表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔力ゼロですが、魔法はぜんぶコードなので問題ありません 〜前世プログラマーの少女、キーボードで異世界をデバッグする〜  作者: せい | 健康優良不良プログラマ
第1部 ⑥「世界が、見つける」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
211/211

第211話 はじめての読み手

「いいか。きみは、しゃべるなよ」


朝の作業場に入るなり、ティオが指をつきつけてきた。


「……おはよう。なんの話?」


「四日まえの、あれだよ。きみ、灯りを見ながらぶつぶつ言ってたろ。わたしが横で説明しなくても、読めるんだろうか——って」


「……声に、出てたんだ」


「出てた。ばっちり」


机のうえには、ゆうべのうちに書きあげた紙がある。


エルナの下書きが一枚。それと、きまりの一冊。


「だれかに読んでもらうんだろ。だったら、書いたきみが横で説明したら、試験にならない」


(——一本とられた)


そのとおりだった。


わたしがとなりで口をはさんだら、読めたのは紙じゃなくて、わたしの説明のほうになる。


前世にもあった。書いたものを、書いた本人ぬきで人に読ませる検分。


紙がひとりで立てるかどうかは、書いた本人がいちばん分からない。


「わかった。だまってる」


「ぜったいだぞ。きみ、すぐ説明したがるからな」


「しません」


「その返事がもう、あやしい」


「だって、聞かれたら答えたくなる」


「聞かれるまえに答えるのが、きみだ」


ぐうの音も出なかった。


ためす紙は、みじかくしてある。


あかりと、ひとやすみ。名前がふたつと、かこみがひとつ。


湯殿のひと晩を書いた身には、拍子ぬけするほど小さい。


でも、はじめての読み手にわたすなら、これでいいと思った。


戸のすきまから、秋のつめたい風が入ってくる。


カーン先生は朝から棟のむこうで、作業場の隅はふたりきりだった。


読んでもらう相手は、すぐに決まった。


湯殿のあの子だ。


あの盤のことを、じぶんの仕掛けみたいによろこんだ子でもある。


昼やすみ、そばかすの子は呼びにいったティオより先に駆けこんできた。


「よむだけで、いいのか?」


「よむだけでいい」


机のまえにすわらせて、下書きの紙ときまりの一冊をわたした。


「わからなくなったら、この一冊を見て。人には聞かないで」


「聞いちゃ、だめなのか」


「だめ。きょうは、そういう決まりなの」


石は朝のうちに、ティオが満たしてくれてある。


わたしは机のはしに椅子を引いて、両手を膝のうえに組んだ。


しゃべらない役の、はじまり。


口を結ぶだけの仕事がこんなに落ちつかないなんて、知らなかった。


窓からは、収穫祭ちかい昼の光が白く机までとどいている。


そばかすの子はそで口をにぎったりはなしたりしてから、紙に向かった。


それから、ぐっと顔を近づけた。


「うえから、じゅんばんに読む。一行に、ひとつ……」


一冊をめくりながら、指で一行めをおさえる。


「あかりを、ともす。……つぎは、ひとやすみ」


読みあげる声はまだ、たしかめるようにおそい。


でも、道をまちがえてはいない。


(——読めてる)


読む声がすこしずつうたうようになっていく。


指が一行ずつ、下へおりていく。


名前の書きだしの形には、つまずきかけた。


でも一冊をめくって、自分で見つけた。


「これ、名前ってやつだな。中身をまとめて、よぶための」


だれも、ひとことも口をきいていない。


紙と一冊だけで、この子はここまで来た。


つまずいたのは、そのさきだった。


「……このかこみのわきの、三って、なんだ?」


顔があがる。


わたしは口をひらきかけて、とじた。


ティオがこっちを見ている。だまってろ、の目。


説明したい言葉がのどの奥までせりあがってくる。


のみこんで、膝のうえの手をにぎった。


「三行めってことか? それとも、名前が三つってことか?」


そばかすの子は一冊を最初からめくりなおした。


紙のめくれる音だけがつづいた。


数はかこみの右わきに小さく書く——場所のことなら、書いてある。


でも、その数がなんの数なのかは、一冊のどこにもなかった。


(——あ)


書いたふたりには、あたりまえすぎたのだ。


あたりまえは、紙にのらない。


のらなかった穴は、書いた本人には一生見えない。


見えるのは、はじめての読み手だけ。


「……ごめん。わかんない」


そばかすの子がしょんぼりと紙を置いた。


「あやまらないで」


だまる役は、そこでおしまいにした。


「いま、この紙のいちばん大きな穴を見つけてくれたの。あなたが」


きまりの一冊をひらいて、その場で一行書き足す。


かこみのわきの数は、かこみの中身をはじめからその数だけくりかえすしるし。


インクをかわかすあいだ、ティオがにやにやしていた。


「直されるのは、きまりのほうか。読めなかった子じゃなくて」


「読めなかったのは、読み手のせいじゃないもの。書いてなかったせい」


「おぼえとこ。読めなくても、おこられない」


そばかすの子がほっとした顔で言うので、三人で笑った。


書き足した一冊で、そばかすの子はもういちど最初から読んだ。


こんどは、とまらなかった。


「あかりをともして、ひとやすみ。それを、三回。……この紙、あかりが三回つくんだ」


顔をあげた目が、まるい。


「あってる、のか?」


わたしはだまって、盤を指さした。


たしかめる方法なら、ここにある。


写しかえは、ティオの手にたのんだ。


穴の場所をまちがえずに開けるのは、まだ慣れのいる仕事だからだ。


そのかわり、なにを写すかは読み手が決める。


そばかすの子が読みあげて、ティオが符号語にほどいて、錐をとおす。


「あかり、ときたな。じゃ、この塊だ」


「つぎ、ひとやすみ!」


「はいよ」


きり、きり。


みじかい布が一本、できあがった。


盤のまえには、そばかすの子を立たせた。


布のとおし方と取っ手だけおしえて、わたしとティオはうしろにさがる。


小さな手が取っ手をまわす。


かち。


机のはしで、灯りがぽ、とともった。


「ついた!」


ひとやすみの間をおいて、また、ともる。


三回めがともったとき、そばかすの子は湯殿の朝とおなじ声をあげた。


「三回だ! 紙に書いてあったとおりだ!」


三回めの灯りが消えても、そばかすの子は盤のまえを動かなかった。


うしろで見ているだけの灯りがこんなにまぶしいとは、知らなかった。


品評の広間で見せた日、この盤に人の手はいらなかった。


きょうは——書いたわたしごと、いらない。


(——わたしの手も、いらない)


四日まえの問いの答えなら、もう目のまえではねていた。


戸口で、絹の音がした。


半分あいた戸のむこうを、上等な服が通りかかって——止まった。


胸もとに家紋の札。手のなかに、小さな扇。


顎をすこし引いて人を見る、あの令嬢だった。


視線はわたしたちじゃない。


机のはしの、エルナの紙。


令嬢は戸口に立ったまま、紙のならびを目でたどった。


上から、下まで。だまったまま。


扇はとじられたまま、動かない。


「……読めてしまうわね」


それだけ残して、絹の音が廊下を遠ざかっていった。


そばかすの子がきょとんとしている。


「いまの、だれだ?」


「知らない」


名前は、ほんとうに知らない。


でも、あの人にもいま読めたのだ。


家紋の札の胸にも、湯かき棒の手にも、おなじ紙が読める。


きょう、ならぶはずのないふたりがおなじ紙を読んだ。


(——「だれの手でも」の、だれが、ひろい)


そばかすの子は紙を返してよこして、名残おしそうに盤をなでた。


「また、よんでいい? こんど」


「うん。またこんど」


小さな読み手は、廊下をはねるように帰っていった。


足音が消えると、ティオが大きく伸びをした。


「なら、つぎは、おれたちの言葉の側を固めよう」


「言葉の側?」


「きょうみたいな穴が、まだあるはずだ。読み手がふえるまえに、ぜんぶ一冊にのせておく」


読み手がふえるまえに。


その言い方に、すこし笑ってしまった。


ふたりで作った、ふたりの言葉。


でも、もう、ふたりだけの言葉じゃないらしい。


きょう一日で、読み手はふたりもふえた。


ひとりは声に出して。ひとりは、だまって。


きまりの一冊をひらいて、書き足したばかりの一行に指をおく。


インクはもう、かわいていた。


■あとがき・解説


第211話は、書いた本人が黙る話です。紙がひとりで立てるかどうかは、書いた本人にはいちばん分かりません。


■この話で出てきた言葉


■「読み手の検分」——書いた本人ぬきで読ませる


書いた人が横で説明したら、読めたのは紙ではなくて説明のほうになります。だから今日のリナは、しゃべらない役。現実のソフトウェア開発でも、書いた本人を黙らせて他人に読ませる検証があります。ブラインドテストや、ドキュメントレビューと呼ばれるものです。


■「あたりまえは、紙にのらない」——他人の目が言語を良くする


かこみのわきの数がなんの数なのか。書いたふたりには、あたりまえすぎて書き忘れていました。書いた本人には一生見えない穴を、はじめての読み手が一発で見つける。直すべきは読み手ではなく、きまりの一冊のほう。言語仕様は、こうして他人の目で育ちます。


■「わたしの手も、いらない」——品評の日の対


品評の広間で見せた日、盤に人の手はいりませんでした。今日は、書いたリナの説明ごといりませんでした。機械が人の手を離れ、言葉が書き手を離れる。魔法が「だれの手でも」に近づく、二歩めです。


■「読めてしまうわね」——戸口の読み手


通りがかりにひとこと残していった人がいます。湯かき棒の手にも、家紋の札の胸にも、おなじ紙が読める。「だれの手でも」の「だれ」は、思ったよりひろいようです。


次の話もお楽しみに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ