探偵と予告状
「キリスト教がまだ伝わっていない時代……今から約百五十年前なんだけど。空から金属の十字架と杭が降ってきて地面に刺さった、という言い伝えがあるんだ」
実は泥棒……自称怪盗からも予告状とやらがきていてね。
きっかり十五時に迎えに来た車の中、運転するウェルナイアから説明されつつ走ること三時間。晴紫蘭の土地へと着いた。
牧歌的なのどかさと、牧羊的という言葉の通り。羊がそこかしこで二、三匹で固まり草を食んでいる。時間がゆっくり流れている心地のする場所だ。
車が停まったのは、そんな牧草地の間、左手に小高い丘のある舗装されていない道だった。牧草地と言っても、柵が見当たらないためどこからどこまでが牧草地なのかはわからなかったが。こんなに素朴な雰囲気の場所で、怪盗から予告状とは一体?
首を傾げたオニキスとチャロアだったが、最初にウェルナイアが車を降りた。何事かと思っていれば、先にチャロア側の扉を、次に反対側に回りオニキス側の車の扉を開ける。
「は?」
「なにかしら?」
「狙われているものはこの小高い丘の向こうの岬にあってね。道もなくて車じゃ行けないんだ。僕たち警察はもう十分に調べ尽くしたから、君たちは今見ていくといいよ」
そう、手を取る形で立たされ車から下ろされた二人は、「晴紫蘭の屋敷はここから五分くらい歩けばあるからね」と言い残した走り去る車を見送っていた。完全に置いて行かれた。
一瞬、呆然としてしまった二人だが、すぐにオニキスが顔を顰めながら心底うんざりとばかりに喉の奥で唸った。
「だからあの人は嫌なのよ! これもきっと『オーウェンのことを思って……』とか言うんだわ。あぁ、もう! あなた、行くわよ!」
「え、行くんですか!?」
「依頼に必要なのよ? しかも躑躅からの依頼なら『受ける』以外の選択肢なんて最初から存在してないわ。内容も気になると言えば気になるし」
「『あなたの叫びを頂きます』でしたっけ? ずいぶん抽象的ですよね」
「そうね。でも何がどう叫んでいるのか、見るだけでも価値はあるでしょう?」
「確かに。盗まれるものも見ないと何も出来ませんからね!」
小高い丘、入口より少し手前に立っているチャロアたちには見えないが、その先は岬になっているという。見えない先を見透かすようにチャロアは深く頷いた。だがふと、あることに気づく。
「先生……その、登れます?」
「馬鹿にしているのかしら!?」
「いや、あの。先生の運動って畑の収穫がせいぜいじゃないですか。その……丘を登っているイメージがこれっぽちも浮かばないというか」
「…………こんな丘くらい登れるわよ!」
小刻みに震えながら顔をほんのり赤くしたオニキスはチャロアを睨んでから勇ましい、といえば聞こえはいいが、丘へと通じる綺麗に整えられた芝生を思いっきり踏みつけた。
夏とは言え、避暑地にもあげられるほどに涼しい晴紫蘭の土地は、半袖で来ると少し肌寒いくらいだったため、運動するくらいがちょうどいいのかな、と思ったチャロア。
整えられてはいるものの、道さえない丘の上にあるらしい盗品予定の品がある所へと続く芝生を登り始めたのだった、が。
五分後には疲れて芝生の真ん中でへたり込みそうになっていたオニキスを、チャロアがおんぶして回収したのだった。




