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魔力ゼロですが、魔法はぜんぶコードなので問題ありません 〜前世プログラマーの少女、キーボードで異世界をデバッグする〜  作者: せい | 健康優良不良プログラマ
第1部 ⑥「世界が、見つける」

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145/211

第145話 自警団の出番(前半)

張り込みの初日、わたしは父と、昼のうちにハーラム町の詰所へ寄った。


ヨハンは土間で革紐を選り分けていた。

壁には木剣と盾。

夜番表の板に、今夜から知らない印が増えている。


「悪いな。こっちから取りに行くつもりだった」


「ついでだよ。塔に上がる前だから」


わたしは読み札の束を渡した。


昨日の夜なべで作った、張り込み用の札だ。


に——荷車。

ひ——人。

うま——馬。

いし——二つの石の道。


見たものを、見た数だけ送る。


「考えは送らない」


わたしは言った。


「怪しいとか、たぶんとか、そういうのは送れない。荷車なら荷車。人なら人。数と場所だけ」


「考えるのは、こっちの仕事ってことだな」


ヨハンは札を道具袋へしまった。


「いいよ。見張りってのは、元々そういうもんだ」


それから、わたしは鞄の底から布包みを出した。


「お母さんから。つぶれても食べられるのを選んだって」


固い麦菓子だった。

ヨハンは笑って、道具袋の奥へ押し込んだ。


「ノラからも伝言。手紙がもうすぐ着くから、あけるとき、のりをやぶらないでって」


「破らなきゃ開かないだろ」


「破れたら、途中で誰かが読んだってこと。だから、ちゃんと自分で破ってって意味」


ヨハンは少し考えて、真顔で頷いた。


「分かった。俺が破る」


封の意味を、真顔で受け取れる兄だった。


「ヨハン」


「ん」


「敵の符牒は、こっちが読めるようになった。でも、こっちの光も向こうから見える」


「だから事実だけ、なんだろ」


兄はにっと笑った。


「荷車が二つ通った、までなら見られてもいい。俺たちがどう動くかは、光に載せない」


理解が早い。


二年前の春に村を出ていった兄は、いつの間にか「運ぶ言葉と運ばない言葉」を分けられる人になっていた。


詰所の戸口で、ヨハンは夜番表をもう一度見上げた。

自警団の顔に戻っていく横顔を、わたしは父と並んで見ていた。


◇◇◇


初夜、わたしは父と街道の丘の塔にいた。


夜番の応援、という形だ。

コルネリアさんが町に話を通し、父が隣にいることが条件だった。


ダンが布時計の封紙を確かめる。

ニコが止め板の横に立つ。

ヤンさんは、西側塔から移ってきて、丘の下の闇を見ている。


夏の夜でも、丘の上は冷える。

火皿の小さな火と、白湯の椀が回ってきた。


椀の縁が欠けている。

塔の備品は、どれも少しずつ欠けていて、その分だけ手に馴染む。


北の道を見張れる東側の塔——東の荷継ぎ場と、ヴェルデン道の中継台だけ、今夜から夜番が増えている。


知らせは、来なかった。


一度だけ、東の荷継ぎ場の塔から短い光が来た。

町を経て、丘まで中継されてきた光だ。


うま——ひとつ。


ニコが読み、記録板に書く。


馬一頭。

ただの夜の旅人かもしれない。

卿の手の者かもしれない。


それ以上は、光からは分からない。


(——見える事実と、見えない意味)


(——埋めるのは、地面にいる人たち)


夜明け前、ヨハンの組から定時の光が届いた。


かわりなし。


三文字ぶんの短い符号が、それでも温かかった。


変わりがない、と知らせてくれる仕組み。

何も起きない夜に、何も起きないと分かること。


前世のわたしは、それを死活監視と呼んでいた。


動いていると定時に知らせ続ける。

知らせが途切れたら、その途切れ自体が異常の知らせになる。


かわりなし、の三符号は、だから沈黙よりずっと強い。


父は塔の脚に背を預けて、目を閉じていた。

眠ってはいない。

紐が鳴るたび、まぶたの下で目が動いていた。


◇◇◇


二夜目は、少しだけ揉めた。


夜半、東の荷継ぎ場の塔から続けて光が来た。


ひ——ふたつ。いしのみち。


二つの石の道に、人が二人。


ニコの声が、夜気の中で硬くなる。


ダンが記録を書き、ヤンさんが顎を上げて続きを待った。


次の光は、なかなか来なかった。


長い間。


「……来ません」


「待て」


ヤンさんが言う。


待つ。

返答待ちの決まりどおり、再送はしない。


四半刻ほどして、ようやく光が来た。


ひ、ふたつ。きえた。とりやめ。


人二人は、消えた。

そして、とりやめ。


「とりやめ?」


ダンが眉を寄せた。


「うちの札に、そんな言葉はあったか」


なかった。

わたしの作った札には、ない言葉だ。


朝になって、事情が分かった。


二つの石の道にいた二人は、卿の手の者だった。

自警団の張り込みと、卿側の見張りが、互いを怪しんで睨み合ったらしい。


ヨハンの組頭が頭を抱え、卿の手の者は名乗らずに消え、双方が「とりやめ」を別々の言葉で町へ送った。


「同じ獲物を追ってるのに、犬同士が吠え合ってどうする」


ヤンさんは呆れていた。


わたしは記録板の「とりやめ」の文字を見ていた。


(——言葉が揃ってない)


(——町と卿の手で、札が別々なんだ)


追う相手は一つでも、追う側は一枚岩ではない。

符号を作る時、わたしは敵のことばかり考えていた。


味方同士の言葉を揃えることを、考えていなかった。


昼のうちに、コルネリアさんへ短い手紙を書いた。


卿の手の者にも、同じ読み札を。

それから、互いに名乗るための合図を一つ。


返事は夕方に来た。


読み札の写しは、使者を通じて卿の手の者へ渡った。

名乗りの合図は、コルネリアさんが決めた。


夜の道で行き合ったら、先に気付いた方が「とう」、応える方が「ふだ」。


塔と札。


わたしたちの仕事の言葉が、そのまま合言葉になっていた。


◇◇◇


三夜目は、月が薄かった。


雲が低く、星も少ない。

荷を動かすなら、こういう夜だと思った。


たぶん、丘の上の全員が同じことを考えていた。


誰も口にしないまま、夜が深くなった。


ニコは止め板から手を離さない。

ダンは布時計の横で、膝を一度も崩さない。


ヤンさんだけが、いつもどおりの姿勢で闇を見ていた。


「嬢ちゃん」


「はい」


「眠くなったら寝ろ。子供の仕事は、もう終わってる」


「札のことですか」


「ああ。いい札だ。考えなくていい札ってのは、夜に強い」


考えなくていい札は、夜に強い。


その言い方を、わたしは頭の中で書き留めた。


夜半を過ぎた頃。


町の方角の空の低いところで、光が瞬いた。

東からの中継だ。


ニコの背中が、すっと伸びる。


短い。

短い。

長い。


「いし」


二つの石。


続く。


「に——ふたつ」


荷車、二つ。


間。


「ひ——みっつ」


人、三つ。


ニコが読み終えるより先に、ヤンさんが立ち上がっていた。


「中継。そのまま流せ」


ダンの手が紐を引く。

丘の光が、同じ三つの言葉を町へ運ぶ。


いし。

に、ふたつ。

ひ、みっつ。


町の塔が受けて、自警団の詰所が起きる。

二つの石の道の闇で、ヨハンたちが息を殺して荷車を数えている。


わたしは記録板の端を、強く握った。


ここから先は、地面の仕事だ。


雲の低い夜の底で、二つの石の道が動き始めていた。


■あとがき・解説


第145話は、追跡の始まりを「塔の上」から見る回でした。


今回は「事実だけを送る」「かわりなし」「味方の言葉」についてゆるく書いていきます。


■この話で出てきた言葉


■「事実だけを送る」——考えは光に載せない


リナの作った張り込み札は、荷車・人・馬・場所と数しか送れません。


「怪しい」「たぶん」を送れない設計には、二つの意味があります。


一つは、敵にも光が見えるから。

事実だけなら、見られても作戦は漏れません。


もう一つは、夜中の見張りに判断をさせないため。

「考えなくていい札は、夜に強い」——疲れた人でも間違えない形が、現場ではいちばん強い形です。


■「かわりなし」——沈黙より強い知らせ


何も起きない夜に、何も起きないと定時に知らせる。


知らせが途切れたら、途切れたこと自体が異常の合図になります。


リナが前世で「死活監視」と呼んでいた仕組みです。

静かな三符号が、夜の安心を支えています。


■「味方の言葉」——敵より先に、味方と揃える


二夜目の睨み合いは、自警団と卿の手の者で「札が別々」だったことが原因でした。


暗号や符号を作るとき、つい敵のことばかり考えてしまう。

でも実際の運用でまず事故が起きるのは、味方同士の言葉が揃っていない場所です。


合言葉は「とう」と「ふだ」。

塔と札——この物語の仕事の言葉が、そのまま夜の道の合図になりました。


三夜目、二つの石の道が動きました。


次の話もお楽しみに。


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