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サクサク話を進めたいのに

俺を踏みつぶしかけ、俺の股間の臭いを執拗に嗅いでいた魔獣ベヘモットは、前世の子供時代に恐竜図鑑で見たことのある生き物に似ていた。

ついでみたいに古代生物として載ってたんだ。


もちろん、図鑑で見たスミロドンとは全く違う。

まず図鑑に描かれたような虎模様など毛皮に無く、ライオンみたいな茶色一色だし、目の前のベヘモットはサーベルタイガー独特の長い牙も持っていない。


なのに俺がベヘモット(ジェニーさん)からスミロドンを連想したのは、ジェニーさんが俺に向けて笑った? 威嚇? か、口を大きく開けて見せて来たからである。――あったんですね、凄い凶悪な牙が、ということですよ。


大きく開けた口の中には、獲物に突き刺し砕くためだけの上下八本の牙があって、それがぎらりと鈍く輝いてくれたんですよ。サーベルタイガーの二本の長い牙代りに、普通以上に長く凶悪そうな牙が八本に増えてやがる。


うん、怖くて気絶しそう。

ベヘモットの全容を知った俺にわかるのは、ジェニーさんの下で呑気に転がっていた俺がいかに危険だったかだ。

俺は俺を助けてくれた団長さんに向かって深々と頭を下げた。


「たしゅけていただきありがとうございます」


「え、助けたの俺でしょ」


若い方は自分を指さしながら俺に抗議の声を上げたが、俺は君に引っ張られたせいで首が締まって死にそうだったんだよ!!誰が君に感謝などするか。


「煩い、ケヴィン。それで丁寧な感謝をどういたしまして。君の名前は?」


「知らない人に名前を教えちゃいけないの」


俺の返答に二人は、ハア、と同時に溜息を吐いた。

俺も自分の返答がどうかと思うが、何者かわからない人達に身の上を明かせない。

俺はとりあえず裕福な伯爵家の子供で、二人が俺がここにいる理由を人身売買の誘拐によるものと心配したとおりに、金銭目的とした誘拐の危険がいっぱいな存在なのだ。


領地間の問題起こしちゃ駄目、ゼッタイ。

俺の判断材料の為に先に名乗って欲しいなあと彼らをじっと見つめるが、彼らは悩むばっかりのよう。


「正しい教えを守ってて偉いんだけど。どうしよう」


「とりあえずうちの詰所に連れて行きませんか。さあ、歩けるかな?」


若い方は俺に手を差し出した。

それは手を繋ごうって意味だけど、俺は彼にむけて両手を掲げていた。

俺はお兄様達に持ち運ばれる方が多いから、つい。


「おいおい。名前も知らない人に抱っこしてもらう方が危険だぞ?」


「じゃあ、あなたのお名前教えてください」


「名前を知りたい方から名乗るものでしょ」


「アンゴルモアです」


「お前、偽名だってわかるぞ」


うそ、異世界なのに知ってる?

アンゴルモアってノストラダムスが予言した恐怖の大王の名前だぞ?


「何バレたって顔しているの」


「だって、見抜(みにゅ)かれるとは思ってなかった」


「そんな変な音の名前、冗談でも親が子供に付けないよ」


「あ、そういうことか。ではポールと」


「このガキ。その流れでそれが本名だって信じる馬鹿いないぞ」


「ぶは。ケヴィンより頭が良いな」


団長とやらはしゃがみ、俺と視線を合わせるとニコッと笑う。

なんて魅力的な笑顔だと俺はドキッとした。男の子だけど。


「俺はオズワルド・グラナータ。デュッセンドルフ領の魔獣騎士団の団長だ。こいつは見習い騎士のケヴィン。それで、君の名前を教えて頂けませんか?」


五歳児の俺に素晴らしい笑顔をと礼儀を与えてくれたオズワルドに、なんて余裕のある大人なんだと俺は敬服するばかり。だから正直に名前を名乗ろうと思ったが、ファンタジー物好きだった前世の記憶から俺に待ったが入った。


タイムパラドックス案件を引き起こしちゃ駄目、絶対、だ。


包帯男が俺を送った時間枠がわからない状態で、俺がバルバドゥス伯爵家の子供だなんて言ってしまっちゃいけない。もしも送られたのが過去世界で、父と母が結婚する前だったら、俺が父の隠し子とかとなって母との結婚が無くなってしまうじゃないか。そしたら俺の存在自体が消える。俺の中に残る、父と母、そしてヒューベルト兄さんにデューイ兄さんの存在を消しちゃいけないんだ!!


「君?」


「僕の名前はブリューです。僕を誘拐した人が宝石よりももっと青い瞳の人がお父さんだって言ったから、だから、青い瞳の人を探しに来たの!!」


「君の父親はデュッセンドルフ伯か!!」


え?


「お前ったら俺の弟だっての?」


ええ?


俺は俺を救出した男二人のリアクションから、やべ、と思った。

思いがけず他所ん家の家庭争議を引き起こしてしまったらしい。

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