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魔力ゼロですが、魔法はぜんぶコードなので問題ありません 〜前世プログラマーの少女、キーボードで異世界をデバッグする〜  作者: せい | 健康優良不良プログラマ
第1部 ⑥「世界が、見つける」

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第128話 ベルマンの計算

青の月の十九日。


商人ギルドの小部屋には、朝から数えた硬貨の匂いが残っていた。


銅貨と銀貨。

油の代金。

夜番の番料。

荷車一台が一日遅れた時の損。


机の上に並んだ紙は、昨日の白紙よりもずっと重く見えた。


ベルマン氏は、細い指で一枚目の紙を押さえた。


「これは、信号塔が一日止まった場合の損です」


父が紙を見る。


「多いな」


「ええ。ですが、全部が直接の損ではありません」


ベルマン氏は静かに言った。


「荷が遅れる。急報が信用されなくなる。塔番が夜に立つのを嫌がる。そういう小さな遅れと不安が、何日か後に値段へ出ます」


(——値段へ出る)


その言葉が、頭の中で引っかかった。


昨日、わたしたちは足跡と白い採寸跡を見た。

壊されてはいない。

けれど、見られていた。


ベルマン氏の紙では、それが銅貨と銀貨に変わっていた。


「では、こちらが二枚目です」


紙がめくられる。


そこには、見張り二人分の番料と、三十日分の食事代が書かれていた。


「街道の丘と西側塔のまわりに、夜の見張りを増やします」


「塔番とは別に、ですか」


わたしが聞くと、ベルマン氏は頷いた。


「塔番は信号を見る人です。布時計を載せる日なら、起動と停止を確かめる人でもあります。外の道を見回る人まで、同じ手に載せると崩れます」


(——役割を分ける)


胸の奥で、前世の癖が小さく反応した。

一つのものに、何でも背負わせない。

灯り箱は光を出す。

遮蔽板は光を切る。

信号士は見る。

なら、周りの道を見る人は別にいる。


父が紙から目を上げた。


「その金を、商人ギルドが出すと」


「はい」


ベルマン氏はあっさり答えた。


「町の税ではありません。通信料金の急報積立にも触れません。商人ギルドの商いを守るための費用です」


「商人の得ですか」


わたしの口から、思ったよりまっすぐな言葉が出た。


ベルマン氏は、少しだけ目を細めた。


怒った顔ではない。

むしろ、質問を待っていた顔だった。


「そうです。商人の得です」


「……はい」


「荷が速く動けば商人は得をします。急報が信用されれば荷主も得をします。道が安全だと思われれば、宿も馬方も得をします」


ベルマン氏は紙の上を、指で小さく叩いた。


「得をする者が、続けるための費用を出す。それは商人の計算です」


◇◇◇


父は、しばらく黙っていた。


ベルマン氏の計算は分かりやすい。

分かりやすいからこそ、わたしの胸には別の不安が残った。


「ベルマン氏」


「はい」


「商人ギルドが見張りを置いたら、塔は商人ギルドのものになりますか」


部屋の空気が、少しだけ止まった。


父の視線が、わたしの方へ動く。

でも、止めなかった。


ベルマン氏は、机の端に置いた筆をまっすぐに戻した。


「なりません」


短い答えだった。


「塔は、通信覚書に載った塔です。町役所が許し、村や塔番が責任者として名を出す。商人ギルドは料金と一部の費用を扱う。それだけです」


「でも、お金を出す人は、口を出せます」


「出したくなりますな」


ベルマン氏は、少し笑った。


それから、笑みを消した。


「ですから、先に書きます」


三枚目の紙が出てきた。


まだ白い。

昨日の白紙に似ている。


ベルマン氏は、そこにゆっくり書いた。


見張りは、塔の信号判断に口を出さない。


布時計を載せる塔と日を、商人ギルドだけで決めない。


急報の送信可否は、通信覚書の責任者と塔番が見る。


支払い名簿は、町役所へ写しを出す。


一行ずつ、紙の上に決まりが増えていく。


「これで、完全に防げるわけではありません」


ベルマン氏は言った。


「ですが、紙に残らない金ほど、あとで人の首に縄をかけます」


(——紙に残らない金)


その言葉は、冷たかった。


けれど、わたしには少しだけ分かった。

誰が払ったのか。

何のために払ったのか。

どこまで口を出していいのか。

そこを曖昧にしたまま便利な仕組みを動かすと、いつか便利さの方が人を押しつぶす。


父が低く言った。


「見張りは、誰だ」


「商人ギルドの荷見張りから二人。塔番ではありません。名はここへ書きます。ヤンさんにも見せます」


「コルネリアさんには」


「もちろん。町役所へ出します」


父は頷いた。


「なら、話はできる」


◇◇◇


ベルマン氏は、小さな革袋を机の上に置いた。


硬貨の重みで、袋の底が丸く広がる。


「三十日分です」


「もう用意したのですか」


わたしが聞くと、ベルマン氏は首を横に振った。


「昨日の夜に、半分だけ」


「半分」


「残りは今朝、別の商人に出させました。荷を急がせたい人ほど、塔が止まると困りますから」


商人らしい。


そう思った。


同時に、少しだけ怖いとも思った。

ベルマン氏は、誰が困るかを知っている。

誰なら金を出すかも知っている。

そして、その金を集めることができる。


(——この人は、線の上を歩いている)


得だけで動くなら、塔を買おうとする。

善意だけで動くなら、三十日分の番料は集まらない。


その間に、ベルマン氏は立っていた。


わたしは、初めて王都という言葉を聞いた日のことを思い出した。

あの時も、この人は急がせなかった。

けれど、町の論理を家の食卓へ置いた。


今も同じだった。


「ベルマン氏」


「はい」


「どうして、ここまでするのですか」


「商人の得です」


さっきと同じ答え。


でも、少しだけ間があった。


ベルマン氏は、革袋を見た。


「壊れてから安く買う商人には、なりたくありません」


声は静かだった。


それ以上の説明はなかった。


わたしは、細い目の奥を見た。

商人らしい計算がある。

それは確かだ。


でも、その奥にもう一つ、別のものがあった。

名前はまだ分からない。

義理かもしれない。

意地かもしれない。

この町で商いを続ける人の、見えない背骨のようなものかもしれない。


「お嬢さん」


ベルマン氏が言った。


「よい仕組みは、作った日より、続いた日の方が値打ちを持ちます」


「続いた日」


「ええ。今日動いたものを、明日も動くようにする。それは発明ではありませんが、商人にもできる仕事です」


父が革袋を手に取った。


すぐには受け取らず、重さだけを確かめる。


「この金は、塔を動かす金じゃない」


父が言った。


「人を夜に立たせる金だ」


「はい」


ベルマン氏が頷く。


わたしは、革袋の丸い影を見ていた。


銅貨は光らなかった。

けれど、その重さで誰かが今夜、塔の外に立つ。


それが少し怖くて、少しだけ頼もしかった。


帰り際、ベルマン氏が窓の外へ目をやった。


「見張りを置いたことは、すぐに知られるでしょう」


「知られて、いいんですか」


「ええ。それでやめるなら、ただの好奇心です」


ベルマン氏は鞄の留め具を、ぱちりと閉じた。


「やめなければ——本気です」


■あとがき・解説


第128話「ベルマンの計算」でした。


今回は、信号塔を「守る費用」の話でした。


信号塔は作って終わりではありません。

夜に見張る人、記録する人、壊されないように周囲を見る人が必要になります。


ベルマン氏は善人としてだけではなく、商人として損得を計算して動きます。

ただ、その計算の奥に何があるのかを、リナが少しだけ感じ取る回でもあります。


■この話で出てきた言葉


■「見張りの費用」——塔の外側を守るためのお金


塔番とは別に、塔の周囲や道を見回る人へ払うお金です。

信号を読む人と、外を見回る人の役割を分けるために必要になります。


■「商人の計算」——損得から続け方を考えること


商人が損得を数えて判断することです。

この話では、信号塔を守ることが商人自身の利益にもなるため、ベルマン氏が費用を出します。


次の話もお楽しみに。


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