取り引き
翌朝、チャロアとオニキスが部屋で朝食を摂っていると、荒々しいノックが響いた。オーウェンである。なにか考え込んでいるのか食事を促してもすぐに手が止まってしまうオニキスにご飯を食べさせた後、チャロアは自分の分のスープを飲み「どうぞー」とカップを持ちながら言えば。
思いっきり扉を開け放って、ずかずかと中まで入ってきた足音が途中で止まった。
チャロアとオニキスが視線をそちらにやれば、ばつの悪そうな顔をしたオーウェンと、珍しく眉をしかめてオーウェンを咎めるように見るウェルナイアの姿があった。
「なんですか?」
「昨夜のことについてだが……その、食事中だったとは」
「オーウェン、この時間帯は大体が朝食時だって言ったよね?」
「……すまん」
「いーえ、ちょっと待ってて下さい。すぐ食べ終わっちゃうんで。先生はもう食べ終わってるので、お話なら先生の方にお願いします」
「ああ、すまないね」
最後の一切れを口に入れ、スープで流し込んだところで、チャロアは自分の分の食器をワゴンに乗せた。朝食を持ってきてくれたメイドがこうしておいて下さいと言った通りに。
それから、チャロアはオニキスと会話している二人を見る。オーウェンもウェルナイアもスーツがよれていて、目の下には隈。徹夜明けだとひと目でわかる。
「依頼でメリィオルテールを守るのではなかったのか!?」
「気にかけておいてくれとは言われたけれど、守ってくれとは言われていないわ。依頼内容は別だもの」
「内容を聞いてもいいかな?」
「良いわけないでしょ、こっちにも守秘義務ってものがあるんです。依頼内容はもらしませんよー」
何事にも、依頼中に知り得た情報を他者に漏らさない守秘義務というものが存在する。
依頼人である千種が了承しているならばともかく、こちらから勝手にぺらぺらと喋って良いことではないことくらい当然わかるだろう。
ならば何故こちらに来たのかはわからなかったが、不遜に笑ったオーウェンにチャロアは眉をしかめる。
「命令だ、依頼内容を言え」
「お……お断り、するわ」
言いづらそうに、それでも拒否を示したオニキスに、オーウェンは驚愕に目を見開きウェルナイアは息を呑んだ。
その光景に。ああ。納得と落胆が綯い交ぜになってチャロアの中で渦巻く。
この、大人は。この、卑怯者は。
オニキスが自分に逆らえないだろうと決めつけて、それで依頼内容を明かさせようとしたのだ。上から首根っこを押し付けて、命令なんて強制力のある言葉を使って、きっとそれが今まで通りだったから。
噛みしめた歯が、痛い。それでも、ここで噛みついたらオニキスの立場が悪くなるかもしれない。
そう思って血の味がする唇を舐め、オーウェンを視線で人が殺せるならば射殺すほどに睨みつける。チャロアに気づいたオーウェンが肩を揺らしたのをきっかけに、素早くウェルナイアが間に入ってきたが、庇うくらいなら最初から止めていろと思うとチャロアの口から思わず舌打ちが漏れた。
目を剥くオニキスを含めた三人を他所に、下を向いて深呼吸を二回。
大丈夫、今までだってこれで落ち着けた。だから大丈夫。暗示にも近い言葉を繰り返して、いつもの笑みを貼り付ける。
「取り引きを、しましょう」
「取り引きだと?」
「先生が気になっているものを調べてきてくれたら、こちらは依頼内容を明かします。もちろん、千種さんに許可を取ってからですが」
「こちらが損をする可能性のほうが高い気がするのは僕だけかな?」
「取引なんて、最初に欲を出したほうが損するように出来てるんですよ。それとも別に? 依頼内容をずーっと考えててくれても良いんですよ?」
「助手……でも」
「千種さんに聞いてからですから大丈夫ですよ、先生」
その言葉に、確かにと思ったのか。オニキスはずっと張り詰めていた気を緩めて、息を吐く。
それとは反対に眉をひそめたのがオーウェン。
「しかし」
「じゃあ依頼内容は一切知らせることは出来ませんね。さようなら」
「ぐっ……わかった、おい。何を調べる」
「あ……。ええと、メリィオルテールは国に保持登録が必要なのでしょう? その中から、所有届け出がはじかれた、もしくは途中で引き下げた人物、その理由まで全て調べてほしいわ。あと、武器職人の我竜点について変わったことがなかったか、お願いできるかしら」
「ちっ……行くぞ、ウェルナイア」
「うん」
チャロアとオニキスを振り返りもしないオーウェンとは反対に、こちらを時折振り返りながら見るウェルナイアは苦笑していて。
嵐のような二人は去っていった。




