俺は兄達に抱きしめられた。
「じゃあ、フィールも一緒に行こうか」
「みんなで魔獣騎士団に入ろう!!」
「あ、それはご遠慮させてください」
魔獣騎士団どころか、騎士団とか肉体系は絶対やだよ。




