第11話:権力者たち(後)
「日本の政治形態は果たして民主主義と呼べるのか」
それは、日本、及び日本を研究する他国から度々俎上にあげられてきた命題である。一部の例外的な期間を除き、自進党による事実上の独裁体制が続いており、結果として自進党の総裁と総理大臣がイコールだからである。
同じ自進党でも、その政策は総裁の意向によって大きく異なる。
にも拘らず、国民が総裁を直接選ぶことは出来ない。結果として、国民は自分たちのリーダーを決めることが出来ないのだ。
では、自進党の総裁は誰が選ぶか。
それは表向き自進党から選出された議員たちである。
その議員の決断に多大な影響力を持つのが、党の実質的トップと呼ばれる幹事長である。
一般的に、政治家が選挙に勝つには三バンが欠かせないと言われている。
地盤、看板、金庫番(カバンとも言う)だ。
幹事長はその内の2つ、看板を誰に貸すかを決定する公認権、及び金庫番としての予算権を掌握しているのだ。
党内で幹事長の意向を無視できる人間は存在しない。
だからこそ、柿内幹事長の発言に、総理大臣である島津ヨリコの頭は一瞬真っ白になった。
「柿内さんは、思い切った決断とおっしゃったかしら?」
ヨリコの言葉に、柿内は然りと頷いた。
――辞任要求
その四文字がヨリコの脳裏を掠め、心臓が跳ねた。
――魔素噴火からまだ十日余りよ?この短期間で党内を纏め上げるのは不可能……なはず
ヨリコはこちらも思案気に顎に手をやって視線を外してみたが、そこから先、言葉が出てこなかった。
俄かに不穏当な空気となった会議室にあって、閣僚の4人は身じろぎもしない。
猪野沢に至っては、視線をカップに注いで黒い液体の観察を始めていた。
「勘違いしないでくれ。ぼくとしては、もちろんこれからも総理をお支えしたいと思っている。ただ、ダンジョン政策については方針転換が必要なんじゃないかと申し上げているだけさ」
柿内がわざとらしくも朗らかにそう言ったことで、場の空気はいくらか緩んだ。その隙に平静を取り戻したヨリコは微笑みを浮かべ、自分よりひと回り先輩の幹事長を挑発するように言った。
「今の言葉、幹事長はもうダンジョンを諦めてしまったということでよろしい?」
「選挙とダンジョンだったら、ぼくは迷いなく前者を取る」
ヨリコは余裕ありげにコーヒーカップを持ち上げ、その中身を半分ほど、ゆっくりと嚥下した。
「いつものお茶は飽きてると思って今日はコーヒーにしてもらったんだけど、この豆、冷めても意外とイケるわね」
「総理!……選挙までもう時間が無いんだ!このままじゃ自進党は下野するぞ!」
「まぁ柿内さん、落ちついてください。今になって自進党がダンジョンの封鎖や国際管理の受け入れをしたところで、それじゃ野党がこれまで主張してたことを丸呑みするだけ。マスコミからも選挙前の野合と非難されるわ。ダンジョンは日本に残された唯一の切り札。それをみすみす手放すようなマネをすれば、たとえ目先を凌げてもすぐに行き詰ることは目に見えているわ」
「しかし、」から始まろうとしていた柿内の反論を、ヨリコは手で制した。
「ご心配は理解しました。わたしとしても無為無策という訳ではありません……ただ、選挙戦への青写真を固めるにも、まずは情報が無いことには始まらないわ。ダンジョンに現れた地階の調査。それと並行して三国が今回の件をどう受けとめ、これからどうしようとしているのか、動向を探りなさい」
総理のオーダーに猪野沢防衛大臣、犬飼外務大臣は「はっ」と頭を下げた。
「あと、ダンジョン閉鎖に伴う経済への影響は、財務省からレポートしてもらってもいいかしら。貿易収支へのインパクト以外にも、魔炭の採掘が止まる事で、エネルギー関連企業がどれだけ影響を受けるのかが気になるわ」
「調査は既に進めておりますので、近々にご報告できるかと」
鷹司財務大臣の返事に、ヨリコは「さすがね」と息を漏らした。
「亜空間庁は今回亡くなった被害者の遺族に見舞金を支払うスキームをまとめて。並行して、今回の魔素噴火がなぜ前兆なく起きたか、仮説レベルでいいから見立てを出して。セットで対策も立てられるならベターよ。どうあれ、何も分かりませんじゃ誰も納得しないわ」
「はい」
タカシが頭を下げたところで、ヨリコは大きく息を吐いた。
「最後に柿内さんに申し上げておきます。わたしは自分の権力にしがみつくような人間ではありません。わたしより適任がいるなら、喜んで自進党総裁の席を譲りますわ」
「おいおい、ぼくはそんなつもりじゃ……」
「それこそ地階の調査で成果をあげれば、猪野沢さん、あなたが次の総理大臣になる可能性だってあるわよ」
折悪くカップを口につけたところ、急に名前があげられた猪野沢は咽てコーヒーをテーブルに溢した。
「ごほっ、ごほっ……そのようなこと」
――この反応からすると、党内はまだ大丈夫そうね
ヨリコは防衛大臣のギャグ漫画のような反応に満足し、今日初めて本心からの笑顔を浮かべた。
「で、話というのはなんでしょう?」
会議が終わって参加者が退出した後、ひとり残るように命じられたタカシは、窓際に立って外を眺めるヨリコの背中に声を掛けた。
「タカシくん、わたしに何か隠してる事あるでしょ?」
「どうでしょう……総理が国民に隠してる事よりは少ないと思いますが」
――ほんと、この子は生意気なんだから
ヨリコは心中で舌打ちをした後、溜息混じりに口を開いた。
「まずは党内のことよ。念の為確認するけど、あなたが党内で怪しい動きを察知したら、いの一番にわたしに知らせる。そう信じていいのよね?」
「そりゃあ、もちろんですよ!」
タカシは大仰に手を広げながらそう言った。
「今の時点でわたしにタカシ君から何の報告も受けてないわ。つまり、少なくともあなたの周りで造反の気配は無いと思って大丈夫ね?」
「はい、その点はご安心を。とは言え、今出川タカシは自他共に認める島津ヨリコの忠臣です。俺の耳に話が入る頃には、もう手遅れになっている可能性が高いですが」
「それもそうね」
ヨリコは一応の納得を示したが、内心ではイマイチ腹落ちしていなかった。
忠臣だからこそ、裏切らせれば効果は絶大と考える政敵がいてもおかしくない。それに、
――この子、昔から何考えてるかよく分からないところがあるのよね
少なくとも、タカシは動揺してコーヒーを吹き出すような男ではない。
ヨリコは心中にモヤモヤを抱えながらも、次の話題に移ることにした。
「もうひとつあるわ。昨日救出された生存者。死んだって言ってたけど、それウソでしょう?」
「ふふっ、分かりますか。さすがは初代の亜空間庁長官殿」
タカシは無邪気に笑顔を見せていたが、振り返ったヨリコの刺すような視線に気付いて表情を引き締めた。
「対象を生かしたままにしておくと、今後に悪影響があるため、わたしの判断であのように申し上げました。事後報告になってしまい申し訳ありません」
「……まぁ、いいわ。最初からそのつもりだったんでしょう?でもあなた、わたしがここで『ダメ』と言ったらどうするつもりだったの?」
「その場合は心肺停止後に蘇生したとでもしましたよ。死人が生き返ったとなればみんな大喜びです。猪だって小躍りしたでしょうね」
その物言いに、ヨリコは「まったく……」と短く息を吐いた。
「我が日本は法治国家です。にも拘らず今回の様な超法規的な措置を認める理由、あなたになら分かるわよね?」
「その生存者が、なぜダンジョンに10日間も閉じ込められてたのに生きていたかを調べるため」
両者の間に沈黙が流れた。
やがてタカシは両手を上げると、息を吸い込んでから言葉を続けた。
「……その生存者が扇屋タキと同じ、『宿す者』の可能性があるため」
「大正解よ!さすがは現役の亜空間庁長官殿!」
ヨリコが満面の笑みで拍手すると、タカシは露骨に不貞腐れたような表情を浮かべた。
「正直、可能性は五分五分ですね。対象の体内魔素濃度は、今時点で生きてるのが不思議なレベルです。その数値がこの先も下がらなければ……」
「宿す者である可能性が高いってことね!」
ヨリコが声を弾ませる一方で、タカシは静かに頷いた。
「その対象について、先ほど連絡がありました。目を覚ましたようなので、これから会いに行ってきますよ。ソイツがタキと同じ能力を持っているかは別として、何かしらの情報は期待したいですね」
「あら、ずいぶん控え目なのね」
「期待し過ぎて、タキと同じ過ちを繰り返す訳にはいきませんから」
そのタカシの言葉で、ヨリコの内心は一気に波立った。
不安と後悔。そんなほろ暗い感情が顔に出ていたのか、タカシが苦笑しながら「ヨリコさんを責めるつもりは無いんです」と弁明を口にした。
「どうあれ、対象と会って分かったことは明日までにまとめて報告しますよ」
「速報は今日中にお願い」
「分かりました。それじゃ、失礼します」
そう言い残して部屋を出ていくタカシの背を、ヨリコは複雑な思いで見つめていた。
――バタン
扉が閉まる音の後に残ったのは、静寂だけだった。
「同じ過ち、ね」
誰もいなくなった部屋でひとり、虚空に向かって呟いた。
一本だけでいい。ヨリコは無性にタバコが吸いたくなった。




