二十二、模擬試合
娯楽のあまりない邑でのことなので、模範試合は娯楽扱いになります。
稽古を始めて数日が経過していた。
数年の空白期間があったとはいえ、それなりに鍛錬を重ねてきた身である。虞縞玉は昔の勘を徐々に取り戻していた。多節棍はもう少しかかるかも知れぬが、それも時間の問題と思われた。
「それでは問題がなければ明日にでも模範試合を」
長老海天祥がそう言ったのは、言わばお墨付きである。縞玉が模範試合にと選んだ武器は方天戟である。長さは海碧玉の身長より少し長い程度で、打撃力は強化されてはいるが、怪我のないよう刃は砥いでいない練習用のものである。二つの月牙と中心の刃を満足そうに見つめた。
海翠玉が選んだのは鞭。所謂「ムチ」ではない。金属製の棒で、打撃による破壊を狙った武器である。その断面は刀剣などのように平たいものではない。もし打撃部の中程で切断してみたら、それが四角形を押しつぶしたような、微妙に加工させた形を成していることが判るだろう。鍔があり、一見すると剣にも似ているが、斬る為の刃がない。柄部分が翠玉の指先から手首の付け根までの長さで、全長は彼自身の腕の長さより少し長いようである。打撃部はその効果を最大限に引き出す為に竹に似た節がある。接する面を減らしているのだが、扱い自体は刀剣に近いため、両手を使う必要がない。方天戟と扱いを比較すれば、より単純ではあるが、長さがない分、不利といえるかもしれない。
「黒玉が確か……方天戟の扱いは上手かったな」
数年前の祭礼であっさりと翠玉に敗れて以来、鮑黒玉は余人の追随を許さぬほどに稽古を重ねたのだった。勿論、祭礼の時には他に目的があり、それはかなえられたので含むところはなかったにせよ、まっすぐすぎる攻め方を反省したのである。それは黒玉自身の性格そのものであったが、模範試合ならともかく実戦で通用するとは思えなかった。正直すぎる性格が改善されることは望めないにせよ、武器の扱いに長けることは海一族にあって悪いことではなかった。
翌日。夜に篝火を焚いて行うのが正式な試合である。略式の模範試合なのだからという者もいたが、「久しぶりに帰邑した者だからと言って扱いを粗雑にしてはならぬ」と天祥が鶴の一声でけりをつけた。海姓伝来の大音声である。同じくらいの声量が出せるのは藺天化くらいだろうが、そんなことで張り合っても無論意味はない。審判は天祥が務めることになった。舞台には念のため防護柵が作られている。
碧玉に先導されて現れた縞玉は、碧色と焦茶色を組み合わせた胡服を身にまとっている。筒状の袖は体にぴったりとしていながら、動きを制限しない。また、その素材自体がしっかりと織り込んで作ってあり、多少の武器は通さず、略式の鎧にもなりうるものであった。下肢を包む衣装もまた同様である。巫女が試合用の衣装にと前夜までに準備したものだった。
「お心に適うものか、判りかねますが…、良かったらお召し下さい」
控えめにそう呟いた目蓋は、ほんのりと桜のような色を帯びていた。先日の衣装もぴったりと合って着易かった。ありがとう。と告げると、にっこりと微笑む。その微笑に心の奥底の面影を重ね合わせることくらいは、許されるだろう。
縞玉と同様に、反対側から青玉に先導されて翠玉が来ていた。翡翠の羽のように艶やかな緑に黒を配した衣装は、勿論彼の妻である藺水玉の手製である。舞台中央に二人は適当な間隔を置いて、向かい合った。
「虞縞玉と海翠玉との模範試合を執り行う。いずれが勝ちを得ても敗者は不名誉にならぬよう、全力を尽くせ。以下のものは退場となる。一、足以外の体の部分が舞台に着いたもの。片膝を意図的につくことだけは認めよう。二、得物を三回相手に奪われたもの。三、気絶したもの。なお、相手に多少の怪我をさせることはやむを得ぬが、相手の命を危うくするような行為が行われた場合、即座に中止し退場となるので双方注意するように」
位置につき、お互いに礼を行う。両者が頭を上げ、得物を持ったことを確認して、天祥が合図を発した。
「はじめ!」
ざっ。両足をやや広めに開き、二人の青年は身構えた。
颯、颯、颯。風を切る音が響く。方天戟で攻撃を仕掛けるのは縞玉、鞭で月牙の脇の要所を、押さえるように応戦しているのは翠玉である。懐に飛び込んで来るようなその動きは、海一族の者には慣れない。身を翻しては柄を打とうとするが、まっすぐに見える攻勢は意外な程に巧妙で、柄に届く前にゆらりとかわされる。ぐずぐずしているとその反撃が別方向から飛んでくるのだ。翠玉にとってはやりづらい相手と言えた。だが、武挙で首席になった碧玉と互角の実力を持っており、海一族も含めて、既に敵の少ない彼にとっては、またとない好敵手でもある。この模範試合の持つ意味は、双方にとって小さくはないと思えた。その動きは迅速を極め、敏捷さでは並ぶもののない水玉でさえようやく追いつける程度である。縞玉の体がゆらりゆらりと、翠玉の疾風のような攻撃を避ける様は、小さな子供達にとって最早神技に近い。目を丸くして見つめている子供たちの面には、二人に対するあからさまな尊敬の念さえ感じ取れた。
かん、かん、かん。得物が激突する音は衝撃の強さのために鈍さはないが、決して軽くはない。それぞれ小さな子供程度の重量がある。
双方、若干まだ余裕はあるようである。うっすらと笑みを浮かべているのは、お互い何がしかの間合いを計っているようにも見える。翠玉が空いている左手の指を二本軽く交差させるのを見て、縞玉がにやっと笑い、やや不器用に片目を閉じて見せた。
「はっ!」
鋭い気合とともに、両者が武器を高く宙に放り投げた。と見る間に、それぞれ場所を移動していた。縞玉は後ろに向けて蜻蛉を切り、翠玉は防護柵の一番上を蹴って前方宙返りをした。回転し終えた二人の青年が再び舞台に足を着けた時、既に得物が入れ替わっている。地面に置かずお互いにも触れず、それを交換していたのである。
「お二人とも、あんなに重いものを…?!」
観衆がどよめいた。それが静まるのを待つ間もなく、再び風を裂く音が響き、激闘が始まっていた。だが、その勝敗の行方よりも、まるで芝居か軽業のような動きに人々は魅了されつつあった。青玉と紅玉の優美な剣舞では味わえない、野生的とさえ言えるこの試合は、一族には目新しいものだった。場所を入れ替え、攻守を入れ替えしつつ、独特の呼吸を持って打ち合う様は、既に双方忘我の境地に入っているようである。次第に汗が流れ、目に入るのも厭わずに二人は打ち合いを続けている。
方天戟に捻りを加えて打ち込み、それを押さえる鞭を一旦は受けて柄の部分で返す。屈んで避けると次に来るのは下肢を狙う攻撃。まるで体重のない者のように身軽に飛び、殆ど間一髪に避けて再び地上に降り立つ。鞭が方天戟を打ち返し、その中央の隙間を引っ掛けようとする。といった具合である。
そうして更に三百合ほど打ち終えたところで、天祥が鉄扇を投げて二人の武器をまとめて弾き飛ばした。鉄扇自体の重さは然程でもない筈だが、それは柵に届く少し手前で地面に突き刺さって止まる。打兵器と長兵器は弾かれた直後に一旦宙を舞い、次の瞬間鈍い音を立てて転がった。
「そこまで! 両者引き分けじゃ。久しぶりに楽しいものを見せて貰った。勝敗などは却って無粋だろうよ」
両者は一瞬転びそうになり、慌てて体勢を整える。唖然としたのは七十二歳にもなる老爺に、あっさりと得物を弾き飛ばされたからかも知れない。二人は顔を見合わせ、笑った。
「この顔が相手でも、大丈夫だったようだ」
そっと翠玉が縞玉に笑いかけた。
「そうだな。本人じゃない」
何かを吹っ切ったような微笑みは、篝火の灯りに照らされていた。
見世物としての意味合いが強いので、観客に楽しんでもらえるよう、出場者は色々工夫を凝らしました。
そして縞玉はようやく白玉の死をようやく乗り越えたようです。




