綱渡り
まえがき
本作品はフィクションです。
登場する人物、国家、組織、技術などは創作であり、実在するものとは関係ありません。
しかし、この物語の出発点となった問いだけは、現実から生まれたものです。
もし、私たちが当然のように信じてきた「核抑止」という考え方の前提が、静かに変わり始めているとしたら──。
本作品は、その問いを物語として描いたものです。
世界中の教科書には、同じ一文が書かれていた。
「核抑止は、人類史上最も成功した平和維持システムである。」
私は、その一文を何度も読み返した。
本当にそうだろうか。
もし、誰が撃ったか分からない核兵器が存在したら。
二〇四一年。
各国の海軍は、もはや潜水艦を追ってはいなかった。
追っていたのは「沈黙」だった。
全長三十メートルにも満たない無人潜航体。海底の地形をなぞるように進み、数か月、誰にも見つからず眠り続ける。
命令は一つだけ。
「指定地点で起爆せよ。」
国籍標識はない。通信もない。帰還もしない。
海底に沈んだ瞬間から、その兵器は国ではなく、ただの「物体」になる。
ある冬の朝、巨大都市の沖合で閃光が走った。
爆発は港湾施設を消し飛ばしただけだった。
しかし、世界を震え上がらせたのは爆発ではない。
誰がやったのか。
それが誰にも分からなかったことだった。
衛星は何も見ていない。
レーダーは何も捉えていない。
潜水艦の航跡もない。
通信記録もない。
残ったのは海底から現れた一筋の空洞だけだった。
世界中の情報機関が動き出す。
「ロシアだ。」
「いや、中国だ。」
「第三国のテロ組織かもしれない。」
「事故ではないのか。」
証拠はどれも決定打にならない。
その間にも、各国の核戦力は警戒態勢へ移行していく。
誰も報復命令を出せない。
しかし、誰も安心もできない。
核抑止とは、「報復できる」という信念の上に築かれていた。
だが今、報復すべき相手が分からない。
その瞬間、人類は初めて気づいた。
核抑止が壊れたのではない。
私たちは最初から、壊れても気づかない橋の上を渡っていただけだったのだ。
教科書の一文を思い出す。
「核抑止は、人類史上最も成功した平和維持システムである。」
私はペンを取り、その一文に一本の線を引いた。
そして余白に、小さく書き添えた。
「成功していたのではない。
成功していると、私たちは信じ続けていただけかもしれない。」
あとがき
この物語を書こうと思ったきっかけは、核抑止について考え続けたことでした。
現在の私の考えでは、現時点で言えるのは、「核抑止は存在しない」と断定することも、「全く問題なく機能している」と断定することも難しい、ということです。
核抑止は、長い間、国家が互いに核兵器を使用しない理由の一つとして考えられてきました。
しかし、その仕組みは本当に絶対的なものなのだろうか。
技術の進歩や戦争の姿が変わる中で、その前提も変わり始めているのではないか。
私は、そのことを考えているうちに、一つの仮説にたどり着きました。
「私たちが思い描いてきたような、大陸間弾道ミサイルによる全面的な核戦争だけが、核戦争の姿ではないのではないか。」
もちろん、これは私自身の問題意識であり、現実を断定するものではありません。
それでも、この可能性について考えたとき、私はとても嫌な気持ちになりました。
もし核抑止が私たちの想像以上に繊細で、不確実な均衡の上に成り立っているとしたら。
もし未来の技術が、その均衡を静かに揺るがすとしたら。
この作品は、その答えを書くためではなく、思考実験として書いた物語です。
願わくば、この物語がフィクションのままで終わることを、私は心から願っています。




