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探偵の失態

 こんこん。


 確実に耳に入る大きさなのに、大きすぎないノック音が響く。それに返事をした千種の声に、ドアが開けられる。

 腰を折った美しい礼をしたメイドが一人、主人である千種に告げる。


「大旦那様、パーティーのお支度の時間です」

「おお、もうそんな時間か! すぐに行くとしよう」


 軽い腰を上げて、千種は去っていった。なんともフットワークの軽そうなご老人である。

 部屋の主が居なくなって、いつまでもここに居ても仕方がないため、オニキスたちも部屋を出たところ。待ち構えていたメイド三人に捕まった。優しげな笑顔とは反対に手を握ったり開いたりとしていて、その意図が読めない。


「あ、あのー?」

「大旦那様よりパーティーにご参加下さるよう言われております」

「え、聞いてな」

「時間が押しておりますので。どうぞ私共におまかせ下さいまし」


 こちらの言葉は聞かれずに、チャロアとオニキスは。部屋の近くの浴場であれよあれよという間に、お風呂で磨かれ香油を使ったマッサージ、メイクルームに移ったらお化粧にドレスへの着替えやらと他にも数え切れないほど目が回る勢いで施術されて。

 気づいた時にはすっかり別人になったチャロアとオニキスが居た。

 チャロアはオニキスと対になっているのがわかる、赤みの強いオレンジのグラデーションがかった太陽のようなドレスに。オニキスは幼い月の女神もかくやと言わんばかりの白と銀で織られたドレスだった。

 お互い、着替え終わった後に顔を合わせた時には面食らってしまった。なにせ、いつもとは全く違っていたので。


「先生、似合いますね!」

「あなたも……きれいな柿色ね」

「あっ、柿なんですね、ボク……」


 冗談ではなく、素のままに言われた感想にチャロアは肩を落とした。

 二人で気の抜けるような会話をしていれば、それまで微笑ましげに見守っていたメイドのうちの一人が。「会場へとご案内致します」とあの複雑怪奇な廊下を迷いもせずに進みながら会場へと連れて行ってくれた。

 オニキスには丈が長すぎたのか、時々生地を踏んで前に倒れそうだったためチャロアが抱き上げようとすると、「ドレスではいけません」と注意され。結局手を繋いでゆっくり歩くことで決着がついたのだった。


 夜の二十三時三十分。窓から見える景色は黒一色に塗りつぶされた頃。チャロア達が着いた時には、会場でビンゴ大会をやっていた。パーティーのホールというよりは、机と椅子のない大きめの多目的室といったようだった。あちらこちらに暗く沈黙を保つ大型のモニターがいくつも宙に下がっている。

 それにしても、せせこましいというか会場の広さに人数が会っていない。人が多すぎるため、息がしにくい。テレビスタッフの腕章をつけた数人が集まり「どうしよう、足りないぞ」「でもあれは予備ですし、大丈夫なんじゃ」「何があるかわからないんだぞ」と小さく騒いでいるのを視界の端に見た。

 チャロアとオニキスはしばらく手を繋いでパーティー会場を流離っていたが、繋いでいた手が熱気で汗ばみ。あまりの人の多さに、辟易としたオニキスが一回会場から出たいというため、出ようと背を向けたところで。


「こちらが今回、蔵で発見されたメリィオルテールです!」

「!」


 突然会場が暗くなり、いろんな場所に付けられていた大型モニターのみが発光する。

 小さく反応したオニキスが、画面に映るメリィオルテールが入った透明な小箱を見つめる。会場に備え付けられたモニターはよほど画質がいいのか、かすり傷一つまでくっきり詳細に見せていた。

 食い入るようにモニターを見ていたオニキスだったが、どこか訝しげに首をひねるのと同時に。


 

 モニターの画面が消えた。


 

 どこかで甲高い女性の悲鳴が聞こえて、一瞬で会場はパニックになった。少しでも明かりのあるところへ行こうと、うっすら輝く廊下へと通じる扉へと殺到する人々。

 そんな話なんて通じない群れに逆らえず、チャロアとオニキスは手を離してしまった。


「先生っ!」


 唯一の救いはオニキスは窓側に居たため人に浚われることはなかったことか。その代わりに、チャロアが引きずられ、流されてしまったが。

 人々に飲まれ、姿の見えなくなったチャロアに、オニキスは何度も「助手!」と叫ぶが、姿は見えなく返ってくる声はなく、何の意味もない。呆然としたオニキスの耳に、久方ぶりの声が聞こえた。


「あら、ごきげんよう。小さな探偵さん」


 闇の中、背後から聞こえた声に勢いよく振り返れば。そこには何もなかった。もしくは、オニキスの目が光に麻痺して見えないのかもしれないが。

 助手が居ないだけで震える体を叱咤して、オニキスはいつも通り強気に声を出した。


「なんのようかしら。メリィオルテールが盗めてさぞ嬉しいでしょう、どろぼうさん」

「嫌われたものねぇ。……嬉しくないわ、こんな罪の証を持たされて最悪よ」

「……あなたは、何を罪だというの?」

「あら、暴き立てるのが探偵の仕事だというのに、聞いてしまうの? つまらないわね」

「っ! 今のは!」

「聞かなかったことにしてあげるわ。でも、そうね。可愛い子には優しくするのが私の美学なの。……『我竜点』、これがヒントよ。それじゃあね」


 どのくらいだろうか。消えていた画面と電灯がつく。

 パーティー会場の電気という電気は全て付き、一気に明るくなったせいでオニキスは明滅する視界に目眩がした。

 そしてモニターには。


『確かに頂きました』


 という文字と一枚の白いカードが残されている様子を、ただ静かに映しているだけだった。


「先生!」


 チャロアと離れてしまったことに愕然と座り込んでいた、オニキスはその声に勢いよく顔を上げた。

 そこには、ドレスも髪型もぐしゃぐしゃにしながらも、オニキスに向かって人を避けまっすぐ小走りで近づいてくるチャロアだった。


「助手……!」


 小さく震える身体、勝手に目から溢れる涙。ぞわぞわと助手が居なくなったことをお思い出しては、無意識に息が詰まる。


「先生っ、大丈夫ですか!? お怪我は?」

「助手ぅ……」

「え? わっ!」


 あっちこっちオニキスの身体に触れ、痛くないですか? なんて見当違いの心配をしている屈んだ助手の首元に、ぎゅっと抱きついていまだ止まらない小刻みの震えを伝える。

 泣き声は漏らさないようにしている様が痛々しくて、チャロアはオニキスを抱き上げ、抱っこしたまま会場を出て部屋に戻ったのだった。

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