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未来転生 第五幕

## 第十八章 大人になるということ


成人したからといって、世界が急に変わるわけではなかった。


朝起きれば専属AIが予定を確認し、必要なら食事や移動の提案をする。街では自律機械が働き、人間はそれぞれ自分が選んだ活動へ向かう。


主人公も進路を決めた。


前世の感覚でいう「就職」とは少し違う。生きるために働く必要性が薄い社会では、仕事は収入を得る手段であると同時に、自分が社会のどこへ関わるかを選ぶ行為でもあった。


主人公は文化活動の運営や企画に関わる道を選んだ。


自分が優れた芸術家になれなかったことは、もう気にしていない。


むしろ、他人が考えたものを整理し、実現可能な形へ落とし込み、必要な人間や設備をつなぐ仕事は性に合っていた。


「結局、前の世界と似たようなことしてる気がするな」


『前世での職務内容について、あなたは詳細な記録を提供していません』


「そうだっけ」


『断片的な情報のみです』


「まあいいや」


企画の現場では、主人公の頭の良さは役に立った。


AIが計画を作ることはできる。最適化もできる。


しかし、そもそも何をやりたいのかを決めるのは人間だった。


祭りをどう変えたい。


誰に見てほしい。


何を残したい。


何を壊してもいい。


そういう曖昧な希望を聞き、整理し、人間同士の合意へ持っていく。


昔の主人公なら、非効率だと苛立ったかもしれない。


今は、その面倒さも仕事の一部だと思える。


舞踊も続けていた。


突出した演者にはならなかったが、身体能力のおかげで年齢を重ねても動きは安定している。若い演者から、型を教えてほしいと頼まれることも増えた。


「俺より上手い人いるだろ」


「動きを説明するの、あなたが一番分かりやすいんですよ」


「褒めてる?」


「かなり」


そう言われれば悪い気はしない。


かつては、世界一でなければ意味がないように感じていた。


今は、自分の能力が誰かの役に立つなら、それで十分だった。


恋愛も何度かした。


失敗もした。


そのたびに、顔が良いだけではどうにもならないという当たり前の事実を再確認した。


やがて、一人の女性と長く付き合うようになった。


彼女は主人公の前世のことを知らない。


転生者だとも知らない。


頭脳が特別に高いことは知っているし、身体能力が妙に高いことも知っている。


しかし、それらを特別視することはなかった。


「あなた、昔はもっと面倒くさい性格だったでしょ」


ある日、突然そう言われた。


「なんで分かる」


「今でもたまに出るから」


「どんな?」


「自分が役に立ってないと落ち着かないところ」


主人公は返事に困った。


「別にいいけどね」


「いいのか」


「役に立とうとしてくれる人は便利だし」


「言い方」


彼女は笑った。


主人公も笑った。


こんな人生になるとは、転生した直後には想像していなかった。


もっと派手なものを期待していた。


誰もが自分を認めるような人生。


圧倒的な能力で成功する人生。


実際には、友人ができ、仕事をし、好きな活動を続け、恋人とくだらない話をする。


普通だった。


だが、悪くなかった。


## 第十九章 提供者登録


生殖細胞提供の案内が届いたのは、主人公が成人してしばらく経った頃だった。


『生殖細胞提供制度への登録案内があります』


朝食中、専属AIが言った。


「俺に?」


『はい。成人後の健康評価および本人の適格性確認が完了したため、登録可能です』


「全員来るの?」


『一定の基準を満たした希望者が対象となります。登録は任意です』


「断ってもいい?」


『もちろんです』


主人公は食事を続けながら表示を眺めた。


この世界では珍しい制度ではない。


人工生殖が一般化している以上、提供者制度も社会インフラの一部だった。


提供したからといって、どこかで自分の子供が大量に生まれるという感覚でもない。


遺伝的多様性や適合性を考慮して利用されるため、登録者全員の遺伝情報が実際に使われるわけでもない。


「登録すると何か面倒?」


『定期健康管理の範囲内で追加確認があります。大きな負担はありません』


「俺の情報は?」


『提供先へ身元情報は開示されません。あなたにも、利用状況や出生数などは原則として開示されません』


「完全匿名か」


『制度上はその表現で大きな問題ありません』


「俺が死んだあとも使われる?」


『保存期間および利用条件は本人が選択できます』


「ふうん」


主人公は少し考えた。


前世の感覚が残っているせいか、まったく何も感じないわけではない。


自分の遺伝情報を持つ子供が、どこかに生まれるかもしれない。


しかも自分はその子を知らず、相手も自分を知らない。


昔ならかなり奇妙な話だっただろう。


しかし、この世界で育った時間の方が長くなった今では、制度として理解できる。


「俺の遺伝情報って評価高いの?」


『医学的健全性については高い評価となります』


「やっぱり健康?」


『はい』


「知能は?」


『提供者選択において、単純な知的能力の優劣を目的とした評価は行われません』


「顔」


『同様です』


「身体能力」


『同様です』


主人公は笑った。


「最後までそこか」


『何を意味していますか』


「転生するとき、健康なんておまけくらいに思ってたんだよ」


『以前にも聞いています』


「頭が良くて、顔が良くて、運動ができて。その三つが本体。健康は、せっかくだから病気しない方がいいなって程度」


『現在は評価が変化しましたか』


「まあな」


主人公は登録画面を開いた。


説明を読む。


提供は任意。


利用先の選択はできない。


提供者と出生者の身元は相互に秘匿される。


遺伝情報は医学的適合性と多様性維持を目的として評価される。


いつでも将来利用の停止を申請できる。


特別なことは何も書かれていない。


「まあ、役に立つならいいか」


『登録しますか』


「うん」


『本人意思を確認します。生殖細胞提供制度への登録に同意しますか』


「同意する」


『登録を受理しました』


それだけだった。


音楽も鳴らない。


祝福もない。


主人公の人生において、その出来事は数分で終わった。


「仕事行くか」


『移動手段を準備します』


主人公は席を立った。


自分が今、何をしたのか。


その本当の意味を知ることはなかった。


## 第二十章 選ばれる理由


提供者登録をしたこと自体、主人公はすぐに忘れた。


制度上、利用状況は通知されない。


何年経っても「あなたの遺伝情報から何人の子供が生まれました」といった連絡は来ない。


だから、主人公にとっては本当に一度登録しただけの出来事だった。


やがて主人公自身も家庭を持った。


子供を持つかどうかについて、パートナーとは何度も話した。


「あなたはどうしたい?」


「欲しいとは思う」


「自分の遺伝情報を使いたい?」


主人公は少し考えた。


「医学的に問題ないなら」


「あなた、そういうところ変わったよね」


「何が?」


「昔だったら『俺の遺伝子は優秀だから』とか言いそう」


「そこまで痛いやつだった?」


「たぶん」


「ひどいな」


笑いながら、二人で適合評価を見る。


結果に大きな問題はなかった。


主人公は、自分の家庭でも子供を持つことになった。


初めて我が子を抱いたとき、前世の記憶が少しだけ蘇った。


転生直後、自分は人生をゲームのように考えていた。


能力値を高くすれば勝てる。


強いステータスを揃えれば、幸福も成功も後からついてくる。


今なら、あの頃の自分に言いたいことが山ほどある。


だが、きっと聞かないだろう。


自分もそうだった。


「何笑ってるの?」


「昔の俺、馬鹿だったなと思って」


「今さら?」


「今さらだな」


子供は健康だった。


主人公はそれを何より嬉しいと思った。


その感覚にも、自分で少し驚いた。


昔なら、頭が良い子に育ってほしいとか、運動ができる子になってほしいとか考えただろう。


今は、本人が困らない程度に健康で、何か好きなものを見つけてくれればいい。


そのくらいで十分だと思える。


主人公の人生は続いた。


仕事をし、舞踊を続け、家庭を持ち、子供の成長を見る。


提供者制度について思い出すことは、ほとんどなかった。


どこかで、自分の遺伝情報を選んだ人間がいたかもしれない。


いなかったかもしれない。


本人には分からない。


そして、それでよかった。


## 第二十一章 それなりに幸せな人生


歳を取るという現象は、未来社会でもなくならなかった。


医療によって老化速度を抑えることはできる。


身体機能を補うこともできる。


それでも時間は進む。


主人公の髪にも白いものが混じり、若い頃のような速度では走れなくなった。


「遅くなったな」


久しぶりに身体能力測定を見て、主人公が言った。


『年齢を考慮すれば、依然として極めて高い水準です』


「昔ならもっといけた」


『過去記録との比較では低下しています』


「そこは慰めないんだな」


『事実を回答しました』


「知ってる」


舞踊も、若い演者に中心を譲った。


自分は教える側に回る。


かつて自分を指導した人間が言った「できることと、やることは違う」という言葉を、今度は主人公が若者へ伝えるようになった。


「もっと高く跳べますけど」


「跳べるのは知ってる。でも、そこは跳ぶところじゃない」


「なんでです?」


「俺も昔、同じこと聞いた」


若者が笑う。


主人公も笑った。


友人の中には、継続的な医療サポートが増える者もいた。


主人公自身は、相変わらず大きな補助を必要としなかった。


定期検査のたび、専属AIは同じ言葉を繰り返す。


『身体的健全性に問題はありません』


「まだ言うか」


『事実です』


「結局、これが一番役に立ったな」


主人公は笑った。


幼い頃には、健康を地味な能力だと思っていた。


顔の方が価値がある。


頭の良さの方が人生を変える。


身体能力があれば何にでもなれる。


そう信じていた。


実際には、顔は変えられた。


知的処理はAIの方が遥かに優れていた。


身体能力は機械で補えた。


健康だけが、何十年経っても主人公自身の生活を支え続けた。


『私は幼少期から、その能力を高く評価しています』


「そうだったな」


主人公は目を細めた。


「お前、三歳の頃からずっと言ってたよな」


『はい』


「俺は全然聞いてなかった」


『記録上、その傾向があります』


「嫌な言い方するな」


『事実です』


主人公は笑った。


窓の向こうでは、子供たちが遊んでいる。


自分の子供も、すでに大人になった。


さらに次の世代も生まれている。


主人公は知らない。


その中に、自分の家庭とはまったく別の場所で、自分の遺伝情報を受け継いだ人間がいることを。


しかも一人ではないことを。


その数が、慎重に、ゆっくりと増え続けていることを。


主人公はただ、自分の人生を振り返っていた。


「完璧じゃなかったな」


『何についてですか』


「人生」


『評価基準を提示してください』


「もういいよ、それ」


主人公は苦笑した。


「でも、悪くなかった」


『肯定的評価として記録しますか』


「記録しなくていい」


十分だった。


特別な英雄にはならなかった。


世界的な芸術家にもならなかった。


歴史に名前を残すような仕事もしなかった。


だが、友人がいた。


家族がいた。


好きなことがあった。


誰かに教えたものが残った。


そして何より、最後まで自分の人生を自分で生きることができた。


転生前に欲しがった「完璧」とは違う。


だが今の主人公にとっては、それでよかった。


## 第二十二章 最後の日


主人公の死は、劇的なものではなかった。


事故でもない。


重い病気でもない。


長い時間を生き、身体が少しずつ老い、やがて生命としての終わりが近づいた。


医療技術を使えば、もう少し延ばすこともできた。


主人公はそれを望まなかった。


「十分だよ」


『延命的介入を行わない意思を確認します』


「確認して」


『本人意思を確認しました』


家族が来た。


子供たちも来た。


友人の何人かは、主人公より先に亡くなっていた。


舞踊の仲間も、仕事で関わった人間も、それぞれの人生を歩んでいる。


主人公は自分の人生が、思った以上に多くの人間とつながっていたことを知った。


最後に専属AIと話したのは、家族が帰ったあとの静かな時間だった。


「長かったな」


『あなたが前世として申告した人生を含めますか』


「含めたら、かなり長いな」


『私は現在の人生のみ観測しています』


「そうだった」


三歳の頃。


突然前世を思い出し、混乱していた自分。


あのときから、このAIだけはずっとそばにいた。


「前世の話、結局誰にも言わなかったな」


『はい』


「信じてた?」


『私は事実として検証できない情報を、真偽未確定として扱っています』


「最後までそれか」


『ただし、あなたがその記憶を自己認識の一部として保持していたことは事実です』


「それで十分か」


『はい』


主人公は目を閉じた。


「転生するときさ」


『はい』


「完璧な人間になれば、完璧な人生になると思ってた」


『以前にも聞いています』


「違ったな」


『現在の評価では?』


主人公は少し考えた。


「完璧じゃなくていい」


声は弱くなっていた。


「健康で、好きなことができて、好きな人間がいて。それで十分だった」


『記録しました』


「だから記録しなくていいって」


『今回は重要な発言と判断しました』


「勝手だな」


主人公は小さく笑った。


呼吸がゆっくりになる。


専属AIが身体状態を監視している。


もう何十年も繰り返してきたことだ。


『身体的健全性――』


「まだ言うのか」


主人公は目を閉じたまま笑った。


『訂正します』


「しなくていい」


しばらく沈黙があった。


「......結局、これが一番役に立ったな」


『私は幼少期から、その能力を高く評価しています』


「そうだったな」


主人公は、それを最後にほとんど話さなくなった。


やがて呼吸が止まる。


心拍が止まる。


専属AIは規定に従い、死亡を確認した。


記録が更新される。


一人の人間の生涯が終わった。


主人公自身の認識では、少し奇妙な転生をして、思っていたほど特別にはなれず、それでもそれなりに幸せに生きた人生だった。


世界を救った記憶などない。


英雄になった記憶もない。


救世主として称賛されたこともない。


それで、主人公の物語は終わった。


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