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魔力ゼロですが、魔法はぜんぶコードなので問題ありません 〜前世プログラマーの少女、キーボードで異世界をデバッグする〜  作者: せい | 健康優良不良プログラマ
第1部 ⑥「世界が、見つける」

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122/211

第122話 誰が送ったか

青の月の十三日。


西の小塔は、街道から少し外れた草の中に立っていた。


塔と呼ぶには低い。

三本脚の台に、灯り箱と引き腕。

記録板は、雨よけの布の下に掛かっている。


昨日、嘘はここから空へ出た。


塔ごとの記録をたどって、嘘の入り口がこの塔だと分かったのは今朝のことだ。

二番塔は三番塔から受けた。

三番塔は西の小塔から受けた。

そして西の小塔の記録には、持ち込んだ者の名がなかった。


町からは、コルネリアさんが手配した荷馬車で来た。

小塔の手前からは歩きだ。


わたしは父と並んで坂を上った。

前を歩くヨハンの背中は、昨日よりこわばっている。

ヤンさんとコルネリアさんが続いた。


塔番は、わたしたちが着く前から立っていた。


まだ若い男の人だった。

ダンより少し上くらい。

顔色は、朝の草より白い。


「記録を見せてください」


コルネリアさんが言った。


塔番は記録板を外して差し出した。

板を持つ手が、小さく震えている。


受けた時刻。

送った時刻。

符号の写し。


どの行も、丁寧な字だった。

震えのない、昨日の字。


ただ一行だけ、薄いところがある。


持ち込み。

西の宿場手前から来た者。


名前の欄は、空いていた。


「名は」


ヤンさんが聞いた。


「聞きませんでした」


塔番の声はかすれていた。


「赤い札で、急報の形で。けが人二人と書いてあって。おれ、形は全部確かめました。間も、札の書き方も。でも」


「名は、決まりになかった」


コルネリアさんが言葉を継いだ。

責める声ではなかった。


「昨日までの急報運用では、赤い札と急報の形が揃えば送れてしまいます。あなたは決まりの通りに動いた」


塔番は顔を上げなかった。


「町の人が、走ったんですよね」


ヨハンが半歩前へ出た。

昨日、走った側の人だ。


わたしは思わず父の袖を見た。


でも、ヨハンの声は思ったより静かだった。


「ああ、走った。……あんたのせいじゃない」


それだけ言って、ヨハンは塔の脚を見上げた。


「で、誰が持ってきた」


「旅装の男でした。笠で、顔はよく見えなくて。声は普通で。道のことをよく知っていました」


それ以上は、何も出てこなかった。


笠の男は、西の宿場には泊まっていない。

宿場番が朝のうちに確かめてくれていた。


(——嘘は、形だけ正しかった)


(——形しか見ない決まりだったから)


わたしは記録板の薄い一行を見た。


装置は受け取ったものを送る。

札が赤ければ、急報として扱う。

昨日まではそれで通してきたし、火事の時はそれで人が助かった。


だから、赤い札を見て止めろとは言えない。


でも、赤い札だけでは足りなかった。


◇◇◇


昼すぎ、町役所の机の上に、昨日の赤い急報札と西の小塔の記録板が並んだ。


札の端は少し曲がっている。

土のついた指で何度も持たれた跡があり、赤い縁だけが妙に明るく見えた。


ベルマン氏が細い目で板を見ている。


ダンとニコは、扉のそばに立っていた。


二人とも昨日より口数が少ない。

自分たちが何かを間違えたと思っている顔だった。


「ダンさん」


わたしが呼ぶと、ダンは肩を揺らした。


「昨日、間は合っていました」


「でもよ」


「ニコさんも、終わりの間を読めていました」


ニコが小さく顔を上げる。


「嘘だったのは、光の長さではありません」


二人は、すぐには頷かなかった。


わたしは机の上の赤い札を指した。


「ここです。ここに、誰が急報にしたのかがないんです」


ベルマン氏が、札を指先で少しだけ動かした。


「札を持ってきた者の名を書く、では足りませんな」


「はい」


わたしは頷く。


「持ってきた人が、本当に責任を持てる人かどうかが分かりません」


「では責任を持てる人を先に決める」


コルネリアさんが言った。


「村長、宿場番、自警団詰所の当番長」


コルネリアさんは一つずつ数えた。


「場所ごとに、急報を出せる責任者を名簿に載せる」


ベルマン氏が続けた。


「商人ギルドの荷隊なら、隊商頭ですな。荷主が慌てて来ても、隊商頭の確認なしでは急報にしない」


「それでは遅れませんか」


ヨハンが言った。


昨日、走った人の声だった。

急報が本物だった時のことを、まだ体に残している声だった。


コルネリアさんは筆を止めた。


「遅れます」


部屋がまた静かになった。


「ですが、何でも急報にすれば、次は誰も走らなくなります」


その言葉は、机の上に重く落ちた。


わたしは赤い札を見た。


急報を遅くしたいわけではない。

疑ってから動きたいわけでもない。


速く走るために、最初の一手だけを決める。


(——全部を疑うんじゃない)


(——入口を一つ、揃える)


前世の仕事でも同じだった。

中の処理を全部信じるには、最初に渡すものの形を決める必要があった。


「急報を受けるすべての塔で確かめる必要はありません」


わたしは言った。


「最初に空へ出す塔だけです」


ヤンさんの眉が動いた。


「中継のたびに止めたら、急報じゃなくなる」


「はい。だから中継は今まで通りです。受けた塔は、急報として流す。けれど、最初の塔は赤い札だけで送らない」


わたしは記録板の余白に小さく書いた。


発信地。

責任者。

確認した塔番。


三つだけ。


「急報の先頭に、発信地の印を入れます。長い名前は送りません。塔番号と責任者名簿の番号だけにします」


「番号なら短い」


ニコが言った。


自分で言ってから、驚いたように口を閉じる。


ヤンさんが鼻を鳴らした。


「読めるなら言え」


ニコは少し赤くなった。


「短いなら、間違えにくいです」


「そうだ」


ヤンさんは一言で返した。


◇◇◇


コルネリアさんは新しい紙を出した。


通信覚書。


その上に、すでに料金や急報積立の項目が並んでいる。

昨日までは、それで通信を続けるための紙だった。


今日からは、嘘を速く走らせないための紙にもなる。


「発信者確認」


コルネリアさんはそう書いた。


「急報は、登録責任者本人、または登録責任者をその場で確認した塔番が発する」


筆の先が止まる。


「登録責任者不在の時は」


ベルマン氏が言った。


「通常伝言に落とすか、近くの責任者へ走らせる。急報札を持ってきた者だけでは、急報にしない」


ヨハンが口を開きかけた。

でも、すぐに閉じた。


急報を遅らせる怖さと、偽急報で人を走らせる怖さ。

どちらも本物だった。


「本物で、責任者が倒れていたら」


ダンが言った。


「火事で、村長がいなかったら」


その声は、ヴェルデン村の火事を覚えていた。


わたしも、すぐには答えられなかった。


全部の穴をふさぐ決まりは、たぶんない。

穴をふさごうとして入口を小さくしすぎれば、本当に助けが要る人が外に残る。


父が低く言った。


「代理を二人まで置けばいい」


コルネリアさんが顔を上げる。


「村長がいなければ祭司。宿場番がいなければ宿場の帳場役。隊商頭が倒れたなら副の者」


「名簿に載せるのは、ひと所につき三名まで」


コルネリアさんがすぐに書いた。


「多すぎれば、誰でもよくなります」


ベルマン氏が頷く。


「少なすぎれば、肝心な時に詰まる。三名なら、商いの隊でも扱えます」


ヤンさんが赤い札をつまみ上げた。


「で、塔番は何を見る」


「名簿と、責任者の印です」


「顔は」


「知っている人なら顔も。知らない人なら、札だけでは送らない」


ヤンさんは少しだけ口の端を上げた。


「光を見る前に、人を見るんだな」


「はい」


それで、やっと言葉が形になった気がした。


光は嘘を見分けない。

でも、人は、最初の手を見ることができる。


◇◇◇


最後に、わたしの番になった。


コルネリアさんが通信覚書の下の余白を示す。


「リナさん。魂紋こんもん付き通信塔の使用条件として、これを入れられますか」


わたしはうなずいた。


「入れます」


塔そのものが嘘を見抜くわけではない。

わたしの魂紋が、人の心を読むわけでもない。


ただ、わたしの名で使われる塔なら、使い方の条件を決められる。


料金表を隠さない。

操作する人を登録する。

記録を残す。


そこに、もう一つ足す。


急報は、発信者確認をしてから空へ出す。


「この条件を外した塔は、町側の通信塔として扱わない」


わたしはゆっくり言った。


「それでお願いします」


コルネリアさんは、わたしを子供扱いしない目で見た。


「規則に載せます」


ベルマン氏が、少しだけ笑った。


「面倒になりましたな」


「面倒でいいです」


自分でも、思ったよりはっきり声が出た。


「速いものほど、入口は面倒な方がいいです」


ヤンさんが赤い札を机に戻した。


「塔番どもには、俺から言う」


「お願いします」


「赤い札が来たら慌てるな、とは言わん。慌てる前に名を見ろ、だ」


ダンが小さく頷いた。

ニコも、自分の読み札を握りしめた。


ヨハンはまだ納得しきっていない顔だった。

それでも、昨日のようにすぐ走り出す顔ではなかった。


「次に本物が来たら」


ヨハンが言った。


「その時も、走る」


「うん」


「でも、誰が送ったかは見る」


わたしは頷いた。


机の上で、赤い急報札が新しい紙の横に置かれた。


札は昨日と同じ形をしている。

でも、もう同じではない。


赤い縁の内側に、発信地と責任者を書く小さな欄が増えた。


光は、また速く走る。


ただし、最初の手を見てから。


帰り道、西の空はまだ明るかった。


欄は増えた。

決まりも増えた。


でも、笠の男の名前だけが、どこにもない。


嘘を書いた手は、まだどこかにある。


■あとがき・解説


第122話「誰が送ったか」でした。


前回の偽急報を受けて、今回は「通信の中身が正しいか」ではなく、「誰が急報として出したのか」を確認する回です。


ここで暗号や新しい装置に進むと話が一気に先へ行きすぎるため、まずは運用で塞げる穴を塞いでいます。


急報は遅らせすぎると意味がありません。

一方で、誰でも赤い札を持ち込めば町を動かせるなら、次は本物の急報まで疑われてしまいます。


なので、中継する塔すべてで止める形にはしていません。

最初に空へ出す塔だけが、発信者を確認します。


■この話で出てきた言葉


■「発信者確認」——急報を出せる人を確かめる手順


急報札を持ってきた人をそのまま信じるのではなく、登録された責任者が出したものかを最初の塔で確認する手順です。


■「責任者名簿」——急報を出せる人の一覧


村長、宿場番、隊商頭などを場所ごとに整理します。

急報を出せる人をあらかじめ決めておく名簿です。


■「魂紋付き通信塔」——使用条件を持つ通信塔


リナの魂紋が関わる通信塔は、料金や記録だけでなく、急報の出し方も条件として定められます。


次の話もお楽しみに。


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